6. フラワーベリーの秘密
「みんな、準備はいい?」
『メアリー、頑張るにゃ!』
『メアリーさん、ファイトです!』
固唾を飲んで見守る視線の先には、炭酸水に浸しておいたフラワーベリーがぷかぷかと浮いている。
「よし、メアリー行きます!」
慎重に…慎重に、メアリーは青い実にのみナイフを当てる。緊張から手が震え、ペティーナイフが赤い実に当たりそうになるのを回避しつつ、ひとまず十字にカットする。
『ふぅーー…。緊張したにゃぁぁ。』
「ノアは見てただけじゃない! 私の方が緊張したんだから!」
『こういうのは見ている方が緊張するもんだにゃ。』
『わかります、ワタシも思わず息を止めてしまいました。』
ふよふよと浮かびながら見守っていたノアに同調するように頷くビウたん。
そんな二人にジト目を向けながらも、メアリーは青い実の皮を指で摘んでむいていく。
『あれだけ固かったのが、炭酸水に漬けるだけでこんなに柔らかくなるなんて…』
するするとむけていく皮に、ビウたんは感心しながらメモ帳を取り出し、さっそく記録を残していく。
『ノアさん、さっきの炭酸水って、普通の炭酸でしたよね? 強炭酸や弱い炭酸だと変わってくるんでしょうか…?』
『どうにゃんだろ…。試してみるかにゃ?』
ノアがビウたんを小脇に抱えてシンクに向かい、小さなボウルを準備する。ノアが風魔法で炭酸の濃度を一気に上げた。
『さっ、ビウたん入れてみるにゃ。』
言うや否や、なぜか距離を取るノア。
好奇心旺盛なビウたんは気づかず、ボウルにフラワーベリーをぽちゃんと落とした——
≪≪≪ ボンッ!!! ≫≫≫
派手な音とともに、ボウルから弾け飛んだフラワーベリーが、ビウたんの顔面に直撃!!
『ビウーーーーッ!!』
果汁がキッチン中に飛び散る。メアリーが呆然とするなか、ノアは口元を押さえて肩を震わせていた。
「……ノア?」
じろりと睨むメアリー。
『っぷはっ……! やっぱり弾けたにゃ!』
「やっぱり!?」
『ノアさん……つまり、これは予測済みだったのですか!?』
ビウたんが顔に果汁をつけたまま、驚きと怒りの入り混じった目でノアを見つめる。
『いやぁ、ビウたんのリアクションが気ににゃって、つい……』
『つい、じゃないですー!!』
「ノア!!」
ぷるぷると震えるビウたんに、メアリーはため息をつきながら布を渡す。
「ほら、まずは顔拭いて。ノアも悪ふざけしすぎ!」
『ごめんにゃ~、でもちゃんと掃除手伝うから許してにゃ?』
「まったくもう……。それより、ほら、まだ下処理終わってないんだからね!」
『……実験に失敗はつきものです。今回のことはご存じだったとはいえ、許してさしあげます。』
『ビウたん、優しいにゃ~』
「はいはい、おしゃべりはもうそこまで!作業に戻るよ」
改めて、メアリーが青い実の皮の残りを丁寧にむいていく。
「うん、するっとむけるね!」
『炭酸の効果ってすごいにゃ……』
『注意書きに赤い実にナイフを当てると弾ける。って書いてありましたが、はじめの切り目だけで、あとは手でむけるならワタシでも出来そうです!』
「そうだね、ビウたんにも手伝ってもらわなきゃ。」
青い実だけをむき終わると、赤い実がゆっくりと皮をむき始めた。
『おお……!』
『すごいにゃ~!』
メアリーが勢いそのままに褒める。
「すごいっ!すごいよ!がんばれーー!」
『あと少しですよ! 頑張ってください!』
『ほんとえらいにゃ! ふれー!ふれー!フラワーベリーにゃ!』
みんなが見守る中、赤い実はぷるんっと綺麗にむけた。
「やったー!成功だね!」
メアリーが感動して思わず拍手すると——
『……!!』
『……!!!!』
なんと、フラワーベリーがほんのり光を帯びた。
『メアリーさん! 見てください、輝いています!』
『本当に、美味しくなってる気がするにゃ!』
「ふふ、やっぱり食材には気持ちが伝わるんだね。」
最後にみんなでむき終わったフラワーベリーを眺めながら、満足そうに頷く。
『これで下処理完了にゃ!』
「うん! さっそく、このフラワーベリーでジャムを作ろう!」
——そう、順調に進んでいるかと思いきや。
メアリーの手が、ぴたりと止まる。
『……? メアリーさん?』
『にゃ?』
視線の先には、シンク横に置かれた大きなボウル。
中には、まだまだむかれていない、つやつやと瑞々しい光を湛えたフラワーベリーたちが……たっぷりと鎮座していた。
『……あれ?』
「……これ、あと全部やるんだよね?」
『……』
『……』
『……骨が折れるにゃ。』
「だよねぇ……」
さっきまでは達成感でいっぱいだったのに、現実を見るとなんだか途方もない作業に思えてくる。
『ま、まぁ……一つずつやっていけば、いつかは終わるにゃ?』
「いつかはねぇ……」
「ねえ……もしかしてさ、この弾けた実が美味しかったら、わざわざむかなくてもいいんじゃない?」
メアリーがボウルの縁についた弾けた実を見つめながらぽつりとつぶやくと、ノアとビウたんがぴたりと動きを止める。
『……たしかににゃ!』
『おお、それは画期的ですね!』
「ね? だって、この処理、すごく大変だし……ほら、もし弾けたままで美味しいなら、このまま使えばいいわけでしょ?」
『にゃるほど……。つまり、食べてみればわかるってことにゃね?』
「そういうこと!」
メアリーは炭酸で弾けてしまったフラワーベリーのひとつを摘み、じっと観察する。
見た目はつやつやと輝き、美味しそうにも見える。
『……においは?』
「んー……無臭かな?」
鼻を近づけても、特に強い香りはない。
「よし、じゃあ——」
メアリーは意を決して、ぷるんとした赤い実を口に入れた。
——バチバチバチバチッッ!!!!
瞬間、雷に撃たれたような衝撃が舌を駆け抜けた。
「っっっっ!!!!!」
メアリーの髪が逆立ち、体がびくんっと震える。
『メ、メアリーさん!?』
『にゃ、にゃにゃにゃにゃ!?』
「かっ……かかか……か、かみなり!!?」
舌の上でバチバチと弾ける感覚。
酸味と苦味とえぐみが一気に押し寄せ、口の中が完全に大混乱。
「こ、これ……無理!!!!」
慌てて水を飲むも、しびれる舌がなかなか回復しない。
『ひゃああ……そんなに刺激的なんですか!?』
「うぅぅ……口の中が雷!! しびれるぅ……!」
メアリーが涙目になっていると、ノアがなにかに気づいたように手を打った。
『にゃるほど……やっぱり途中で弾けたのを食べるのは難しいにゃ。』
「なんでこんな味になっちゃったの……?」
『たぶん、強炭酸の影響が大きいにゃ。普通の炭酸水で処理するときは、じっくり浸して、青い皮をむいて、それから赤い実が自然にむけるのを待つにゃ。でも、これは弾けた衝撃でいきなり赤い実も出てきちゃった。』
『つまり、通常の手順を踏まずに赤い実が露出すると、味が変わるってことですか?』
ビウたんが興味深そうにメモをとる。
『そうなると……そもそも、フラワーベリーは褒めながらむかないといけないっていうのも気になりますね。』
「え?」
『この実って、もしかして……ご機嫌次第で味が変わるんじゃないですか?』
名探偵ビウたんの登場である。
『……にゃ!?』
『ほら、さっきまでみんなで「すごい!」って褒めながらむいたフラワーベリーは、ちゃんと甘酸っぱくなってましたよね。でも、今回の強炭酸の実は、褒めてもいないし、むしろ急に弾けちゃったわけですし……。』
「えっ、じゃあ何? これ、拗ねちゃったってこと?」
『可能性はありますね。急に弾けてしまったことで、良い状態で仕上がらなかったのかもしれません。』
『にゃ、にゃんて手間がかかる食材にゃ……!』
「うぅ……。でも、強炭酸のままで処理できたらラクだったのに……。」
メアリーはため息をつきながら、ようやく舌がしびれが落ち着いてき、口元を押さえていた手を下ろす。
『ま、まあ……フラワーベリーの気持ちを考えるのも、大事ってことにゃね。』
『奥が深いですねぇ……』
「もう……。とにかく、やっぱり普通に処理するしかないね……!」
『……大丈夫です! さっきみたいに、みんなで褒めながらやれば楽しくなります!』
『そ、そうにゃ! 褒めて乗り切るにゃ!』
「……うん、そうだね!」
気を取り直し、再び炭酸水からフラワーベリーを引き上げもくもくと作業に取り掛かる3人であった。
☆ こぼれ話
『強炭酸だと雷バチバチでしたが、弱い炭酸だとどうなるのかが気になります!』
『強いとバチバチだから……“ふにゃふにゃ”ににゃるんじゃにゃいかにゃ~。』
「炭酸の効果で皮が柔らかくなるんだから、単純に固いまんまなんじゃ……」
『『………』』
しばし沈黙ののち——
『……メアリー、それじゃあ夢がにゃいにゃ。』
『ロマンがないです!』
「えぇ……!? いや、普通に考えたらそうなるでしょ!?」
『でも、試してみなければわかりません!』
『そうにゃ、やっぱり実験するしかにゃい!』
「えぇぇぇ……(また巻き込まれるやつだ)」