冒険者になる
町に入ってしばらく歩いた頃、リリスがふと足を止め、ゼランに微笑みながら声をかけた。
「ゼラン、ちょっと休憩してご飯にしない? ここまで歩き通しだし、お腹も空いたでしょう?」
ゼランは少し驚いたようにリリスを見てから、笑みを浮かべて頷いた。
「そうだな。言われてみれば確かに腹が減ってきたかもな。リリスのおすすめがあるなら、案内してくれ。」
リリスは満足そうに頷き、近くの食事処へとゼランを連れて行った。
その店はエルフとダークエルフが共に訪れる人気の場所で、落ち着いた木の内装が心地よい雰囲気を醸し出していた。
リリスに誘われ、エルフとダークエルフの町の食事処に入ったゼラン。
料理が運ばれてくると、俺は思わず目を輝かせた。
カマキリとしての生活では味わえない、色鮮やかな野菜とスパイスの効いた肉料理が目の前に並んでいる。
「これは…すごいな。色も香りも、俺が知ってるものとは全然違う。」
リリスが微笑んで見守る中、俺はまず野菜サラダに手を伸ばし、一口食べるとそのみずみずしさに驚愕した。
野菜の自然な甘みと爽やかな酸味が口いっぱいに広がり、思わず次の一口を急いで口に運ぶ。
「うまい…!こんな味がするものだったのか…!」
俺は興奮気味に次々とサラダを頬張り、その幸せそうな表情を見たリリスは、まるで子供のような俺の姿に小さく笑みをこぼす。
「ゼラン、そんなに急がなくても大丈夫よ。まだたくさんあるんだから。」
「わかってるけど…こんな美味いもの、転生してから初めてでさ…。」
次にスパイスの効いた肉料理を一口。
しっかりとした噛みごたえとともに、スパイスの風味が口の中で爆発し、体の中からじんわりと温まる感覚が広がる。
「うお…これはすごい…!肉の旨味がこんなにも力強くて、スパイスが効いてて…」
俺は夢中で食べ続け、料理の味に感動した。
リリスは満足そうに彼の姿を眺めながら、ゆっくりと自分の料理を楽しんでいた。
食事のひとときは、俺にとってまさに至福の時間であり、転生して初めて人間らしい喜びを感じていた。
「そういえばゼラン、この町には冒険者ギルドがあるの。情報収集や依頼を受けるには最適な場所よ。それに身分証も必要でしょう?行ってみない?」
俺は少し頷いて答えた。
「冒険者ギルドか…何となく聞いたことはあるが、実際に行ったことはないな。依頼を受けて報酬を得る場所だろう?」
リリスは微笑みながら説明を補足した。
「そう、冒険者が集まって、町の人や他の都市からの依頼を受ける場所よ。モンスター討伐や護衛、素材集めなどが主な依頼ね。ゼランもギルドに登録すれば、報酬を得ながら依頼をこなしていくことができるわ」
「なるほど、思ってた通りか。どんな依頼があるのか気になるな。行ってみよう」
リリスに案内され、俺たちは冒険者ギルドに向かった。
町の中心にある石造りの立派な建物がギルドで、エルフの優雅な造りとダークエルフの力強いデザインが融合した独特の雰囲気を持っていた。
「ここがギルドよ。エルフやダークエルフだけじゃなく、他の種族の冒険者も多く利用しているわ」
ギルドの内部に入ると、活気に満ちた冒険者たちの声が響いていた。壁には様々な依頼が貼り出され、冒険者たちがそれを見て次々に仕事を引き受けている。
「こんな風に依頼を受けて、報酬をもらうんだな。俺もやってみるか」
「ええ、まずはギルドに登録する必要があるわ。ランク制度があるから、最初は簡単な依頼から始めて、少しずつ実績を積んでいくのが一般的よ」
「詳しいんだな、リリスは何ランクなんだ?」
「私はAランクよ、ゼランもすぐAランクになれると思うわ、さっそく登録しましょう」
俺たちはカウンターへ向かい、受付に座っているエルフの女性が俺たちに向かって微笑んだ。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。何かご用でしょうか?」
俺は少し戸惑いながらもリリスに頷き、彼女が説明を続けた。
「ゼランはまだ登録していないの。まずは登録して、依頼を受けられるようにしたいの」
受付の女性は手際よく書類を取り出し、登録の手続きを進めてくれた。
「ではこちらに必要事項を記入してください。冒険者ランクはFランクからスタートとなり、依頼をこなしてランクアップしていく形です」
俺は書類に名前や簡単な情報を記入し、登録手続きを終えた。人化した状態で特に問題なく登録は完了し、ギルドの正式な冒険者となった。
「これで登録は完了です。ようこそ、ゼラン様。今後のご活躍を期待しております」
こうして、俺は正式に冒険者としてギルドに登録された。これからギルドでの依頼を通じて収入も得られる。
ギルドでの登録が完了し、俺はカウンターに並べられた依頼書を眺めていた。リリスが隣で微笑みながら俺に提案する。
「ゼラン、試しに何か依頼を受けてみない?初めてなら簡単な依頼から始めるのがいいわ」
俺は頷き、依頼書を見て選ぶことにした。目に留まったのは、比較的簡単なモンスター討伐の依頼だった。
「これなんかどうだ?『周辺の森で現れるFランクのゴブリン討伐』。手頃な仕事だし、試しには丁度いいだろう」
リリスは依頼書を覗き込み、同意する。
「良い選択だと思うわ。ゴブリン討伐ならゼランにも適してるし、慣れてるわよね」
俺は受付に向かい、依頼を受けることにした。そこでリリスと一緒にパーティーを組むための手続きをすることになった。
「リリス、パーティーを組む形になるけど…一緒にやってくれるか?」
「もちろんよ。ゼランと一緒に仕事するのは初めてだもの、楽しみね」
俺たちはパーティー登録を行い、受付のエルフの女性に書類を渡した。その瞬間、彼女の表情が少し変わった。
「お名前は…リリス様、ですか?」
リリスは一瞬ためらったように見えたが、すぐに微笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、そうよ」
だが、受付のエルフは目を見開き、驚いた様子でリリスを見つめた。
「リ、リリス様って、あの…ハイエルフ族の…!」
周囲の冒険者たちもそのやり取りに気づき、ざわつき始めた。リリスが隠していた正体が露わになってしまったのだ。
「え、ハイエルフ族のリリス様って、本物か?」
「本当にあのリリス様が、ここにいるのか?」
冒険者たちはリリスの方をじっと見つめ、囁き声が広がっていく。リリスは一瞬困った顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻し、静かに俺に向かって微笑んだ。
「隠していてごめんなさい、ゼラン。でも、私はハイエルフの族長の娘なの。ここではあまり目立たないようにしたかったんだけど…」
俺はリリスの言葉に驚いたが、すぐに納得した。彼女が特別な存在であることは、これまでの行動や振る舞いから感じ取れていた。
「そういうことか。気にしないでくれ、俺にとっては君が何者であろうと関係ないよ。これからも一緒にやっていこう」
リリスは俺の言葉に安堵したようで、再び微笑んだ。
だが、その時、受付のエルフの女性が慌てた様子でリリスに深く頭を下げた。
「リリス様…本当に申し訳ございません。私の不注意で、周囲に不必要な騒ぎを起こしてしまいました。どうかお許しください」
リリスは驚いた表情を見せたが、すぐに優しく微笑んで彼女を慰めた。
「大丈夫よ、気にしないで。あなたのせいじゃないわ。それに、いずれは皆に知られることだったから」
受付の女性はリリスの言葉に少し安堵した様子で、再び頭を下げた。
「ありがとうございます、リリス様。本当にご寛大でいらっしゃいます…」
俺はそのやり取りを見ながら、リリスがどれほどの尊敬を集めているのかを改めて実感した。
「それじゃあ、依頼を受けて出発するか。まずはゴブリン討伐だな」
リリスは頷き、微笑みを浮かべた。
「ええ、行きましょう」
こうして、リリスの正体が明らかになったものの、俺たちは無事にパーティー登録を終え、依頼を進めることとなった。




