第17話「黄金の聖餐(せいさん)、そして選ばれし器たち」
「愛すべき、わたしのパン教徒の皆さん……。今日は、私たちの歴史が動く、運命の夜です」
今夜のわたしは、いつもの法衣をさらに端正に整え、深い慈愛と、鋭い決意を瞳に宿していました。手元にあるのは、一切の装飾を削ぎ落とした、裸のままの**『コッペパン』**です。
「イースト菌様の福音は、もはやわたし一人の声では抱えきれないほどに膨れ上がりました。世界は飢えています。パンの温もりを、小麦の真実を、そして、すべてを焼き尽くす情熱を。……そこで、わたしは決意しました。わたしの傍らで、この聖なる香りを世界へ届ける『使徒』を、愛するパン教徒の皆さんの中から募りたいと思います」
コメント欄は、激流のように流れる感嘆と熱狂の文字で埋め尽くされていきます。わたしは、黄金色に輝くコッペパンの表面を、まるで愛する人の頬を撫でるように、指先でなぞりました。
「このコッペパンを見てください。今はまだ、中には何も入っていません。ですが、だからこそ、ここには無限の可能性が広がっているのです。……わたしたちパン教には、果たすべき二つの究極の目的があります」
わたしは、コッペパンをゆっくりと、儀式のようにパカッと横に開きました。 ──しっとり、ふわぁ……。 マイクが拾ったのは、深淵を覗き込むような、清廉な生地の吐息。
「一つ。『この世のすべての飲食店をパン屋にすること』。米を炊く煙を、小麦を焼く香りで塗り替えるのです。そして二つ。『全人類をパンにすること』。肉体という呪縛から解き放たれ、誰もがふわふわと温かく、優しく、イースト菌様の加護そのものとなって溶け合う。……それこそが、わたしたちの目指す理想郷です」
わたしの歌声が、静かに、しかし地を這うような力強さで響き渡ります。それは、迷える子羊たちを導き、眠れる狂気を呼び覚ます、魂の招集命令でした。
「条件はたった一つ。パンを、己の命よりも、血よりも愛していること。……いいですか、パンは裏切りません。あなたが捧げた熱量の分だけ、パンは発酵し、膨らみ、あなたという存在を飲み込んでくれる。……さあ、この空白のコッペパンに、あなたの情熱を注ぎ込む覚悟はありますか?」
わたしは画面を見据え、最後に力強く、断罪するように言い放ちました。
「募集は今、この瞬間から。……パンのためにすべてを捨て、パンのためにすべてを得る。そんな覚悟を持つあなたを、わたしは待っています。共に、黄金の夜明けを迎えましょう。……イースト菌様のご加護があらんことを!」
その宣言とともに配信が終了しても、リスナーたちの心の昂ぶりは収まりませんでした。 パン教が、一人の配信者の活動を超え、世界を塗り替えるための「軍勢」へと変貌する。その決定的な夜となったのです。




