Day 1 帰らぬ子 上
「お師匠様! もうお昼近くですよ、起きて下さい!」
一階から弟子の声がする。
時計を見ると時間は……まだ11時じゃないか、あと1時間は眠れるな。
「お師匠様、起きて下さい!」
階段を上がる音がして、部屋の扉が開いた。
そこにはエプロン姿の弟子、ラタがいる。
昼ごはんの準備をしているのなら出来てから呼んでくれよ。
そうでなくても私は眠いんだ、寝かせてくれ。
「……あと少しだけ眠らせてくれ」
「寝るなら絶対に起きないで下さいね……よいしょっと」
「おいラタ、何してんだ」
ラタは私の足元の布団に手を入れて、小さな空洞を作っている。
そこから冷たい空気が流れ込んできて私の睡魔を体温と共に奪い去っていく。
「何って言われても、お師匠様の布団の中に入ろうとしているだけですけど」
「それは見れば分かる、何をしようとしてんだ?」
「お師匠様の香りが充満した布団の中で深呼吸しようかなと思いました! あとは眠ってくれるならそのまま」
「起きる! 起きるからへんな気持ちを私に向けるのは止めろ! お前も女だし私も女だ、そんな趣味は無い!」
朝から身の危険を感じた所で、私はラタを追い出して着替える事にした。
「お師匠様ー! お着替え手伝わせて下さい!」
「お前に手伝わせると脱がせるだけで着させてくれないからダメだ」
「むー! なら下で待ってますから早く来て下さいね」
「昼飯には早いだろ、そんなに急かすな」
「いえ、お客さんが来てるんです」
「客? 今日はどの契約の期間にも当てはまらない日だろ」
「出発後契約についての話だそうです」
「分かった、気持ちが落ち着くお香でも焚いてお茶でも出してやれ、すぐに行く」
階段を降りる音が聞こえてからすぐ、一階でラタとその客が会話を始めたらしく、いちいち降りて話を聞くのが面倒なので着替えながら一階のぬいぐるみを通して話を聞く。
「三日前に幼馴染を助けに行くと行って飛び出した息子がまだ帰ってこないんです! 助けて下さい!」
「息子さんの回収依頼ですね……あっ」
「ダメなんですか!?」
「いえ、大丈夫ですよ。当店、回収専門店ルリラの回収率は100%ですから安心して下さい」
ラタが私の魔術に気づいたみたいで、ぬいぐるみに向けてウインクをしている。
客の前だぞ、ったく。
「行き先は分かりますか?」
「北部の宝石洞窟に幼馴染が向かったから自分もと言ってましたから、多分そこかと」
「多分ではダメです、正確にお願いします」
「すいません、正確には分かりません……あの、助けてはもらえないんですか!?」
「いえいえ、では向かった洞窟かダンジョンの特定からになりますが、もちろんそれは有料オプションとして当方にご注文可能です。お客様が宝石洞窟だと言うならそこに向かいますが、そこに居なくてもこちらで調べた訳ではありませんので助ける保証は出来かねますが……どうしますか?」
上手いセールストークだ。
追い込まれた相手、特に家族の事で悩む母親だと自分の記憶よりも確実な救出を好む傾向にある。
これはオプション代金も取れそうだ。
「わ、分かりました! そのオプションもお願いします!」
「ありがとうございます! それでは息子さんの名前、特徴、血液型、年齢をここに記入して下さい」
初老の女性が急いでラタの用意した用紙に指定の項目を書いている。
さてと、私はその息子とやらを見つけるとしますかね。
「ありがとうございます、では次に」
「あのっ! 息子を早く助けて貰いたいのです、後でお金なら支払いますから……早く助けて」
「その言葉を何人が言って、何人が払えない、ボッタクリだって言って支払い拒否したと思いますか?」
えーっと、捜査用の水晶は……これこれ。
用紙に記入されてる特徴とかが何も見えないな、ぬいぐるみのまま動いて……お、ラタの奴こっちに見えるように床に落としてる!
流石私の弟子、優秀だ。
「私は違います! お金だってこれだけ用意しました、必ず払いますから」
「それじゃ足りないから言ってるんですよ、お客様の所持金はこの店に入った時には分かってます。だからお客様の資産を売却していくらになるかを査定しないといけないんです、家はどこにありますか? 土地の所有証はありますか? 築何年ですか? それと」
「ッッッ! この……やっぱり噂どおりの守銭奴の店だ! 子供の命を救おうとしない、こんなにも頼んでいるのに……」
あー、これは特定しなくてよさそうだな。
契約に至らないだろう。
「もういい! 別の店に行きます!」
「死亡時の保険金なら向かいのウィナ特約店がオススメですよ」
女性は怒り狂って、扉を勢いよく開けて店を出ていった。
「お師匠様、また守銭奴って言われてましたね」
「つまりあの客は息子より金を取ったって事だろ、私達が守銭奴ならむこうは薄情者だな」
着替えを終えて一階に降り、ラタの隣に座る。
「必ず助けるのに……まったく」
「そう怒るなって、それより昼飯は何だ?」
「今日は特製のシチューです! いっぱい作りました!」
「シチューか……前みたいに変なもん入れてねぇだろうな」
「入れてませんよ! ……フフッ」
怖っ!
何で笑ったのお前、いや怖っ!
「あっ、お師匠様、お客様です」
入口が開き、白髪のなんとも綺麗な身なりの男が入ってきた。
あの感じはどこかの付き人か指導役か、どちらにせよかなり裕福な家庭の人間だな。
「お昼時に失礼、今よろしいかな」
「はい! どういったお話でしょうか」
「お嬢様を助けていただきたいのです。費用は望む額をご用意させていただきますので、何卒お力をお貸し下さい……お願いします」
匂うぞ、金の匂いがプンプンする。
「契約はされてますか?」
「そこの契約メニューにある出発後契約をお願いしたいのです」
「分かりました、では」
「分かった、じゃあそのお嬢様の写真はあるか? 後は年齢と血液型を教えてくれ」
こんな上客、他の店に流してなるものか!
速攻で契約して、速攻で回収して金を得るぞ。
「名前はフランソワーズ様、14歳のA型です。我が家は武家貴族ですからお嬢様は多少戦えますが、数時間前から連絡が取れなくなりまして」
「行き先は?」
「宝石洞窟です」
「宝石洞窟? ああ、もしかして幼馴染の男とかいるのか? そいつが助けに行ったって話をさっき聞いたんだが」
男は首を横に振って、ため息交じりに。
「アテにならぬ物の事なぞ、知りません」
苦笑いしながら答えた。
成る程な……よし、決めた。
「わかった、1時間で助けるが届け先は何処にする? ここでいいか? 屋敷まで送り届けるぐらいなら無料でしてやってもいいが」
「いえ、宝石洞窟の入口で迎えと医療班を待機させておきますので、洞窟から回収してくださればそれで結構です」
「わかった、ラタ、そのフランなんとかさんの場所は特定したか?」
ラタが膝に乗せた水晶でそのお嬢様の姿を見ている。
剣で悪魔と戦っているが、その足元には護衛だった者と思わしき死体がいくつか転がっている。
「はい、そしてまだ生きてます」
あのお嬢様の胸のブローチにあの剣……相当な値打ち物だ。
「よし、んじゃ爺さん、契約料はあの子の身ぐるみだがそれでもいいか?」
「あれは当家の家宝です」
「なら私達は」
「ですが旦那様はいくらでも構わないと言われましたので、その条件引き受けましょう」
「わ! ご契約ありがとうございます!」
「流石は武家貴族の家だ、判断が早くて助かるよ」
ラタは自分の使う大杖と懐に入れる杖を装備して、外部からの物理攻撃を受け流し無効化するローブに着替えている。
私は回収用のいつものローブだ。
「それじゃあ爺さん、50分後に入口で」
「よろしくお願いします、大魔術師タリラ様」
「ラタ、行くぞ」
「はい! テレポート!」