魔法のスプーンと女の子のお話。
森の中に、ひとりの魔女が住んでいました。
魔女は人間たちからは黒の魔女と呼ばれ恐れられていましたが、森にすむ動物たちからはただたんに、森の魔女さんと呼ばれる、心優しい人間でした。
ある日のこと、森の魔女は一本の魔法のスプーンを作りました。
それは使い古されたスプーンに、魔法のマザーリーフを植え付けて成長させた、とてもシンプルだけれど、とても不思議な魔法の道具でした。
魔法のスプーンはシチューを食べることには使えなかったけれど、『幸せ』をすくいとって、他の生き物に分け与える力を秘めていたのです。
魔女は森の動物たちに子供が生まれたとき、或いは春が訪れてたくさんの植物が芽吹き花を咲かせたとき、みんなの幸せをすくい取っては魔法の瓶に『幸せ』を貯めこむようにしていました。
もしも誰かさんが不幸に悲しんでいた時、この『幸せ』をその誰かさんに分け与えてあげるために。
そんな魔女の住む森に、ひとりの女の子がやってきました。
女の子はお父さんとお母さんに捨てられて、森の動物たちの餌になれば良いと願われた女の子でした。
女の子は森の中をさまよい歩いていました。
泣きながら、悲しみに暮れながら、助けを求めて歩いていたのです。
けれど、どこにも助けてくれるような人なんていませんでした。
そんな女の子を木の陰から見つめる、森の動物がおりました。
「人間がいるよ」
森のオオカミがクマにいいました。
「女の子がいるね」
と森のクマはオオカミにいいました。
そしてクマとオオカミは同時にいいました。
「「なんて恐ろしいんだろう」」
「人は森の動物たちに何をするかわからない。みんな殺されてしまうかもしれない」
「そうだ、森の魔女さんに相談しよう」
「そうしよう」
森の魔女の家に、たくさんの動物たちがやってきました。
「ねぇねぇ、魔女さん。人間の女の子が森にいるよ」
「きっと僕たちを殺しに来たんだ」
「殺される前に殺して食っちまったほうが良いんじゃないか?」
「でも、殺して食べたら、きっと他の人間たちが私たちを殺しに来るわ」
「そうだそうだ。人間たちはとっても恐ろしいんだ。生きるためじゃなくて、殺すために殺すんだから」
「なんて恐ろしい! 魔女さん! 僕たちはどうしたら良いですか?」
「あらあら、まぁまぁ」
森の魔女は目を見開いて、驚いたようにいいました。
「どうして女の子がひとりでこんな森の中に。わかりました。わたしが女の子にきいてみましょう。どうしてこんなところにいるのかって」
女の子は森の中で、お腹が空いて泣いていました。
ひとりぼっちが心細くて、泣いていました。
森の中は薄暗くて、怖くてしかたがありません。
でも、誰も助けに来てはくれません。
来るはずがありません。
女の子は、森の中で死ぬために捨てられたのです。
飢えて死ぬか、森の動物に食われて死ぬか。
女の子には、どちからしかなかったのです。
そんな女の子のところに、ふわりと空から、ひとりの女の人が降り立ちました。
女の子は驚きながらいいました。
「あ、あなたはだぁれ?」
「わたしはこの森の魔女。どうしてあなたはこんなところにいるのですか?」
女の子は森の魔女にいいました。
「あたし、おとうさんとおかあさんにすてられたの。あたしはいらないこなんだって。ただたべるばっかりで、しごともろくにできないからって」
「まぁ、なんて可哀そうなんでしょう!」
森の魔女は、泣きそうになりながらいいました。
「さぞ、お腹が空いていることでしょう。わたしのおうちにおいでなさい。ご飯を食べさせてあげましょう」
女の子は、嬉しそうに笑いました。
魔女の家はいろいろ不思議なものでいっぱいでした。
魔法の砂時計、キラキラの天球儀、卵型の綺麗なオーブ、竜のあしらわれた小さな杖……
女の子が物珍しそうに見回している間に、森の魔女はたくさんの料理を用意してくれました。
草のスープ、根野菜のステーキ、灰色のパン、緑のゼリー、他にもたくさんの食べ物がテーブルの上に並んでいます。
ところが、女の子は思いました。
(お肉がないわ)
女の子は魔女の料理をたくさん食べました。
とても美味しい料理でしたが、お肉が足りませんでした。
お肉が食べたくて仕方がありませんでした。
けれど、ごちそうになっておいて贅沢は言えません。
「ごちそうさま。ありがとう、森の魔女さん」
「どういたしまして」
森の魔女はにっこりと微笑みました。
女の子は魔女の家にたくさんある魔法の道具について、いろいろ聞いて回りました。
魔女はとても素直に、正直にいろいろなことを教えてくれました。
「このスプーンと瓶はなぁに?」
「これは幸せをすくい取って分け与えることのできる、魔法のスプーンです。この瓶には、幸せがつまっているのです。試してみましょうか?」
「いいの?」
「もちろん」
魔女はスプーンで瓶の幸せをすくい取ると、女の子にふるいかけました。
するとどうしたことでしょう。
お父さんやお母さんに捨てられたことがどうでも良くなりました。
薄暗い森を歩いていたこともどうでもよくなりました。
とても幸せな気分でした。
何が幸せなのかまるで解りませんでしたが、とても笑い出したい気分でした。
あぁ、なんて幸せなのでしょうか。
「あはっ! あはははははっ!」
女の子は大きな声で笑いました。
翌朝も、魔女の出してくれた料理は草や野菜ばかりでした。
「お肉はないの?」
すると魔女は悲しそうに答えました。
「ごめんなさい、お肉はないの。森の動物たちが可哀想でしょう?」
「でも、クマやオオカミは、うさぎさんたちを食べたりしないの?」
「食べる時もありますが、それは自然の摂理ゆえのこと」
「しぜんのせつり?」
「はい」
女の子には意味がまるで解りませんでした。
女の子に判ったのは、殺すのが可哀想だからお肉がないのだということだけでした。
その夜のこと。
女の子はこっそり魔女の家を抜け出しました。
魔法のスプーンと、幸せの詰まった瓶、そして薪割り用の斧を持って。
女の子は寝ているうさぎの頭に、魔法のスプーンで幸せをふりかけました。
うさぎが、幸せそうにほわほわしているのがわかりました。
これなら問題ないでしょう。
女の子は斧を振りかぶって、幸せの中にあるうさぎさんの首を斬り落としました。
これでお肉が食べられます。
女の子は幸せでした。
次に女の子は小さな池のほとりで気持ちよさそうに寝ているアヒルさんに、幸せをふりかけました。
アヒルさんが幸せな夢を見ている間に、女の子は斧を振り下ろしました。
また、良い肉が手に入りました。
女の子は幸せでした。
そんな女の子を見ていたオオカミがいました。
オオカミは女の子を見ながら次々に殺されていく森の動物たちに恐怖と怒りを感じていました。
「やっぱり人間は駄目だ。必要以上に動物を殺す。食べるため以外に殺す。女の子を殺さないと、森の動物みんなが殺されてしまう」
女の子は今度は狐を殺しました。
とてもいい肉がたくさん手に入りました。
もう食べきれないほどのお肉でした。
女の子はとても幸せでした。
森の動物を殺していくのも、あまりにも簡単で楽しくて仕方がありませんでした。
女の子はまた、自分の頭にも幸せをふりかけました。
もっともっと幸せな気分になりました。
なんて素晴らしいスプーンなのでしょう。
このスプーンがあれば、きっとどこでだって幸せに暮らしていけるでしょう。
お父さんもお母さんも要りません。
食べるものも簡単に手に入ります。
幸せのうちに殺せるので、可哀想とも思いませんでした。
「ガルルルルッ!」
その時、突然オオカミが女の子に襲いかかってきました。
女の子は驚きましたが、右腕を噛み砕かれても幸せでした。
女の子は痛くて呻きましたが、左腕を噛み砕かれても幸せでした。
逃げられないように右脚、左脚を噛み砕かれても、やっぱり女の子は幸せでした。
お腹に喰いつかれて内臓を引き摺り出されて生きながらに食べられましたが、それでもやっぱり幸せでした。
食べられることが幸せだなんて、女の子は思いもよりませんでした。
とても良い気分でした。
翌る日、魔女は頭だけになった女の子を見下ろしていました。
ほっぺの肉まで喰い千切られた女の子の顔は、それでも幸せそうに笑っていました。
その傍には、あの魔法のスプーンと、空っぽになった瓶が転がっていました。
女の子に殺された動物たちのお肉もたくさん、転がっていました。
みんなみんな、幸せそうな顔をしていました。
ただひとり、悲しげな表情を浮かべる、魔女だけをのぞいて……
おしまい。