偃 一
早朝のコンビニ。バイトでレジに立っていた遥は大きな欠伸を漏らす。
ここ最近はずっとこうだ。夜遅くまで凛の"食事"を探しているため、朝起きるのがつらい。昨日は妖怪とエンカウントしたせいで疲労もひとしお。
客が来た。二度目の欠伸を噛み殺す。
奇妙な客だった。二十歳前後の青年、だぶだぶのジャージに、切れ長の目、真っ白い肌。
そして何より、その背後。どうにも嫌な感じがする。何もいないはずの空間なのに目が離せない。
「どうも、おはようございます」
「え、あ、はい」
にこやかに挨拶してきた。遥も会釈する。
男は手ぶらで、何をするでもなく立っている。
「えーっと、何かご入用ですか?」
「ああ、そうか、ここは買い物をするところか。すまない、田舎者でね」
今どきコンビニのない田舎ってどこなんだろうか、アルカトラズ?
遥は訝しむも、何かされたわけではないので追い払うこともできない。
「じゃあ、飲み物でももらおうか。えーっと、こーひー、とかいうやつ」
遥はレジを操作し、カップを手渡す。
その時、男が遥の手を掴んだ。思い切り引っ張られ、男の顔が目の前に来る。
「ひっ!」
「怪我してますね」
男が見るのは、遥の首元。凛に血を吸われた場所だ。
あれから二週間が経ったが、いまだに治っていない。
「だからなんなのよ!?」
遥は男を突き飛ばした。
気分が悪い。ただでさえ男なんて嫌いなのに、手を掴まれるなんておぞけが走る。
遥は嫌悪に顔を歪めるも、男はひょうひょうとしている。
だが、次の言葉に、遥は動きをとめた。
「余り吸わせすぎないほうがいい。この時代には治せる術師もいないでしょうから」
遥は男の顔を見る。言葉の意味を問い返すべきか。
刹那の逡巡。しかし口を開こうとしたとき、すでに男の姿はなかった。
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放課後、帰宅するなり遥は妹のお腹に顔を埋めた。ストレスの溜まった日は妹を吸うに限る。
「……お姉ちゃん、どうしたの?」
「んー。客に腕触られた」
「は?」
凛の眼光が鋭くなる。嫉妬してくれるのは嬉しいが、今の凛は人を殺しかねない。「気にしないで」とキスをする。
妹分の充電を終えると、立ち上がった。
「じゃ、今日も行きますか」
「うん」
遥は支度するため、制服を脱ぐ。カーゴパンツと上着、さらにバックパックを背負う。中には懐中電灯や食料が入っている。ホームセンターや登山用品店で買い揃えたものだ。
探索をはじめて二週間ともなると、装備も充実してくる。お財布の中身はかなり軽くなって泣きそうになったが、必要な出費だ。
対する凛は制服のまま。
ただし、遥と違って武器を持っていた。
二振りの短剣だ。黒い金属製、刀身は50センチ足らず。鍔が小さいので表彰状などを入れる紙の筒に入れている。
先日倒した金属の怪物からドロップしたものだ。本体のような白い部分を食べていると、中から出てきた。ちょっと気持ち悪いけど使えるものは使う。
凛がカバンに二つの筒を入れたのを確認すると、遥はその手を引いて家を出た。
「今日は、どこ?」
「朧山」
「また?」
「うん。ちょっと確かめたくて」
凛はきょとんと首を傾げる。遥は説明をはじめた。
図書館で見つけた郷土史に、堂本明仁についての記述が載っていた。
朧山にある寺の創建者だが、古い資料には住職ではなく陰陽師と書かれてあったのだ。
堂本は平安時代の人間で、多くの妖怪を退治。密教にも通じ、死の床で遺産は衆生のために使って欲しいと良いのこした。その遺産で建てられたのがあの寺だ。
「で、その陰陽師のお墓が朧山にあるんだよね。えーっと……」
遥はノートを開き、手書きの地図を示す。
「この辺り」
「……わかんない」
「これがハイキングコースね。私と凛が猿の化け物に襲われたのがこの辺。……陰陽師のお墓のすぐそば」
凛はぱっと姉の顔を見る。
「偶然にしては出来すぎてるでしょ」
言って、遥はにやりと笑った。