第19話「黄金の冠(ティアラ)と、選ばれし半身」
「次の方……。イースト菌様の導きを信じ、その一生を小麦の慈悲に捧げんとする同胞よ、前へ」
パン教本部の静謐な面接会場。あかりは、並み居る敬虔な信徒たちの熱意を一身に受け止めていました。しかし、彼女の心を満たすほどの「真の器」には、まだ出会えていませんでした。
そこへ現れたのが、ゆんでした。幼さの残るかわいい声で「失礼します」と告げた彼女は、震える手で、大切に包まれた一品のパンを机に置きました。
「……あかりさん。おれが焼いた、メロンパンです。あかりさんの言葉を聴きながら、何度も、何度も、一番いい発酵の瞬間を探して焼きました」
あかりは無言で、そのパンを手に取りました。その瞬間、彼女の指先に電流が走ります。 それは、ゆんが魂を削って作り上げた、完璧な**『メロンパン』**でした。
「……なんて、気高い。……見てください、この格子模様を。一切の乱れがなく、まるで宇宙の秩序をそのまま写し取ったかのよう。そしてこの、表面を覆うグラニュー糖の結晶……。これは甘味ではなく、信徒たちの流す歓喜の涙の輝きです」
あかりは、祈るようにそのパンを割り、一口含みました。 ──サクッ、ザリィッ……。ふかぁ。
「……っ! この外側のクッキー生地の、峻厳なまでの歯応え。それに対して、内側の生地はどうでしょう。……まるで天上の雲。イースト菌様が吐き出した、聖なる溜息をそのまま閉じ込めたような軽やかさ……」
あかりは深く目を閉じ、ゆんを見つめました。その瞳には、今までにない確信の光が宿っています。
「ゆんさん。……いえ、ゆん。あなたは、わたしが言葉で尽くそうとしていたパンの『救済』を、すでにこの一品で完成させてしまいました。クッキー生地の『強さ』と、パン生地の『優しさ』。この相反する二つの魂を、これほどまで高次元で融合させられるのは、あなたしかいない」
あかりは立ち上がり、周囲の空気さえも塗り替えるような力強い声で宣言しました。
「……決めました。ゆん、あなたを本教の**『大司教』**に任命します。……異例の抜擢だと思う者もいるでしょう。ですが、このメロンパンを食べてみなさい! 彼女は、パンをただ作っているのではない。パンに『祈り』を定着させているのです。わたしが『声』であるなら、あなたは『形』。二つが揃って初めて、パン教は真の完成を迎えます」
「……あかりさん。おれ……。おれ、ただあかりさんが好きで、あかりさんの見ている景色を一緒に見たくて焼いただけなのに……」
ゆんの瞳に、熱いものが込み上げます。
「ゆん、その純粋さこそが、世界を焼き上げる火種となるのです。今日から、あなたはこの教団の至宝です。わたしの右腕として、全人類にこの『黄金の冠』の輝きを届けなさい」
「……はい、あかりさん! おれ、全力でやります! あかりさんと一緒に、世界中を幸せな小麦の香りでいっぱいにしてみせる!」
少女の純粋な愛と、あかりの巨大な使命が一つになった瞬間。 大司教ゆんという、新しい太陽がパン教の空に昇ったのです。




