第1話「深夜二時の福音とパン教との出会い」
「……結局、俺は何をやってるんだろうな」
午前二時。部屋の明かりを消し、PCモニターの光だけが青白く浮かび上がる六畳一間。俺は、伸びきったカップ麺の残骸を啜りながら、スマートフォンの画面を虚無的に眺めていた 。
画面の中で揺れているのは、透き通るような白い髪に、吸い込まれそうな薄紫の瞳をした美少女VTuber「あかり」だ 。自称「パンを狂うほど愛しているお姉さん」 。そんな彼女が、今夜も鈴を転がすような美声で、とんでもないことを口にしていた。
「いいですか、皆さん。人類の過ちは、あんなパサパサした白い粒……そう、『米』に頼り切っていることです。私たちの最終目的は、全世界の飲食店をパン屋にすること。全人類をパンにすることなんです」
本来なら鼻で笑って切り捨てるような過激な思想。だが、彼女が「イースト菌様」への祈りを捧げ、圧倒的な歌唱力でパンへの賛美歌を歌い始めた瞬間、空気が変わった 。その歌声はあまりに神々しく、俺の荒んだ精神に直接染み渡っていく。
「今夜紹介するのは、聖なるパン。**『塩パン』**です」
彼女が差し出したのは、黄金色に輝く、三日月のような形のパンだった。
「見てください、この底面のカリカリ。バターが溶け出して、揚げ焼きのようになっているんです。一口齧れば、中はもっちり。中心に隠された空洞から、じゅわっと背徳的なバターの海が溢れ出す……。そこに、結晶の大きな岩塩が、暴力的なまでのアクセントを添えるんです」
あかりは恍惚とした表情で、パンを口に運ぶ。 サクッ、という鼓膜を震わせる小気味いい音。彼女の薄紫の瞳が、狂気的な熱を帯びて潤んだ。
「米派の皆さんも、この福音を聞けば分かりますよね? 炊飯器なんて、今すぐ捨てていいんですよ」
暴力的なまでの魅力。画面越しに、バターの濃厚な香りが漂ってきたような錯覚に陥る。 気づけば、俺の口内は猛烈にパンを欲していた。コンビニの安っぽいカップ麺の味が、急に砂を噛むように味気なくなる。
翌朝。俺は寝不足の頭で、駅前の高級パン屋へと走っていた 。 目当ては、もちろん塩パンだ。
焼きたてのそれを手にした瞬間、指先に伝わる熱と、重厚なバターの重み。一口食べれば、あかりの言った通りの衝撃が脳を突き抜けた。
「……ああ、イースト菌様」
俺は、もう戻れない。 こうして俺は、パン教へと入信した 。




