第36話「第一次エリートパン選抜試験 ~審判のオーブン~」
配信スタジオの空気は、ミサの熱狂とは対照的に、張り詰めた静寂に支配されていました。 あかりは聖なる法衣を纏い、影の差す椅子に深く腰掛けています。その隣には、無表情のままベーグルを弄ぶ大司教ゆん。
「……次の志願者、前へ」
あかりの静かな声が、かえって威圧感を持ってスタジオに響きます。現れたのは、必死に「パン教徒」を装った米派のスパイでした。彼は緊張で膝を震わせ、嫌な汗を流しながら、あかりの前に立ちました。
「し、失礼します! 私の血液はメープルシロップ、心臓はイースト菌で動いています! **『つぶあんこしあんあんぱん警察官』**に志願しに来ました!」
あかりは一瞬、男をじっと見つめましたが、やがてふっと口元を緩めて、慈愛に満ちた笑みを浮かべました。
「ふふっ。血液がメープルだなんて、あなたとっても素晴らしいわ! その発想、その覚悟……。医学的な常識さえも超越しようとするその意気込み、嫌いじゃないわよ。さあ、とりあえずそこに座って?」
「は、はい! 失礼します!(※トングをカチカチ鳴らしながら着席)」
「……そのトングのリズム、なんだか独特ね。まあいいわ。では、面接を始めましょう。目の前にあるベーグルを手に取ってみて」
机の上には、どっしりと重厚なプレーンベーグル。男は震える手でそれを掴みます。
「ベーグルはね、一度茹でられてから焼かれるの。その工程を経て、この強い弾力が生まれる。……さて、質問よ。あなたがこれまでに経験した人生の『ボイル(沸騰)』した瞬間と、その後に得られた『食感』について、パンに例えて説明してちょうだい」
「ボ、ボイル……! はい! 私が……実家の田んぼの、じゃなくて! 近所のパン屋の行列に並んでいた時です! あまりの熱気に脳が沸騰し……! その後、焼き立てパンを食べて、心はフォカッチャのようにモチモチになりました!」
男は額の汗を拭いながら必死に食らいつきますが、あかりの瞳から次第に笑みが消え、静かな真剣みが宿ります。
「……フォカッチャ? 今、目の前にあるのはベーグルなのだけれど。……ねえ、あなた。質問の意図が伝わっているかしら? 私はあなたの『小麦としての誠実さ』を見たいの」
「せ、誠実さ! もちろんあります! 毎朝、お米を研ぐ……じゃなくて、パン粉を浴びるほど愛しています!」
横でベーグルを弄んでいたゆんが、冷ややかな視線で男を指さしました。
「……あかり様、こいつダメだよ。さっきから『一粒、二粒』って指で何かを数える仕草をしてる。パン教徒はそんな数え方しない。それに……なんかこの人、うっすら『糠』の匂いがする」
「……っ!!(ギクッとするスパイ)」
あかりは深く溜息をつき、静かに不合格の印を書き込みました。
「残念だわ。勢いはあっても、パンへの愛が『本物』ではないみたい。……そんな付け焼刃の知識では、わが教団の生地(組織)には混ざれないわ」
「あ、あかり様! 待ってください! 私は、私は……!」
「不合格よ。連れて行きなさい。地下の**『発酵予備室(牢屋)』**に、あなたの波長に合う先客がいるはずよ。二人で仲良く、自分の不純さを反省してちょうだい」
男が絶叫しながら引きずられていくと、スタジオには再び重苦しい静寂が訪れました。あかりは少し疲れたように肩を落とし、次の書類を手に取ります。
「……ふう。なかなか『香ばしい魂』を持った人は現れないわね。次はどなたかしら?」




