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第2話「幾重にも重なる完璧の崩壊」

「いっけぇー! やれやれ! わたしなら行ける! ここで大ジャンプ……ああっ!? なんで!? 今のは床が勝手に避けたんです、皆さん見ました!? 運営の陰謀ですよこれ!」


深夜、俺は自室で溜息をついた。画面の中では、白髪のVTuber「あかり」が、ごく単純なアクションゲームの穴に真っ逆さまに落ちている。これで十五回目だ。


「わたしは下手ではありません。これは攻略のための『寝かせ』の工程なんです。次は絶対に行けます、見てなさい!」


彼女は明るく笑いながら、自信満々にコントローラーをガチャガチャと鳴らす。その騒がしさは、システムエンジニアとして静寂の中で完璧を求める俺にとって、本来なら耐え難いノイズのはずだった。だが、彼女の壊滅的なゲームセンスと、それでも折れない謎の自信に、いつの間にか目が離せなくなっていた。


「あー……また穴ですね。でも今の、一ピクセル分くらいは滞空時間が伸びた気がしませんか? 成長してます、わたし! ……ふぅ。ちょっと集中しすぎてお腹が空いたので、栄養補給をしましょう」


あかりはゲームを投げ出し、一袋の紙袋を取り出した。


「皆さんは、クロワッサンの真髄を知っていますか? わたしが今日、専門店で手に入れてきたこの逸品。……聴いてください、この福音を」


彼女が紙袋から取り出したクロワッサンを齧る。 ──サクゥッ、パリリッ! マイクが拾ったのは、極限まで焼き込まれた黄金色の層が、快音を立てて花開くような芳醇な響き。


「このパリパリ。職人がバターと生地を極限まで薄く重ねた、結晶の重なりです。焼きたての熱狂を閉じ込めた、芸術品のような食感。……自分で作ろうとしたら、バターが全部溶け出して『ただの硬い粘土』を錬成してしまったわたしだからこそ断言できます。この幾重にも重なる黄金の層こそが、人間が到達できる一つの終着点なんです」


あかりの声から、先ほどまでの騒がしさが消え、狂気的なまでの熱量が宿る。画面の中の彼女が、深々と一礼した。


「……これこそが、イースト菌様が私たちに与えたもうた芸術なのです」


その瞬間、空気が変わった。先ほどまでゲームで無様に落ちていた女と同一人物とは思えない、圧倒的な宗教的カリスマ性が、スピーカーから溢れ出して俺を包み込んだ。


「ゲームも同じです。操作がボロボロでも、内側のパッションがバターのように濃厚で、この層のように幾重にも積み重なっているなら、それはもうクリアと言っても過言ではありませんよね?」


「いや、過言だろ」と俺は独り言を漏らした。しかし、彼女がそのまま圧倒的な歌唱力でパンへの賛美歌を歌い始めた瞬間、思考が止まった。


完璧な音。完璧な層。あかりが語るクロワッサンのように、俺の「論理的な日常」という層の隙間に、彼女の狂った情熱がじゅわっと染み込んでいくのを感じた。


翌朝。俺は気づけば駅前のベーカリーにいた。職人が心血を注いだ「パリパリ」の皮を床に散らしながら、その圧倒的な完璧さに跪くために。

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