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第3話「黄金の衣、あるいは米への決別」

三食すべてがカレーと米でも構わない。むしろ、そうありたい。 俺にとってカレーとは、炊きたての白い米をいかに美味しく食べるかという一点に集約される。先日、友人が「これマジで飛ぶから」と勧めてきた有名店のカレーパンを食べたが、感想は「うまいけど、やっぱ米が欲しいな」だった。カレーという強烈な個性を支えられるのは、米の包容力だけだと信じて疑わなかったのだ。


その夜、寝室でたまたま流れてきた配信を見るまでは。


「あぁー! もう! このブロック、絶対わたしを嫌ってますよね!? 避けたのに当たるなんて、これはもう判定の嫌がらせです、皆さん証人になってください!」


画面の中で、白髪のVTuber「あかり」がパズルゲームの連鎖に失敗し、自信満々に積み上げたブロックが崩落していくのを騒がしく眺めている。


「……下手だな」


思わず独り言が漏れた。壊滅的な操作ミスを「ブロックの反抗期」と言い張る彼女の明るい図太さに、呆れながらも指が止まる。


「うぅ、脳が糖分を、いえ、スパイシーな刺激を求めています。……でも大丈夫! 今日はとっておきの救済があるんです。見てください、この黄金の塊!」


あかりが画面に突き出したのは、ゴツゴツとしたパン粉がトゲのように突き出した、揚げたてのカレーパンだった。


「いいですか? カレーは米に従属するものではありません。パンという名の、熱烈な抱擁の中に閉じ込めてこそ完成する『共犯関係』なんです。……聴いてください、この音を」


あかりがカレーパンに深く歯を立てた。 ──バリィッ! ザクゥッ!! マイクが拾ったのは、岩をも砕くような、重厚でいて軽快な破壊音。


「この表面のザクザク感! パン粉の一粒一粒が、油の熱を吸い込んで香ばしさの弾丸になっているんです。そのすぐ下には、カレーの蒸気で蒸らされた、もっちりと甘い生地。……そして、溢れ出すスパイシーな具材! 米が『受け止める愛』なら、パンは『奪い去る愛』。カレーの辛さを、生地の甘みと油のコクが極限まで引き立てるんです!」


あかりの声が、いつの間にか神聖な熱を帯びていく。先ほどまでゲームで無様に自滅していた女とは思えないカリスマ性が、スピーカー越しに俺の脳を揺さぶった。


「米に帰る場所なんて、もうありません。今、この瞬間、カレーは自由になったんです! ……あなたもパン! わたしもパン! よろしくぅ!」


彼女がそのまま、カレーパンの香ばしさを讃える重厚な賛美歌を歌い出した瞬間、俺の中で何かが崩れた。 米とカレーの盤石だったはずの絆が、あのザクザクという音と、彼女の歌声によって跡形もなく上書きされていく。


「……米が、負けた……?」


翌朝。俺はキッチンに立っていた。 いつもなら迷わず炊飯器のスイッチを押すはずの指が、気づけばスマートフォンの地図アプリで「市内 揚げたて カレーパン」を検索している。


「米もいい。……でも、あのザクザクには勝てない」


俺は、もう「カレーには米」と言っていた昨日の自分には戻れない。あかりの歌声を頭の中で反芻しながら、俺は黄金色の衣を求めて家を飛び出した。

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