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第32話「密着する日常、あるいは鉄板の抱擁」

都内某所のワンルームマンション。会社員の男は、帰宅するなりPCを立ち上げ、パン教のアーカイブを再生した。画面の中では、あかりが楽しげに「エリートパン」の役職を発表している。


「……はは、最高だな。俺も『パンくず拾いチャンピオン』に応募してみようかな」


男は独り言をこぼしながら、キッチンに立った。パン教にのめり込んでからというもの、彼の冷蔵庫から納豆や生卵は消え、代わりに数種類のチーズと生ハム、そしてフォカッチャが常備されるようになっていた。


今夜の夕食は、あかりが以前の配信で「異なる個性が一つに溶け合う、情熱の結晶」と称賛していたパニーニだ。


男はフォカッチャにナイフを入れ、厚切りのモッツァレラ、トマト、バジル、そしてたっぷりのオリーブオイルを垂らす。パン教徒にとって、この「サンドする」という行為は、あかりの愛で具材を優しく、かつ強力に包み込み、世界を再構築する神聖な創造に他ならない。


男は愛用のパニーニメーカーにパンをセットし、力強く蓋を押し下げた。


──ジューッ……!!


鉄板の熱がパンを焼き、具材を圧し潰す官能的な音が狭いキッチンに響き渡る。


「……これだ。この音、あかり様が仰っていた『パンによる支配』の音だ」


数分後、黄金色の焼き目がストライプ状に刻まれたパニーニが完成した。外側は驚くほどカリッと、内側は溶け出したチーズと具材の水分が一体となり、パンと具材の境界線が消失している。


男は熱々のパニーニを素手で掴み、思い切りかぶりついた。


「ん……!!」


熱いチーズが溢れ出し、バジルの香りが鼻を突き抜ける。 パンと具材が強い圧力で一体化したその食感は、まるで昨夜のミサで「一つの生地」になろうと誓った教徒たちの結束そのものだった。


「……美味い。もう、お米を研いでいた頃の自分には戻れないな」


画面の中では、あかりがカメラに向かって手を振っている。男はパニーニを片手に、自分もまた「エリートパン」という**最高級の欠片ピース**として、この巨大な組織へ香ばしくプレスされていくような、心地よい陶酔感に浸っていた。


窓の外では、同じようにパンを焼き、パンを頬張る「同志」たちの明かりが、街を黄金色に彩っているようだった。

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