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第27話「家庭訪問、あるいは黄金色の強制発酵」

ある夜、住宅街の一軒家。熱心な「米派」を自称する男は、テレビで流れるあかりの配信を冷めた目で見つめていた。


「パン化だの救済だの、笑わせるぜ。やっぱり日本人は米だろ。腹持ちもいいし、納豆や明太子に勝てるパンなんてこの世にねえよ」


男はちゃぶ台に置かれた山盛りの白飯を誇らしげに頬張り、画面の中のあかりを指差して独白を続ける。


「お洒落なだけで腹は膨れねえんだよ、パンってやつは……」


その時、唐突に家の呼び鈴が鳴った。ピンポーン。 こんな時間に誰だ、と男が不機嫌そうに玄関を開けた瞬間。


「……こんばんは。まだ『未発酵』な迷える魂の香りがしましたので、お邪魔しますね」


そこには、配信画面と同じ、凛とした気高さを纏ったあかりが立っていた。そしてその後ろには、大きなバスケットを抱えたゆんが、一切の感情を排した無機質な笑顔で控えている。


「え、あかり様!? なんでうちに……ちょ、待ってください!」


男の抵抗を無視し、あかりは優雅に、けれど有無を言わせぬ圧力で家の中へと踏み込んできた。


「ゆん、準備を。この部屋、あまりに『白米の沈黙』が深すぎるわ。もっと香ばしい、命の吐息が必要ね」


「はい、あかりさん。とっておきの、焼き立てを用意しました」


ゆんがバスケットから取り出したのは、まだ熱を帯び、暴力的なまでの香りを放つパンの山だった。ゆんは手際よく、男をリビングの椅子へと押し込める。


「な、何するんだ! 警察を──」


「警察? 彼らも今頃、クロワッサンの層を数えるのに忙しいはずよ」


あかりが男の前に立ち、その瞳を真っ直ぐに覗き込む。彼女の瞳には、全てを黄金色に焼き尽くす烈火の情熱が宿っていた。


「いいですか。あなたが信じているその米の重みは、あなたの可能性を縛る鎖に過ぎない。パンは自由よ。どこまでも膨らみ、どんな形にもなれる。……さあ、その頑なな口を開きなさい。あなたの魂を、小麦の祝福で満たしてあげましょう」


ゆんが男の頭を固定し、あかりが一切の容赦なく、焼き立てのバゲットを断ち切り、その一切れを男の口へと押し込む。


「んんっ! むぐっ……!」


「噛みなさい! 噛んで、その奥にある太陽の熱量を感じるのです! あなたの体内の水分をパンが吸い尽くし、代わりにパンの真理があなたの血肉となる。……逃げられると思わないことね。あなたの意識がパンの香りで真っ白に染まるまで、私はこのリベイクをやめないわ!」


次々と投入される、多種多様なパン。小麦の芳醇な香り、バターの悦楽、そしてあかりの凛とした、けれど狂気的な語りかけ。


「……あ、あかり、様……。パン、パンが……私の、中に……」


数分後、男の瞳からは米への執着が消え、恍惚とした光が宿っていた。


「ふふ、いい色に焼けてきたわね、ゆん」


「はい、あかりさん。完食です。もう、お米の炊ける匂いには戻れない顔をしてますね」


あかりは満足げに、呆然とする男の頭を優しく撫でた。


「おめでとう。あなたは今日、自由になったの。……さあ、次のお宅へ行きましょうか、ゆん。夜はまだ長いわ」


二人の影は、香ばしい余韻だけをその場に残し、次の「迷える魂」を求めて夜の闇へと消えていった。

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