鈍 二
凛は怪物の背後に着地。中段の周り蹴りを放つ。
ぎいいいん、と、金属の震える音。そして、痛み。
怪物の体を構成する刃物が脛に食い込んでいた。歯を食いしばり、足を引く。血が吹き出し、草を赤く染めた。後ろに飛んで十メートルほど距離を取る。
怪物はゆっくりと振り向く。凛の姿を認めると、一歩踏み込んだ。
怪物の身長は170センチほど。歩幅は70センチといったところか。
それなのに、怪物は凛の目の前にいた。たった一歩で、十メートルの距離を埋めた。
凛は驚くと同時、また後ろに飛ぼうとした。
それより早く、怪物は動く。ぎりぎりと刃物同士を打ち鳴らして、凛の喉元をついた。
両手でかばうも、刃物が貫通。目の前に金属の先端が迫る。
「いっっ!!」
目に涙を浮かべ、前蹴りで怪物を吹き飛ばす。怪物は木々を押し倒し、地面に転がった。
凛もまた、地面に崩れ落ちる。血に染まった腕を見る。肉の間から骨が見え、血がどくどくと吹き出してくる。
「いや……いやだ、いや、怖い、痛い、いや、やめて、助けて! お姉ちゃん!! 助けて、助けて!!」
怪物に背を向ける。後ろからがしゃがしゃと金属の音が追ってくる。
ーーーーーーーーーー
妹の叫び聞いた瞬間、遥は隠れるのをやめた。岩の影から飛びし、石垣をよじ登る。
十メートルほどの高さ。運動不足の遥には高い壁だが、関係ない。凛が呼んでるんだから。
なんとか壁を登りきる。石垣の上はまばらに松の生える広場だった。
広場の端には泣いている妹。その前には、刃物の怪物。
石垣の縁にあった欠片を掴む。直径30センチもある、大きな石。
遥は走る。石を振り上げ、怪物の後頭部を殴った。
「ぎいいいいいいい!」
それは悲鳴か、金属音か。
怪物は振り返りざま、遥を殴り飛ばした。
「きゃっ!」
吹き飛ばされ、地面に転がる。怪物に殴られた肩はばっくりと裂け、血が流れだしていた。
遥は怪物を見据える。金属音を鳴らしながら、ゆっくりと歩いてくる。
遥は必死に頭を回す。どうすればこの状況を打開できる。どうすればこいつを倒せる。
何も思いつかない。思いつく時間もない。
だって、怪物はもう目の前にいるから。
せめてもの抵抗に、石を投げた。鐘のような音が鳴り響く。
礫は痛痒も与えず、怪物は無感情に腕を振り上げた。
「ああああああああああああ!!!!」
絶叫。
それは遥のものではなく、怪物の背後から。
凛だった。姉を失う恐怖が、痛みをかき消した。
凛は怪物に突撃した。怪物はバランスを崩す。
「凛、……がんばって」
何を言えばいいのか、刹那の迷いののち、出てきたのはありきたりな言葉。
それでも凛には十分だった。
お姉ちゃんにに「がんばれ」って言われたら、がんばるしかなかった。
怪物が刃物の腕で殴ってくる。凛は身をかがめてかわすと、縮めた体を伸ばす勢いを乗せ、怪物のボディにフックを入れた。
怪物の動きがとまる。
下段蹴りで怪物の足を払う。バランスを崩したところに、軽めのストレート。さらに側方へ周り込み、ハイキックを入れた。怪物の首が90度を越えて捻じ曲がる。
攻撃するたび、凛の体に切り傷が増えていく。それでも、痛みをこらえ、前に出る。
後ろにお姉ちゃんがいるから。
がんばったら、必ず褒めてくれる。頭をなでてくれる。抱きしめてくれる。
だから、今は痛くても怖くてもつらくてもいい。
肉がそぎ落とされ、骨だけになった拳を握りしめる。
「うう、……あああ!!!」
殴った。怪物の頭がちぎれ、飛んでいく。
首の断面から、君の悪い細長いものが飛び出した。白くて柔らかい、蛇みたいな生き物。
凛は白いものを掴み、金属の体から引き抜いた。
金属板がバラバラになり、音を立てて散らばる。
白いものは凛に掴まれたままのたうち回る。凛が力を込めると、ぐちゅっと音を立てて潰れた。
凛は口を開け、死体に噛みついた。