Day 1 帰らぬ子 下
宝石洞窟。
名前の通り宝石の採掘ができる洞窟で、悪魔出現前は賑わっていた街並みも近くに広がっていたが、今じゃその姿は完全に失われている。
だが、人がいる痕跡はそこそこ見つけられるから、もしかしたら知らない間に宝石採掘がブームだったりすんのかな?
「お師匠様、こっちです」
洞窟の中は予想と違って、血と死体の腐った匂いが充満する名前の響きとなまるで違い、確実にこの場所もダンジョンなんだと実感できる。
前に来た時はこんなのじゃなかったが、かなり酷くなってるな。
「壁に埋め込まれてる宝石はとっても綺麗ですね、そんな奥に行かずにここで採掘すればいいのに」
「そうか、ラタは宝石洞窟は初めてだったっけ?」
「はい、そうですけど……」
「この辺の宝石は脆いんだよ、ほら」
私が近くの小石を掴み、赤色に輝く宝石めがけて投げると、パキッと音を鳴らして宝石は砂のように崩れていった。
「脆いですね」
「こんなのじゃ売り物にもプレゼントにも出来ないでしょ、だから硬度の高い宝石を求めてみんな奥に進むのよ」
「こんな所にも悪魔は出現するんですね、侵攻されている場所とは離れてるのに」
「私だって原理は知らないわ、でも分かってる事と言えば人の住んでいない場所には必ず悪魔が現れるって事だけなんだから、ここに住ませればいいのにね」
何も無い場所の悪魔の出現には条件がある。
人が住んでいなくて、日の光が届かない場所は殆どの確率で出現する。
「イレギュラーに殺されたんじゃないですか? 死体にもいくつか噛み殺されたような跡がありましたよ」
「まだその死体がここに住んでいたとは限らないでしょ、まぁでも、それも可能性としてはあり得るから用心なさい」
二つの出現条件を無視して現れる悪魔は総じて普通の悪魔よりも強い。
狡猾で、卑怯で、魔術も使える悪魔だから自分の戦闘スタイルによってはかなりの苦戦を強いられるし、処理に時間をかければ新たな悪魔が出現するかもしれない。
「もう私は弱くありませんから、安心して任せて下さい!」
「そういうのは私を超えてから言うんだな、駆け出し魔術師のラタちゃん」
「むー! 子供扱いしないで下さい! レディとして、そして性的対象に見て下さいよぉ!」
子供扱いしないでって、子供しか言わないセリフなんだが、気付いてないのかコイツ。
「あと少しで回収目標に接触しますけど、いつも通りでいいですか?」
「ああ、今回の契約に例外はなさそうだからな、それでいい」
しばらく進んでいくと、二つの声が聞こえてきた。
一つは男の声で、絶叫している。
二つ目は女の声で、何かを……これは魔術を唱えている?
「お師匠様、私がやります」
「わかってる、私は手出ししないから普段通りお前がやれ」
「はい、では……行きましょう」
ラタは数回瞬きをして、魔術の詠唱をいくつかスキップできるように構えている。
あんな事前準備しなきゃいけないとは、わが弟子ながらなんて未熟なんだと思ってしまう。
「腕がッ! 俺の腕が!」
「痛覚断絶! 流血回流! えっとそれから……」
「フランソワーズ、後ろ!」
進んだ先には、回収対象がいた。
ケガはしているが、生きている。
うん、あれなら客も……。
「ラタ、まだ動くな」
ラタにだけ聞こえるように魔術で音の流れを変えて、周囲の空気の流れに集中する。
「……お師匠様?」
気配だ。
悪魔の気配がする。
それも普通の悪魔じゃなくて、上位の悪魔の気配がこの先からしている。
「防御魔術をすぐに出せるようにしておけ」
「わかりました」
現れた野生動物を歪に接合したような、キメラと言う呼び名がしっくりくる悪魔が男を捕らえた。
長く鋭利な爪は喉元に当てられて、片腕を失った男はガダガタと震えるだけで何も抵抗出来ていない。
「ハルト!」
「け、気配なんてしなかったのに……なんで……」
「気配を出して近づく悪魔がいる訳ねぇだろうが、あぁ!」
「ハルトを解放しろ! さもなければこのフランソワーズがお前を斬り殺す!」
「おーっと、一歩でも動いたらこの男は殺すぞ?」
「……卑怯者」
「頭を使っていると言ってくれよ、バカな人間」
この状況は……。
「……どうすればハルトを解放しますか、何が望みですか?」
「そうだな、なら片腕片足は最低でも差し出してもらおうか」
「それは……」
「こっちは腹が減って仕方ねぇんだよ! おら、助けたきゃ自分で片腕斬ってこっちによこしな!」
「あ、フランソワーズ……」
「見捨てません、ハルトは絶対に」
大チャンスだ。
「あの、すいません」
私が頷いたのを見て、ラタは動いた。
全方位を警戒しつつ、ゆっくりと悪魔の視界に入るように近づいていく。
「何だお前」
「助けが……そこの貴女! この悪魔を共に倒して下さい! お礼なら後で」
悪魔の爪がハルトと呼ばれる男の腹に少し入った。
出血は大した事無いが、あのままなら確実に死ぬ。
若い男だからな、拷問するおもちゃじゃなくてエサにされるんだろうか。
しかし、何才以下がエサになるとかアイツらの中で決まっているのだろうか。
若くて柔らかい肉なら食うってのは知ってるけれど、何才以上なら拷問されるのかまでは分からないんだよね。
「近づくなよ小娘、それ以上近づいたらこの男は殺す!」
「その身なり、貴女は魔術師ですよね? この状況、どうにかなりませんか」
「どうにか……まぁ、はい、どうにかする為にやってきたので、どうにか出来ますよ」
悪魔は爪をさらに深く突き刺していく。
だが、ラタはそれを無視してどんどん女に近づいていく。
「止まれ! この男が死んでもいいのか!」
口から血を吐きつつ、涙を流す男はパクパクと何かを言おうとしているが、言葉は何も聞こえない。
無視している訳じゃなくて、言葉を発せていない。
『死にたくない』
読み取れるのはこの程度だろうか。
「止まって下さい魔術師さん! このままだとハルトが殺されます!」
「あの男は依頼にありません、貴女の救出のみの依頼ですから私には関係ありません」
「救出だと? この俺から逃げられるとでも思っているのか小娘」
悪魔が近くにあった宝石を魔術で浮かせ、それでラタを攻撃しようとしている。
数的に、このままじゃあの女も巻き込まれてしまうな。
さぁ、どうするラタ。
「お師匠様ならこんな時、悪魔だけを殺す事なんて容易な事なんでしょうね。依頼対象を守りつつ、相手を滅ぼすのは攻めと守りの両立が必要ですから少し面倒なんですよ」
「何を言っているんだ小娘、さあどうする? お前が動けばお前もそこの女も、この男も死ぬぞ」
「フランソワーズ・F・ローティーさんですよね?」
「え、そうですけど、今はそんな事を聞いている場合では」
「私は回収専門店ルリラのラタ・ルリラです、貴女の回収……救出を依頼されたので助けに来ました! もう大丈夫ですからね」
「動くなと言っただろうが!」
勢いよく宝石が射出されていく。
だが、ラタはそれを必要最低限の防御魔術で防ぎ、回収対象も無傷を守っている。
「さあ、帰りましょう」
「待って、待って下さい! ハルトは、ハルトはどうなるんですか」
「どうって言われましても、貴女の回収しか依頼されてませんから」
「そんな……」
ファなんとかいうお嬢様の顔色が悪くなっていく。
男を見て、ラタを見てを繰り返し、ラタをどうにか悪魔と戦わせようとその場から動こうとしない。
「面白いな人間、この男を見捨てると言うのか?」
「煩いので黙ってて下さい」
ラタが悪魔を睨むと、悪魔の口が塞がった。
魔術で無理矢理閉じられたのが初めてなのか、悪魔からは動揺が見て取れる。
「さあ、帰りましょう」
「ハルトを助けて下さい、お願いします、お願いしますから!」
「基本的に依頼の二重受けはしないんです」
「なら……ハルトを助けてくれるまでここを動きませんから! これなら貴女は私を助ける為に悪魔を倒さないといけないはずです!」
五月雨のように放たれる宝石をガードしつつ、ラタはこっちをチラチラと見ている。
追加の依頼を引き受けてもいいのか悩んでそうだ。
こんなの、考える必要無いだろ。
ったく、やっぱりまだ未熟だ。
「めんどくさ……はぁ、いくら支払います?」
「人の命がかかってるこの状況で……このブローチはわたくしの家に伝わる家宝ですが、これを」
「それはもう契約時点で頂く話になってるので、それ以外です」
「それは……誰が決めたのですか!」
「帰ってから自分で確かめて下さい、とにかく、貴女には支払い能力が無いので、依頼は引き受けられません」
「だったら……わたくしがあの悪魔からハルトを」
「貴女を危険に晒す訳にはいきませんから、ホールド」
女性の体に光が纏わりつく。
まるで縄のように、縛るように、確実に自由を奪っていく。
「帰りましょう」
「ダメ! ハルト! ハルトがまだそこにいます! 助けられるんです、助けないと!」
女を宙に浮かせ、それを引き連れるようにしてラタが戻ってきた。
背面の防御も忘れずに展開している、よしよし。
「お師匠様、無事回収しました」
「もう少し早く回収出来ただろ」
「この洞窟の地形全てが頭に入ってないので、テレポートは難しいと思いまして」
「あのな、洞窟やダンジョン内でテレポートを使うのはリスク高いからやめろって言ってんだろ? 選択肢に並べるなっての」
「魔術師が二人いた……三人ならハルトを助けられます!」
「そうですけど……うぅ、どんな感じで回収すれば良かったんでしょうか」
「そりゃ」
「見殺しにするんですか!?」
プカプカと宙に浮かされている女が私を睨んでいる。
「貴女の事は知ってます……大魔術師のタリラ様ですよね? 貴女ならハルトを助けられますよね? 本気で、本気で見捨てる気ですか?」
「ああ、見捨てる」
「お願いします! お願いですから、ハルトを助けて下さい……私だけじゃ助けられないんです、だから、どうかお願いします……」
多分男が見れば、このお嬢様の流す涙で心が動き、少しでもいい姿を見せようとするのかもしれない。
だが、私は女だ。
その涙には何の価値も無い。
それに、本当に泣きたいのは……。
「私達はただの回収専門店の人間ですよ? 本来ならフランソワーズさんが助けるべきですよね? そもそも貴女がこんな所に来なければあの男は救出の為にここに来なかった、確かに私とお師匠様はあの男を見捨てますが、死のキッカケを作ったのも、死ぬ運命をおしつけたのも全て貴女ですよ、フランソワーズさん」
あの男がもっと強ければこんな事にはならなかった。
こんな所に来るなら、このお嬢様はもっと訓練をしてから来るべきだった。
私達の依頼の半分はこんなのばっかりだ。
自分の実力に見合わない事をするから、こうなる。
「それは認めます! ですが助けられる命を助けない理由にはなりません!」
「助けない理由は助ける理由が無いからですよ?」
「ッッッ! 悪魔が侵攻してきてもう数十年です、アイツらは協力してるのに、私達はまったく協力できてない! 大魔術師タリラ、噂は聞いてますよ。最強の魔術師であり元勇者候補筆頭、実力だけなら貴女が勇者になっているだろうと言う人もいましたけど、その性格ではなれなくて当然です!」
「ラタ、黙らせとけ」
「弱い者を助けるのは力ある者の義務でしょう! ここで力を使わないでどうするんですか!」
「はーい、お前うるさいから黙って救われてて下さい」
ラタが微笑む。
「お願いです……ハルトを……助けて……」
そして、煩い女は眠った。
後ろでは悪魔がイライラしつつ、食事を楽しんでいる。
あの母親、私達に依頼すれば助けられたのに。
どこに頼みに行ったのかは知らないけど、食われた奴の遺骨探しは結構高いんだよな。
「あの男の子、可哀想ですよね。あの母親がお金をケチったせいで助けて貰えないんですから」
「ああ、まったくだよ」
私達が助けないのには理由がある。
依頼した相手は必ず助けるが、依頼していない人は絶対に助けない事をモットーにする事で私達の価値を高めているんだ。
私達に偶然は無い、気まぐれで助ける事も無い。
助けて欲しいなら依頼しろ、そうすれば必ず助けると市場に実績で広告している。
「今晩はすこし良いご飯が食べられそうですね」
実力も金も足りないなら、悪魔と戦うべきじゃない。
「すこし? バカ言うな、ごちそう決定だ!」