第58話「疾風怒濤のハム、あるいは即断の福音」
「……サラダパンは確かにうまい。だが、私はあえて言いたい。つるやパンの真髄は、断然『サンドウィッチ』にあると……!」
日曜の夜。滋賀県に住む熱烈なパン教徒の男は、一心不乱にキーボードを叩いていました。 「わが救世主あかり様、サラダパンの次にはぜひこれを。丸い食パンに魚肉ハムとマヨネーズ……シンプルゆえに逃げ場のない、究極の救済がそこにあります。どうか、いつかそのお口へ」
送信ボタンを押した数秒後。画面の中のあかりが、そのメッセージを力強く読み上げました。
「……なんですって!? 『サンドウィッチ』? 魚肉ハム……? 聞いただけで魂が、いえ、全細胞が発酵を始めたわ! わが教徒よ、よくぞ教えた! ――ココ! ゆん! 準備しなさい、今すぐ滋賀へ飛ぶわよ!!」
カメラの向こうで椅子が激しく倒れる音が響きます。
「えっ、あかりちゃん!? 今、生配信の真っ最中ですよ!?」 「あかり様、落ち着けって! 滋賀まで何キロあると思ってるんだ。そもそもお店はもう閉まって……」
しかし、あかりの瞳はすでに「救済」を捉えた鷹のように鋭く輝いていました。
「ふふふ……甘いわね。私はすでに、滋賀にいる有力な教徒(協力者)に連絡を入れたわ。ちょうど今、買い置きしていた『サンドウィッチ』を、羽田行きの最終便に滑り込ませたところよ。羽田からは、わが教団の特使がバイクで爆走してここへ届けるわ! 到着まであと30分。それまで、みんなで賛美歌でも歌って待ちましょう!!」
「「……行動が速すぎる!!」」
コメント欄は一瞬で爆走状態に。 『即断即決即行動www』 『「今食べる」ために空路を使う教祖様、マジで狂ってるw(褒め言葉)』 『これがパン教の機動力……恐ろしい』 『あかり様、パンのためなら手段を選ばなすぎて草』
そして30分後。スタジオの扉が勢いよく開き、ヘルメットを被ったままの教徒が、聖遺物のようにパンの袋を差し出しました。あかりはそれを恭しく受け取り、カメラの前に掲げます。
「見て。これが、わが教徒が魂を込めて推薦した『サンドウィッチ』よ。つるやパンの職人たちが、地元の皆さんのために焼き続けてきた慈愛の形……。今、いただくわ!」
一口食べた瞬間、あかりの表情が聖母のような慈愛に満たされました。
「……っ!! なにこれ、優しい……。ふわふわの丸いパンに、魚肉ハムのどこか懐かしい旨味、そしてマヨネーズ。余計なものが一切ないからこそ、素材の『声』がダイレクトに心に響いてくるわ。これよ……これこそが、日常の中に潜む真の救済!!」
ココとゆんも、あかりの勢いに圧倒されつつ頬張ります。 「……美味しい。このシンプルさ、逆に贅沢ですね」 「……空輸してまで食う価値、あったわ。これ、無限に食える」
コメント欄は、あかりのあまりの「パン馬鹿」っぷりと、その圧倒的な行動力に、爆笑と賞賛の嵐となりました。 『本当に30分で用意させたよこの人w』 『パン教のフットワーク、光速を超えてるだろ』 『あかり最高すぎる、一生ついていくわ』
メッセージを送った教徒も、画面の前で震えていました。 「……マジかよ。俺の一言で、本当に今食べちゃったよ。あかり様……あんた、本当に最高だ……!!」
夜のスタジオに、三人の満足げな咀嚼音と、教徒たちの歓喜の声が響き渡りました。




