第4話「格子模様の迷宮と、甘い雨」
放課後の誰もいない教室。わたしは、机に突っ伏して溜息を漏らした。 初めての告白は、あまりにあっけなく散った。「友達としか見れない」という、テンプレート通りの断り文句。胸の奥に詰まった苦さをどうにかしたくて、イヤホンを耳に押し込み、逃げるように配信画面を開いた。
画面の中では、白髪のVTuber「あかり」が、リスナーからの相談メールを読み上げている。
「えー、次の相談は……『自分に自信が持てなくて、いつも周囲に合わせて強がってしまいます。本当の自分はもっと弱くて、ボロボロなんです』……ふむふむ。なるほど、わかりますよ。強がるのって疲れちゃいますよね」
あかりはいつもの騒がしいテンションを少し抑え、どこか慈しむような声で語りかける。
「誰だって、鎧を着てなきゃ生きていけない時があります。傷つきたくないから表面を硬くして、無理に笑って、内側の泣きそうな自分を必死に隠して……。でも、それって嘘の自分なんかじゃなくて、自分を守るための、大切な『形』なんだとわたしは思います。戦っている証拠ですよ」
あかりはそこで一度言葉を切り、優しく微笑むと、机の下から丸いパンを取り出した。
「見てください、今夜の救済、**『メロンパン』**を。……ね、皆さんも馴染みがあるでしょう、このパッケージ。スーパーやコンビニで必ず目が合う、あの子です」
あかりが画面に掲げたのは、見慣れた透明な袋に入った、格子模様の美しいメロンパンだった。
「皆さんは、専門店の焼きたてカリカリこそが至高だと思っていませんか? もちろんそれも素晴らしいですが、袋の中でじっくり時間を過ごした市販品には、また別の福音があるんです。……聴いてください、この音を」
あかりがメロンパンを優しく手に取り、一口頬張る。 ──ふふぅ、しっとり。 マイクが拾ったのは、音というよりは、柔らかい何かが溶けていくような吐息に近い響き。
「袋の中で適度に湿度を吸ったこのクッキー生地。これがいいんです。外側がしっとりホロリと崩れて、内側のふんわりした生地と境界線がなくなるまで一体化している。これは、袋の中で大切に守られてきたこの子たちにしか出せない、究極の優しさなんです」
あかりの瞳に、深い愛が宿る。
「外側をクッキー生地で固めて、自分を守って、内側の水分を逃がさないように必死に堪えている。それって、とっても立派なことだと思いませんか? 剥き出しの心で生きていたら、乾燥してパサパサになっちゃいます。メロンパンのように、甘い自分をしっかり守って、時にはしっとり馴染ませていけばいいんです」
彼女がそのまま、包み込むような優しい賛美歌を歌い始めた瞬間、わたしの目からボロボロと涙が溢れた。 失恋して、強がって、カチカチに固まっていたわたしの心が、あかりの歌声としっとりしたメロンパンの魔法で、ゆっくりと解けていく。
「……わたしも、しっとりしてて、いいんだ」
帰り道。わたしはコンビニに寄り、一番大きなメロンパンを手に取った。 袋から出した瞬間の、甘いバターの香り。あかりの声を思い出しながら一口齧ると、切ない苦さも全部、柔らかな生地の中に溶けて消えていった。




