第14話「琥珀色の執着と、決別の炊飯器」
「皆さん……こんばんは」
今夜のわたしの声には、いつもの神々しさとは違う、どこか湿り気を帯びた「熱」がこもっていました。画面の中のわたしが手にしていたのは、バターと砂糖で固められた、琥珀色の鈍い光を放つ**『クイニーアマン』**です。
「今夜は、少しだけわたしの昔話をしましょう。……わたしにも、パンを一緒に食べていた人がいました。でも、その恋は……クイニーアマンのように、甘くて、硬くて、そして最後には粉々に砕けてしまったんです」
わたしはパンの表面を指でなぞります。その目は、獲物を見つめるように鋭く、同時に恋焦がれるように潤んでいました。
「わたしは彼を愛していました。だから、彼を『白く、美しく、香ばしい世界』に染め上げたかった。毎朝、彼の枕元でフランスパンを叩き、彼の肌にバターを塗り込み……彼の耳元でイースト菌様の鼓動を聴かせ続けた。彼が『もうパンはいい、喉が詰まる』と泣いても、わたしは彼の口に、堅牢なバゲットを押し込み続けたんです。それがイースト菌様の御心、最高の愛だと思っていたから」
わたしが、クイニーアマンをゆっくりと、力任せに割っていきます。 ──バリィッ! ミシ、ミシィッ……! 厚いキャラメル層が、悲鳴を上げるように砕け散りました。
「聴いてください、この『拒絶』の音を。……ある日、彼はついに叫んだんです。隠していた炊飯器を抱えて。……『あかり、もう限界だ! 俺は、俺は……パンじゃなくて、米が好きなんだぁぁ!』って」
わたしは、砕けたクイニーアマンの欠片を、まるで肉片でも喰らうかのように激しく頬張りました。 ──ガリッ、ボリッ、ザクザク……! マイクが拾ったのは、甘美なはずの菓子パンを、執念で噛み砕く凄まじい音。
「……っ、苦い。……彼は、そのまま出ていきました。お米に負けた。わたしのパンの愛は、たった一杯の炊き立ての白飯に、完敗したんです! ……ねぇ、皆さん。愛って何でしょうね? 相手を自分色に焼き上げること? それとも、焦げるまで放置すること……?」
わたしはそのまま、狂気と悲哀が入り混じった、激しい賛美歌を歌い上げました。 配信の最後、わたしは画面に向かって、そっと呟きました。
「……でも、わたしは後悔していません。だって、お米よりもパンの方が、ずっと、ずっと……美しいんですもの。ねぇ、イースト菌様。見ていてくださいね」
画面が真っ暗になった後、わたしは自室で、彼が残していったしゃもじを、バゲットで叩き折りながら一人で笑っていました。 失恋の痛みさえも、パンの香ばしさを引き立てるスパイスに過ぎない。
パン教祖・あかりの、底知れぬ「闇」と「愛」に、全リスナーが震え上がった夜でした。




