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第28話「白飯の防波堤、あるいは炊飯器の密談」

「……いいか、事態は極めて深刻だ。昨夜もまた、一人の『同志』が、香ばしいバターの匂いと共に音信不通になった」


薄暗い和室、中央に置かれた大きな円卓を囲む数人の影。卓上には、湯気を立てる炊きたての白米と、色とりどりの漬物が並んでいるが、誰も箸をつけようとはしない。


「『家庭訪問』だと? 笑わせるな。あれは明らかな拉致、いや、脳を無理やりこねくり回す精神の改造だ。被害者の家の前には、得体の知れない焼き菓子の破片が散らばっていたという。これはもはや、単なる食の好みの問題ではない。あの一団による、我々の食卓への侵略だ!」


一人が拳を握りしめ、力説する。しかし、隣に座る別の影は、茶碗の縁を指でなぞりながら、どこか楽観的な声を出す。


「まあまあ、そう熱くなりなさんな。あんな粉を固めただけのもの、所詮はお洒落なブームに過ぎない。日本人のDNAに刻まれた『米への忠誠心』を、たかが洋風の軽食が超えられるはずがないだろう? 腹持ちの悪さに気づけば、皆、泣きながらおにぎりに戻ってくるさ」


「甘い! その油断が、あの妙なサンドイッチの悲劇を生んだんだ! あの卑劣な塩気と甘みの波状攻撃に、我々の若い世代がどれほど毒されていると思っている!」


円卓は一気に騒がしくなる。あの一団を「危険な集団」と断ずる者、一時的な流行だと「軽視」する者。彼らは皆、自分たちの愛する「白い粒」の聖域を守るべく集まった、謎の組織の幹部たちだ。


「……静かに。揉めている時間は、我々の米を冷ますだけだ」


上座に座る、最も年嵩の影が静かに制した。


「あの教祖を名乗る女……あの女の瞳には、論理を超えた不気味な熱量がある。一度でもあの術中にはまれば、我々の語る『腹持ちの良さ』など何の意味も持たなくなる。……もはや、静観している段階は過ぎた」


影たちは息を呑み、リーダーの言葉を待つ。


「奴らが一体何を企んでいるのか、その正体を見極める必要がある。……スパイを送り込め。それも、最高級の粘り強さと、あの香ばしい匂いに決して屈しない、筋金入りの『玄米派』をだ」


「はっ! 奴らの拠点に潜り込ませ、あかりという女の動向を徹底的に探らせます! 必ずや、あの女の化けの皮を剥いでみせましょう」


結論が出ると、影たちは一斉に立ち上がり、一粒の米も残さぬよう静かに完食して、夜の街へと消えていった。


「……米の粘り強さ、見せてやろうじゃないか」


暗い部屋に、炊飯器が炊き上がりを告げる軽快なメロディだけが、虚しく響いていた。

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