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第10話「第一回 聖パン大ミサ ~黄金の杖と沈黙の賛歌~」

今夜、彼女のチャンネルを開いた者は、一様に息を呑んだ。


画面に映し出されたのは、いつもの散らかった自室ではない。淡いキャンドルの火が揺らめき、ステンドグラスから差し込む月光が石床を照らす、静謐な礼拝堂のような空間。


そして、そこに佇む「あかり」の姿は、あまりにも神々しかった。


普段のパーカーを脱ぎ捨て、銀の刺繍が施された純白の法衣に身を包んでいる。トレードマークの白いショートヘアは、キャンドルの光を透かして絹糸のように輝き、耳元には小麦の穂を象った金のイヤリングが揺れていた。いつもはどこか抜けている彼女の瞳が、今は深い慈愛に満ち、サファイアのように澄み渡っている。


「……親愛なる、パン教徒の皆さん」


凛とした声が、イヤホンを通じて魂に直接語りかけてくる。


「今夜は、ただの配信ではありません。私たちが日々、パンから授かった福音を、天へと返す儀式の日です」


あかりは、祭壇の前でしなやかな指先を組み、静かにこうべを垂れた。


「祈りましょう。目に見えぬところで命を燃やし、パンを膨らませ、私たちに豊かな香りを与えてくださる、偉大なるイースト菌様に。自らを捧げて生地を導くその尊き営みに、心からの感謝を」


彼女が捧げる真摯な祈りは、コメント欄を埋め尽くしていた喧騒さえも一瞬で静まり返らせた。あかりはゆっくりと顔を上げ、画面の向こう側にいる教徒たちを一人ずつ見つめるような眼差しを向けた。


「パン教の教えは、ただ一つ。……『分け合う心』です。パンを割る時、私たちは一人ではありません。パンを噛み締める時、私たちは同じ命を共有しています。迷える者も、不器用な自分に傷ついた者も、すべてをパンは包み込んでくれる。私は、そんなパンを愛するあなたたちを、誰よりも深く愛しています」


あかりは、祭壇に捧げられた一本の巨大なバゲットを手に取った。 それは黄金色に焼き上げられた、究極にシンプルな救いの形。


「さあ、お手元のパンを。今この瞬間、世界中で私たちだけが、一つの『食卓』を囲んでいます。……聖なる咀嚼を」


あかりがバゲットを高く掲げ、同時に自分たちのパンを構える教徒たち。彼女がバゲットの端を、力強く噛みしめた。


──ザクッッ!!


その鮮烈な咀嚼音が、全教徒の鼓動を一つにする合図となった。 同時に、あかりの喉から、言葉を超えた調べが溢れ出す。 これまでのどんな配信よりも荘厳で、透き通るような賛美歌。伴奏はなく、ただパンを噛み締める「命の音」がリズムを刻み、彼女の聖なる歌声が世界を白く塗りつぶしていく。


歌い終えたあかりは、頬を伝う一筋の涙を拭うこともせず、清らかな微笑みを浮かべた。


「皆さんに、パンの加護があらんことを。……黄金の夜を、おやすみなさい」


画面が静かに闇に溶けていく中、多くの教徒たちが、口の中に残る小麦の余韻を抱きしめていた。 それは、かつてないほどの一体感と、明日への希望に満ちた、パン教の夜だった。

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