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Day 3 友の為に 下


 怨嗟の谷。

あそこは人と悪魔の大戦闘があった場所で、双方酷い損害を受けたが、人間側のとある男が仲間を皆殺しにされた怒りで悪魔の魔術師の脳を食い、悪魔の魔術を人間が使う禁忌を犯して呪われた場所だ。

 

呪いと呼ばれる正体はどれも小さな魔術がいくつも集まった物で、谷に入ると同時に大気に含まれるマイナス効果のある魔術を含む空気を取り込む事で体に異常が生じる。

 

私やラタみたいに成分を知っている魔術師であればこの呪いを受けないが、ルサンチマンが成分分析しつつ進むとなるととんでもない時間を必要とするし、進みながら防衛魔術を構築するには未熟すぎる。

 

「さっそく呼ばれたが……白色か」

 

私達と契約を結んだ者が危機に陥った場合、まず私達を移動させる魔法陣が起動する。

そしてあらかじめ決めておいた危険レベルに応じた色に変わる。

白が一番安全で、色が濃く、黒に近づくにつれて危険になっていくが、私を呼ぶ魔法陣が黒になる事は殆ど無い。

そんなの、目の前に魔王が居るとかそんなレベルの危機だからな、死ぬ気で戦わないといけない。

 

「お師匠様! 私が行きます!」

 

「あー、ほら今日は税金の対応があるだろ? 私じゃ税金関係の事分かんないからお前が残っててくれ」

 

「あの女の所に行くんですよね」

 

「言い方! 客の所だろうが、とにかく行ってくる」

 

「……仕方ない、今ならお師匠様の布団と下着が」

 

ラタのゆるみきった表情と、欲望に支配された瞳がこれから何をするのかが嫌でも分かる。



 「ゲホッ! 何で……抵抗力は高めて来たし、防御魔術だって起動してるのに」

 

ラタの奇行を予想してため息をついていると、ルサンチマンの近くに呼ばれていた。

彼女は咳き込み、血を吐いている。

足元には大気成分を理解しようとしたのか、走り書きしたメモらしき物が散らばっていて、それに応じた魔術を使ったみたいだ。

 

「呪いを信じなかったのは偉いが、闇の魔術と影の魔術の区別がついてない、それに毒耐性をつけたいならポイズンリジェネじゃなくて使う魔術はポイズンシールドとクリアーエアだ」

 

「貴女は……タリラさんですの?」

 

「お前目をやられたのか? ちょっと待ってろ」

 

ルサンチマンの頭に手を起き、視力を奪っている、いやせき止めている魔術を取り除いた。


「ありがとうございます……もうダメかと思いました」

 

「お前特別魔術学校の生徒だろ? ダンジョンや敵地に来たらまず最初に感覚保護をするのは基本中の基本だろうが、習わなかったか?」

 

ルサンチマンの体を治療しつつ、周囲の警戒とここが怨嗟の谷のどこなのかを調べるか。

えーっと、ここは……丁度半分進んだぐらいかな。

このレベルなら、まあよくここまで進めたもんだよ。

 

「やってましたわ! ですが、進むにつれてこの複数の魔術の……呪いとやらが濃く強くなって、防御が間に合わず、毒が回って、それで」

 

「それで、私が来なかったら死んでいたと」

 

「……返す言葉もありませんわ」

 

ラタなら濃度に応じて防御の強さを変えるぐらい出来る。

私がルサンチマンと同じ学校に通っていた時、一年生の頃でもそれぐらいは出来た。

学校のレベルが落ちてんのかな?

 

「さ、戻るぞ」

 

「待って下さい! その、まだ遺骨を回収してません!」

 

「回収師の仕事は身柄を安全に契約した場所まで連れ帰る事で、お前は契約を発動したんだ、分かるだろ?」

 

「それは分かりますし、契約内容も理解しています! ですが無茶を承知でお願いします、回収するまで待って下さい」

 

「暇だから別にいいけど、私は戦わないし、お前が勝てない悪魔が現れたり、死にそうになったら問答無用で連れ帰るぞ」

 

ルサンチマンは頷き、ペコリと頭を下げた。

見た感じがお嬢様だったが、貴族として身につけるはずの気品や形式張った礼儀をまったく感じない。


「ありがとうございます、タリラさん」

 

ルサンチマンと共に谷を降りていく。

腐った人間の死体に、首だけになった悪魔の死体が転がり、さらにいたる所に踏めば発動する罠型の魔術の気配を感じる。

 

「話には聞いてましたが、酷い場所ですわね」

 

「遺骨回収だって書いてあったな、はっきり言うが骨が残っている可能性は低いぞ、それに残っていたとしても……染み付いた魔術をお前に取り除けるのか?」

 

「この地で人間と悪魔の戦いがあった時、わたくしの親友はここで戦っていました」

 

彼女は罠を避けつつ、慎重に進みながら自分の話を始めた。

 

「わたくしは魔術が苦手で、奇跡もろくな物がありません。才能に溢れて、努力も出来る彼女に追いつく事を諦めて、魔術なんてバカらしいって不貞腐れた事しか言わないガキでしたの」

 

風が強くなってきた。

魔術の気配がする。

……動いているな、悪魔がこの先にいるみたいだが。

 

「戦地に向う彼女に向って何て言ったと思いますか? 最後の言葉になるとも思わずに、魔術師になったのは間違いだって、お前はバカだって言ったんです」

 

「それで、その親友はここで……ソイツは強かったのか? どんな魔術師だったんだ?」

 

「強かったと思います……彼女の魔術は奇跡と同時に使う物で、魔術で組み立てた装甲を奇跡で固めた物を身に纏って肉弾戦をするタイプでした」

 

それはまた変わった魔術師だな。

確かにその戦い方は存在するが、それをメインにしているのは聞いた事が無い。

 

「思い上がりだと思いますし、わたくしも死んでいたと思いますが……もし、もしわたくしが努力を諦めず、一緒に戦っていたのなら、違う未来があったのかなと思うと」

 

「やりきれない、か」

 

「自己満足でしか無いのは分かってます、ですが、空っぽの彼女の墓に彼女を戻してあげたいんです。死後ぐらい立派に戦った英雄に安らぎの場で休んでもらいたいです」

 

悪魔が近い。

数は三、知能はそこまで無さそうだが……さっさと殺さないと仲間を呼ぶタイプかもしれない。


「彼女の遺骨を回収して、その骨に染み付いた魔術を解いて墓に戻すってわたくしは決めました。だから、もう一度努力して、特別魔術学校に入ったんです」

 

「受験組か、私は推薦組だったよ」

 

「先輩でしたの?」

 

「まぁな、さてとルサンチマン後輩、気づいてるか?」

 

「ええ、もう手は打ってますわ」

 

本当にうっすらと揺れる魔術の痕跡。

まるで薄い刃のような魔術が地面を伝って悪魔の首を跳ねた。

まだお互いに肉眼で確認出来ないこの状況で、よく魔術をコントロールして首を狙えたな。


「わたくしの奇跡、隠蔽は魔術の痕跡と追跡を困難にさせる物ですわ」

 

「お見事、だがまだ甘いな」

 

「それはどういう……」

 

「見れば分かるさ」

 

ルサンチマンと共にたどり着いた場所は、大量の人骨が転がっていて、激戦地跡と呼ばれる場所だ。

 

「さ、三匹いたのですか」

 

「探知が甘い、魔力で敵を判断して弱点を探る技術は見事だが、数を誤認してる。帰ったら魔力の種類を魔術で識別する練習をするんだな」

 

「……その、手を煩わせてすいませんでした」

 

「本来は助けないんだが、まぁ後輩だし、これからの関係もあるからな」

 

「これからの関係ですか?」

 

「契約した時の条件、覚えてるか?」

 

ルサンチマンは思い出したように手を叩き、頷いた。

 

「わたくしに出来る事なら何でもやりますわ!」

 

「いい返事だが、まずはアレを確保しないとな」

 

無数の人骨の中、呪いのような大量の魔術を帯びた紫色の煙と、魔術師が死んでいるのに未だに輝く魔術の結晶の両方を纏った人骨がある。

多分、アレはルサンチマンの親友の骨だ。

 

「あ……間違いありません、彼女の魔力と魔術を感じます!」

 

「やっぱりか」

 

普通、骨になった個人を見つけるのは難しい。

専用の魔術があれば見分けがつくだろうが、私にそれは出来ないし出来る者は多くない。

それに、砕かれず、ここまで綺麗に形を保っている事も少ない。

 

「骨についている魔術と呪いが悪魔を近づけなかったんだろうな、綺麗に残ってる」

 

「わたくしの話だけで……特定できたのですか?」

 

「特徴的だったからな、それぐらい先輩には余裕なんだぞ」

 

ルサンチマンは涙を流している。


骨だけになった親友と再会して、変わってしまった彼女の親友と、変わる事のできたルサンチマンがどんな思いなのかは分からない。

死者に意識は無く、死ねば無だ。

だが、それをここで言う程私は嫌な先輩じゃない。

 

「さあ、帰りますわよ、ビジビード!」

 


 

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