第49話「聖域の公募、あるいは円盤の福音」
「……どうしても、踏み出せなくて」
地方のパン屋で修行を始めたばかりの青年は、深夜、粉まみれの作業着のままスマホを眺めていた。 自分の作ったパンに自信が持てず、SNSに写真を上げる勇気もない。誰かに「美味しい」と言ってもらえる確信が持てないまま、ただ生地を捏ねるだけの日々。彼は、あかりの配信に一縷の希望を求めてアクセスした。
「皆さん、こんばんは! ……ねえ、最近ココやゆんと一緒にいることが多かったから、今日は久しぶりに私一人で、みんなとじっくりお話ししたいと思うの!」
画面の中のあかりは、初期の頃のような親しみやすい笑顔を浮かべていた。
「実はね、みんなに提案があるの! 全国にはまだまだ私の知らない『聖なるパン』が眠っているはず。そこで! リスナーの皆さんから**『私こそが真の救済パンだ!』**と思う逸品を大募集しちゃいます! 題して、『第一回・全国パン教徒・救済パン公募』!」
コメント欄は一気に加速した。『俺の街のカレーパンを食べてくれ!』『地元のパン屋のこだわりを伝えたい!』。青年の心も、わずかに跳ねた。
「みんなの熱い想い、全部受け止めるわよ! でもその前に……私の情熱も受け取って。今夜の救済はこれ! **『ピザパン』**よ!」
あかりが取り出したのは、厚切りの食パンに溢れんばかりの具材とチーズが乗った、食欲をそそるピザパンだった。
「見て、この溶けたチーズの海。まるで世界中の悩みを包み込んで焼き上げたみたいじゃない? 玉ねぎ、ピーマン、サラミ……バラバラの個性が、トマトソースという名の『パン教の愛』で一つになっているの。……聴いて、この『情熱が爆発する音』を」
あかりが大きく一口かじる。 ──カリッ、むちっ、とろ〜り。 「……んんっ! 美味しい! チーズのコクが、パンの甘みを最大限に引き出してる! いい、皆さん。ピザパンっていうのは『自由』の象徴なの。何を乗せてもいい、どう焼いてもいい。パンの上では、誰もが自由な表現者なのよ!」
あかりはチーズを口元に付かせたまま、カメラを真っ直ぐに見つめた。
「だから、自分のパンに自信がない人も、まずは私に教えてみて。正解なんてないんだから! あなたが『これが救済だ!』って叫ぶその想いが、一番美味しいパンの隠し味になるの。……待ってるわよ、あなたの渾身の『救済パン』を!」
配信を観ていた青年は、震える手で自分のパンの写真を撮り始めた。 完璧じゃなくていい、自由でいい。あかりの豪快な食べっぷりとその言葉が、彼に「一歩」を踏み出す勇気を焼きたての温度で届けていた。
その頃、米派の本部では……。 「……ほう、救済パンを公募するか。ならば、我が軍の刺客が握った『おにぎり(パンのフリ)』を送り込み、あかりの舌を米の粘りで麻痺させてやる……」




