第1話 史上最低の宝の持ち腐れ男!
「与志原くん、ちょっといいかな?」
そう俺に声を掛けてきたのは、クラスのマドンナ、椎野ゆめの。
その日もトレードマークである黒髪ラビットツインテールがツヤツヤ輝いていた。
「ごめん、これから速攻で帰ってゲームしたいから、悪いんだけどまた今度ね!」
俺がそう返すと、椎野ゆめの は唖然とした顔で俺を見てこう言ったのである。
「……与志原くん、私より優先したいゲームって、一体どんなゲームなの?」
うわ、とんでも高飛車発言!
さすがはクラスのマドンナだ!
「椎野さん、君は確かに美人さんだよ。でも、俺は超大作恋愛冒険アクションRPG『サーザント英雄伝』に出てくる銀髪 碧眼の高貴な美少女とか、燃えるような赤い髪と紅い瞳のボンキュッボンのスタイル抜群のお姉さんとかがタイプだから、正直君のことはなんとも思わないんだよ!」
──バチンッ!
「ふぇっ?」
突然クラスメイトに平手打ちされて、俺は驚きのあまり、ついそんな変な声を出してしまった。
「与志原くんのバカ! せっかく付き合ってあげようと思ってたのに! この陰キャぼっちのゲーム廃人! さっさと死んじゃえ! 嘘。……ほんとに、ほんとに好きだったのに。……もう、絶対後悔させてやるんだから! 明日、そのゲームのキャラのコスプレで登校して絶対に好きって言わせてやるんだからね! その時付き合いたいって言っても……もう遅いんだよ! ……って、嘘、嘘だよ、与志原くん!」
「嘘って一体どれが嘘なの? コスプレで登校してくること? それとも俺のことが好きって言ったこと? それとも後で付き合いたって言っても遅いって」
──バチンッッッ!
「ふぇっ?」
椎野ゆめの は、俺のもう一方の頬をさっきよりもさらに強く平手打ちしてきた。
「椎野さん……」
「それ以上何も言わないで! じゃあ、与志原くん、また明日!」
椎野ゆめの は一方的にそう言うと、俺を誰もいない教室に置き去りにしていなくなってしまった。
あの次の日、椎野ゆめの は本当に『サーザント英雄伝』のキャラクターのコスプレをして高校に登校してきたんだろうか?
もしそうだったなら、俺は彼女のことを思いっきり抱き締めて、ごめんやっぱり俺も好きですと告白してしまっていたに違いない。
でも、結局俺はその姿を見ることができなかったのだ。
なぜなら、その日の夜に(たぶん)死んでしまった俺は、その『サーザント英雄伝』の大多数のプレイヤーとキャラからエグいぐらいに嫌われているとんでもない、あるキャラクターに転生してしまったのだから。
◆
「ベルベお坊っちゃま! お坊っちゃまの大切なウサギちゃんの絵皿を誤って割ってしまいました! どうかお許しください!」
「ウサギちゃんの絵皿……それはウサギちゃん2匹バージョンか? ……それともウサギちゃん3匹バージョンか? どっちだ?」
「……ウサギ2匹バージョンでございます!」
「そうか、そうか。3匹バージョンではなかったか! よかった! よかった!」
「はい! では、許していただけるのですね?」
「許す? 許すわけがないだろう! 俺のお気に入りのウサギちゃんの絵皿を割った時点で、ウサギちゃん2匹バージョンであろうとウサギちゃん3匹バージョンであろうと貴様は地下の牢獄行きに決まっているだろうが! グヘヘヘヘッ!」
──史上最低の宝の持ち腐れ男。
それが俺が転生してしまったベルベッチア・ラーグの二つ名だった。
生前、陰キャぼっち高校生ゲーマーの俺がハマりにハマってやり込んでいた完全クリア者ゼロの難易度MAX設定でありながら超人気の恋愛冒険アクションRPG『サーザント英雄伝』に出てくる、主人公達を上げるためだけに存在する噛ませ犬の悪役貴族で、全方位から嫌われている一番のクソキャラ。
魔眼と聖眼という2つのチート能力を持ちながら、尋常ならざる怠惰さと、愚かさのせいでその価値に死ぬまで気づかず、さらには使用人の中で唯一心を許していた見目麗しい女家庭教師に闇落ちさせられ、殺人狂となる哀れな男。
それなりに普通に努力し、闇落ちさえしなければ、光属性以外の主要8属性なら、ほぼ全ての魔術や剣技を書物を一読すれば身につけられるなどの能力を宿す魔眼と、相手に真実を語らせることができるなどの能力を宿す聖眼で、このゲームの本編の第一部である5人の主人公と5人のヒロインが集まるあの学園編でも十分無双できただろうに。
だが、原作ゲーム『サーザント英雄伝』では全く努力せず、さらには闇落ちして殺人狂となってしまうベルベッチア・ラーグは、露見した数多の罪により、どのルートでも必ず5人の主人公の誰かに断罪されて殺されてしまう運命なのだ。
まさにどこを見渡しても全方位破滅フラグだらけ……。
美しい紫の髪に、ほんの少しだけ尖った両耳、そして金色(魔眼)と銀色(聖眼)のオッドアイ。
ゲームでよく知っているはずのこの姿を毎日鏡で見てきたというのに、なぜ前世の記憶がなかなか甦らなかったのだろうか。
「俺のお気に入りのウサギちゃんの絵皿を割った貴様は地下の牢獄行き決定だ! グヘヘヘヘッ!」
「べルベお坊っちゃま! 地下牢行きだけはご勘弁ください! それ以外の罰なら何でも受けますから!」
「オオッ! 言ったな! グッヘヘ……じゃあ、何をしてもらおうかな? ええっと……じゃあ、まずはその頭をツンツルテンに剃り上げて……」
「ツンツルテン? それだけは、それだけはご勘弁を!」
「ならん! 貴様は今日からツンツルテンメイドだ! 来年まで髪を伸ばすことは許さん! グヘヘヘヘッ!」
とまで言ったところで、俺はやっと陰キャぼっち高校生、与志原 真平太だった頃の前世の冴えない記憶を取り戻したのだった。
そして、それと同時に俺は、自分が悪役貴族ベルベッチア・ラーグであるということ以外のこの世界でのそれまでの記憶をほとんど失ってしまったのだ。
グヘヘヘヘ?
これって絶対闇落ちした後だよな?
闇落ちしてない人間がそんな笑い方をするはずがない!
絶対、すでにもう何人か殺っちゃってるよな?
このグヘヘヘヘという笑い方が幼い頃のベルベッチア・ラーグの代名詞だったことをすっかり忘れていた俺はそう思って、前世の記憶を取り戻したと同時に、自分は身に覚えのない罪で主人公達に断罪され殺されてしまうのだと思いっきり絶望し、地獄に叩き落とされたのだった。
しかし、その直後、視界にあの女の姿が映ったことで俺は一瞬でその地獄から生還を果たしたのである。
あの燃えるような赤い髪のあの女がまだ生きているということは、どうにか間に合ったということか!
ここ、ラーグ侯爵城で行われる俺の10歳の誕生日パーティーで、俺の母である、ラーグ侯爵夫人は午後9時きっかりに殺されてしまうのだ。
そう、彼女こそが死にとり憑かれた一族、ラーグ侯爵家の最初の犠牲者なのだった。
その事件によって俺は闇落ちしてしまう。
母を殺したのは俺の誕生日パーティーの参加者の一人に化けていた魔物で、その魔物をこの城に招き入れたのは俺の家庭教師である、あの女、アナシア・ダッシェンウルフ(その後、自決)。
この二つの哀しい事実を知った俺は殺人狂へと闇落ちしてしまうのだった。
それは原作ゲームでは決して変えることのできない、公式サイトや攻略本には、ラーグ侯爵夫人殺人事件(ベルベッチア・ラーグが5人の主人公の誰かに断罪されて殺されると闇落ちしたきっかけであるその事件をまとめた美麗なムービーが毎回流れる)とだけ記された本編以前に起こった決定事項だった。
「……これは確認なのだが、俺の10歳の誕生日パーティーはいつ行われる? グヘヘヘヘッ!」
俺がいきなり性格が変わったら怪しまれると思い、思わず最後にグヘヘヘヘをつけて(もちろんその直後に大失敗してしまったと悔やんだ!)、あの女にそう質問すると、こんな答えが返ってきた。
「ベルベお坊っちゃまの10歳の誕生日パーティーはあさっての夜7時から行われる予定でございます」
マジでいろんな意味でギリギリセーフだった!
よし!
まずはこの最初の破滅フラグをバッキバキにへし折ってやる!
──ラーグ侯爵夫人殺人事件発生まで、あと49時間58分32秒。
拙作を見つけていただきありがとうございます!
はじめまして、佐松奈琴と申します!
本作は、実はチートスキルを持つ怠惰で愚かな悪役貴族に転生したぼっち高校生ゲーマーが異世界でヤンデレ美女たちに囲まれながら成り上がっていく痛快物語です!
転スラや無職転生が大好きなので、2タイトルのような大長編を目指します!
感想、評価、ブクマを付けてくださった方々本当にありがとうございます
m(_ _)m