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第八話 最後の戦い
ネブラスカシティ警察署。マルキ達は診察室にいた。手術用品が並ぶ部屋に、ジャンヌが寝かされている。ジャンヌは、胴体のほとんどを包帯でぐるぐる巻きにされている。少し声を発することもあったが、言葉にならない寝言みたいなものだった。二日間、目をさました様子はない。マルキは椅子に座り、ジャンヌの様子をじっと見ていた。長い茶髪を垂らしたマイリーと、金髪に青い瞳のディアナも、すぐそばに座っている。マルキは声を発した。
「なあ、マイリー。本当に大丈夫なんだろうな?」
「ええ。ここへ運ばれてきたときはそりゃあ大変だったわ。でも、骨折はもうほとんど治ったし、胸とお腹で貫通していた穴も、すっかりふさがっているわ。あとは意識の回復を待つだけよ。恐ろしい回復力ね。願わくは解剖したい……ヒヒヒ!」
「おい、物騒なこと言うなよ……」マルキは体を退かせた。
「まあ、静かにしておいてあげましょう。ところで、マルキくんとディアナに、見せたいものがあるのよ、私」
**
マルキとディアナは、マイリーに案内され、天井の高い第二研究室に案内された。第二研究室は白い壁の殺風景な部屋で、その奥には、高さ二メートルはあるかと思われる巨大な何かが、黒幕をかぶせられている。マルキには嫌な予感しかない。
マイリーは、ニヤニヤしながら、黒幕の横へ立った。マルキとディアナは、黒幕から二メートルほど離れて立っている。
「これよ!」マイリーは横から黒幕を一気に引いた。黒光りする大きな大砲のようなものが、姿をあらわにした。「じゃじゃーん! プラズマキャノンよ!」
「おお!」マルキは両方の拳を握りしめた。「すげえ! かっけえ!」
「イッヒヒー! もっと褒めなさいよもっとー!」
「これは、どういう兵器なの?」
マルキの隣に腕を組んで立つディアナが、落ち着いた声で聞いた。マイリーは咳払いした。
「ゴ、ゴホン。ディアナ、あなたは平常運転なのね……。では、この兵器、プラズマキャノンの説明をするわ。その名の通り、プラズマエネルギーを放つ大砲よ。銃でハザードに対抗するのは難しいわ。けれど、このプラズマキャノンならハザードの一体や二体は倒せるはずよ!」
「おお! すげえ!」マルキは両の拳を振り上げた。「俺達は無敵だー!」
「ただ、二四時間充電して、一発だけ撃てるわ」マイリーがぼそっと付け足した。
「コスパ悪すぎ。ゴミじゃん」ディアナは真顔で腕を組んでいる。
「ゴミ言うな! ゴミ言うな!」
マイリーは茶色の目を光らせ、歯を食いしばった。
ゴゴゴゴゴゴ……!
そのとき、地が大きな音を立て揺れた。
「う、うわ!」マルキは驚き、ふらふらと揺れた。警察署全体も揺れている!地震か?
「うわ! あれは何!」
ディアナが、研究室の窓の外を指さした。その指の先、街の建物のその向こうに、巨大な真緑の植物が見えた。その植物は、花弁のような頭を空へ向けている。間違いない、シャワー・マシンだ! スパイクナード達が、シャワー・マシンを作動させることに成功したのだ!
マルキは叫んだ。
「あれは人類を破滅させる植物兵器、シャワー・マシンだ! ハザード達がやったんだ! ロック遺跡の辺りだな! 変身して向かう!」
**
ブゥゥン……!
マルキは夕暮れに照らされた道路を、専用バイク『ブースター』に乗り走っていた。早く、早くシャワー・マシンの元へたどり着かなくては……! 高さ三五メートルはあろうかというシャワー・マシンは、遠くからでも良く見えるため、幸い見失うことはない。
「オーケーナビ子!」
――こんにちは――
「マルキ、変身!」
――変身、アトラス――
マルキはバイク・ブースターを走らせたまま変身した。腕はみるみる太くなり、茶色くつやつやした甲殻に包まれた。頭からは二本のツノが生えた。
シャワー・マシンは、この先ほぼ直進、ロック遺跡の辺りだ! そして、ちょうどその近くに、三体のハザードの脳波を感じる! スパイクナード達に違いない!
やはり、シャワー・マシンに近付くにつれ、ハザード達の位置も近付いている。そして、マルキはついに、緑の芝が生い茂るロック遺跡にたどり着いた。シャワー・マシンは芝の向こう、遺跡の奥にある! ここまで近づくと、他には芝と、ところどころに生えた木々しか目につかないため、いっそう巨大に見える。
四〇〇メートルほど向こうに、二体のハザードの脳波を感じる。おそらく、シャワー・マシンの近くにいるのだろう。そしてもう一体は、一〇メートル前方、目視できる範囲にいる。緑の大地に、ゴリラタイプのハザード、シナモンが腕を組んで待ち構えているのだ!
マルキはバイク・ブースターを停め、降りた。今、シナモンと向かい合ったのだ。
「リベンジだ! シナモン!」
「受けて立つ……!」
「うおお!」マルキは走り、一気に距離を詰めた。そして、右腕を繰り出す。
ド!
しかし、シナモンは手のひらで軽々と受け止めた。今度は、シナモンが右腕を繰り出してくる。
ド!
マルキは左腕を顔の前に出してガードした。「ぐわ!」しかし、受けきれず後ろに退いた。
ダメだ! パワー負けしている! どうにか、シナモンより強力なパンチを打たなければ……。マルキは、今までのシナモンとの戦闘を思い出した。そういえば、シナモンに何か言われた気がする。
――マルキよ、お前のパンチは腰が入っていない。いいか? 手本を見せてやる――
そうだ! 思い出した! よく意味は分からないが、腰が入っていないと言われた。腰を入れたパンチとは、どんなパンチであろうか。足や腰、胴体を使い、全身で勢いをつけるようなパンチか? とにかく、やってみるしかない。マルキは、頭の中で復唱した。
パンチに腰を入れる! パンチに! 腰を入れる! パンチに! 腰を! 入れる!
「おらあ!」マルキは全身で勢いを付けながら、右腕を繰り出した!
「ふん!」シナモンも大きな拳を繰り出してくる!
ド!
二人の拳が勢いよくぶつかった! そして、マルキの拳がシナモンの拳をはじきとばした!
シナモンは一歩後ろに下がった。
「む! パンチの威力が上がったな」
「おりゃあ!」
マルキは飛びかかるように迫り、もう一度右ストレートを繰り出した! シナモンの腹に当たり、その巨体が足を擦りながらずるずると後方へ動いた。
「ぐあ!」シナモンは腹をおさえた。
「よおし! シナモン! パンチの仕方は覚えたぞ!」
「フッフッフ。これでいい勝負ができるというものだ。かかってこい!」
「うおお!」
マルキは素早くシナモンに飛びかかった! シナモンの体は倒れ、背中を芝につけた。マルキは倒れたシナモンの上に乗り、その顔を左右の腕で殴った。
「おらあ! おらあ!」シナモンの顔をタコ殴りにしていく!
だが、シナモンは横から腕を出し、ツノが生えたマルキの頭を鷲掴みにした!
「うおお!」シナモンは唸りながら、マルキの頭を地面に押し付けた! そして、その勢いでマルキを振り払い、今度はシナモンがマルキの体に馬乗りになった。シナモンは大きな腕を振りかざし、マルキの頭を殴った。
ボ!
「ぐああ!」思わず声をあげるマルキ。シナモンの巨体を両腕で掴み、振り落とそうとするが、その巨体はびくともしない。重い! 重すぎる!
マルキは仕方なく、頭上にあるシナモンのアゴを、右手で押し上げた。一方シナモンも、両手でマルキの頭を掴み、すりつぶすかのようにギリギリと押さえつけた。
「ぐぐぐ……!」頭を押さえられ唸るマルキ。
「うう……!」シナモンも、アゴを掴まれながら唸っている。
二人はお互いに押さえあい、動けなくなった。そのとき、マルキの視界、四〇メートルほど離れたところに、巨大な黒い大砲と、茶髪のうつむいた女、マイリーが映った。マイリーは数人の部下を引き連れ、プラズマキャノンを持ってきてくれたのだ! プラズマキャノンは、大きなトレーラーのような車に乗せられている。その砲口は、こちらを向いていた。
マイリーは部下に命じ、プラズマキャノンを操作させている。
「プラズマキャノン、用意!」マイリーが叫んだ。
黒い砲台の周りに、小さな稲妻のようなものが走り始めた。そして、マイリーがマルキの方を向いた。
「マルキくん! 離れて!」
「うおお!」
マルキは力を振り絞り、上に乗っているシナモンの体を押しのけた。体勢を立て直して足をつき、二〇メートルほど走って地に伏せた。
「プラズマキャノン、発射!」
マイリーが叫ぶと、プラズマキャノンから黄色いエネルギー弾が発射された! 直径一メートルはあるかと思われるその光弾は、まっすぐにシナモンの方へ飛んでいく!
「ぐわあ!」
光弾がシナモンに直撃する! そして、シナモンの体は四〇メートルほどふっ飛び、土ぼこりを上げながら地面を滑った。その体が停止し地面に転がったとき、シナモンの体はぴくりとも動かなかった。プラズマキャノンの攻撃が通用したのである!
「マイリー!」
マルキはマイリーの方を向き、親指を立ててグッドサインをした。マイリーもにっこりと笑い、親指を立てた。
「マルキくん! あなたは行きなさい!」
「おう!」
マルキは走った! その遺跡の中央、シャワー・マシンの元へ!シャワー・マシンはどんどん大きく見えてきた。そして、材料の準備が整ったのか、雷鳴のようなものがマシンの周りを走り、ゴロゴロと音を立てている。
ついに、シャワー・マシンの根元へたどり着いた! そこには、茶色い翼をもつハザードと、青い甲殻に包まれたハザードが立っていた。マルキはその二体のハザードを一気に通り抜け、シャワー・マシンの巨大な緑色の茎に体当たりした!
「うおお!」
ド!
その太い緑の茎を砕き、反対側まで通り抜けた!
ゴゴゴゴゴ……!
シャワー・マシンは音を立て、地を揺らしながら崩れていく! やがて倒れ、土が舞い上がり、あたりの空気を茶色に染めた。
「な、なに! シャワー・マシンが! 俺達の野望が!」
茶色い翼のハザード、スパイクナードが驚愕の声を漏らした。
「マルキィ! 絶対に許さん!」
スパイクナードがマルキに襲い掛かる!
スパイクナードはマルキに迫り、その右手で頭を掴んできた!
「が!」マルキは地に頭を打ち付けられた!
そのまま、ぐいぐいと頭を押さえつけられる! マルキは両腕でその腕を掴み、引きはがそうとした。だが、スパイクの腕はびくともしない。なんて強力なパワーだ!
スパイクはマルキの頭を押さえ付けたまま、三メートルほど離れている青いロブスタータイプのハザードに話しかけた。
「ターメリック! マルキの頭を撃ち抜け! コアでも良い!」
「ラジャー……」
ターメリックと呼ばれたハザードは、右腕のハサミをマルキの方へ向けた。これは、警察署の会議を襲った攻撃! 窓ガラスにヒビを入れずに貫通した銃撃が、今から放たれる! マルキはその巨大なハサミを凝視しながら、スパイクの腕を離そうとした。しかし、全く動かすことができず、ただ自分へ向けられたハサミを見つめることしかできない。
ドン!
ついにその水圧光線が放たれた! そのとき、上方から白い羽毛に包まれた足が飛び出し、ターメリックのハサミを蹴った! その勢いで、ターメリックの攻撃はでたらめな方へ放たれた。その羽毛に包まれた足の正体は、ジャンヌだ。ジャンヌが駆けつけてくれたのだ!
ジャンヌは地に降り立った。その姿は純白の羽に包まれ、巨大な翼を生やしている。ハザード体の姿だ。
「ジャンヌ!」マルキは押さえつけられたまま叫んだ。
「マルキ! 復活したわ! 私はこのエビ女の相手をするから、あなたはスパイクナードに集中して!」
ジャンヌは、ターメリックの方を向いた。
「分かった!」マルキは返事をしたが、未だにその頭は押さえつけられている。
「分かっただと? よろしい、ならば一対一だ!」
スパイクナードはマルキの頭を鷲掴みにしたまま、翼を広げた。そして、飛び立ったのだ!低空で飛行しながら、マルキの頭をぶんぶんと振り回した!
ドン! ドン!
そして墓石や大木にマルキの体を打ち付けながら、緑の芝の上を飛び回った!
「ぐわあ!」叫ぶマルキ!「おい! 木がかわいそうだと思わないのか!」
「ハハハ! そうだ、珍妙な負け惜しみは今のうちにしておけ! すぐにあの世へいくことになるからな!」
スパイクナードは地面に足をつくと同時に、マルキを放り投げた!
「ぐわあ!」
右も左も分からぬまま、マルキはゴロゴロと芝の上を転がった。スパイクナードはすかさず、自らの茶色い羽根をひとつ抜いた。その羽根はスパイクナードの手の上で巨大化し、二メートルほどの槍になった。
マルキは芝の上に両手をつき、なんとか起き上がった。そして立ち上がり、スパイクナードの方を向いた。
ドス!
その瞬間、マルキの肩へ槍が飛んできたのである! 槍はものすごいスピードでマルキの左肩を貫通した!
「ぐああ!」
マルキは赤い血を流しながら、後方へふっ飛んだ!
ド!
そして、マルキを刺した槍は、後方の大木へ突き刺さった。マルキは今、槍で大木に張り付けられたのだ! 体は右に傾き、両足はぶらぶらと宙に浮いた。
「ぐああ……!」
左肩に激痛を感じながら、マルキは右手をあげ、貫通している槍を握った。そして思いきり引いた!
「ぐああ……」
ぬりぬりと血が滑る音がする。激痛とは裏腹に、槍は数センチしか引けていない。体から抜くには、あと何回引けばよいのだろうか……! しかも目の前三メートルには、スパイクナードがいるのである! スパイクナードは黄色い目で、張り付けにされたマルキを見た。
「マルキ、ニンゲンにしてはよく頑張った。お前はコアを抜き取って倒してやる。いや、ニンゲンの場合は『心臓』か」
スパイクナードはゆっくりとマルキに歩み寄った。そして、マルキの胸の真ん中に黒く太い爪を立てた!
**
一方、少し離れたところでは、白鳥のハザード・ジャンヌとロブスターのハザード・ターメリックが戦っていた。ジャンヌはターメリックから五メートルほど離れ、芝の上に立っている。ターメリックは右腕の巨大なハサミを、ジャンヌの方へ向けた!
ジャンヌは巨大な翼から白い羽根を二本抜いた。その羽根はみるみる巨大化し、白い柄に
銀の刃をもった剣に変わった。
「遠距離系の能力か。やめておけ、その技なら見切ったわ」
ジャンヌは二本の剣を右と左に持ち、十字状に構えた。
ドン!
ターメリックが水銃を放つ! ジャンヌは十字に構えた剣で、その攻撃をはじいた。そしてそのまま走り、ターメリックに接近した!
ドン!
ターメリックはもう一度攻撃を放った! ジャンヌは先ほど同じように十字に構えた剣ではじく。もはやターメリックの目の前! そして、そのままフィギュアスケートの如くくるくると回転し、ターメリックの背後に回り込んだ。右手に持った剣を横へ一閃。ターメリックの首へ水平にぶっ刺したのだ!
「ぐ!」剣が首に貫通し、ターメリックは息苦しい声を出した。
ジャンヌは背後から、左手の剣も一閃した! その攻撃は敵の腹を貫通した。腹に刺した剣を持ったまま、左腕を大きく振った!
「きゃああ!」
首に一本、腹に一本の剣を刺されたまま、ターメリックの体は宙に舞った! そして緑色の血を吐きながら、地面を滑った!
「ゴ、ゴホ……!」ターメリックは緑の血をドバドバと吐いた。
もはや変身は解け、黒髪の小柄な女へ戻った。戦闘能力は無いだろう。
バサァ!
ジャンヌは白い翼を広げ、飛びたった。
**
「マルキ!」
ジャンヌの叫び声が聞こえた。大木に串刺しになったマルキの元へ、ジャンヌが駆けつけてくれたのだ。マルキの目の前には、スパイクナードがいる。ジャンヌはマルキ達から四メートルほどのところへ着地し、鳥のような鋭いかぎ爪をもつ手で、スパイクナードを指さした。
「スパイクナード! あなたを倒すために、地獄の底から蘇った!」
「ジャンヌよ、どうかな? 二度殺されるかもしれんぞ」
「おおお!」スパイクは走り、ジャンヌへ殴りかかった!
ドン!
パンチを顔面に受け、ジャンヌはたじろいだ。しかしすぐに立ち直り、仕返しのパンチを放つ。
ドン!
「ぐわ!」今度はスパイクが顔面にパンチをくらい、たじろいだ。
マルキは肩に刺さった槍を、ゆっくりと引いた。
「ぐ……」思わず声を出してしまう痛さだ。
だが、この槍を抜くなら今のうちだ。今のうちしかない! ジャンヌがスパイクナードと戦ってくれている今のうちしか!
「ぐわあ!」
ジャンヌの叫び声が聞こえた! スパイクナードのキックを腹にうけ、地に倒れたのだ!
だが、すぐにジャンヌは起き上がり、白い翼を広げた。そして、上空へ二〇メートルほど舞い上がった。スパイクナードも翼を羽ばたかせ、ジャンヌを追いかける。空中戦だ。
夕暮れの赤い空を、二人のハザードが高速で飛び交う! 弧を描いて飛びながら、ジャンヌとスパイクナードはパンチやキックを繰り出している。二人の拳がぶつかり合い、ドカドカと音を立てた。
「うおお!」スパイクナードが右足を繰り出した!
その攻撃は、ジャンヌの顔に直撃した。
「う!」体勢を崩し、ジャンヌは揺らめいた。
一瞬のスキを突き、スパイクナードがジャンヌの背後へ回り込む! そして、黄色い鳥のような手で、ジャンヌの翼を掴んだ!
「イーグルは空の王者! 格の違いを思い知れ!」
ブチブチブチィ!
生々しい音を立て、ジャンヌの右の翼がもぎ取られた!
「うわああ!」
片方の翼を失ったジャンヌは、きりもみ状に回転し、地に落ちた。背中を打ち付け、仰向けに倒れるジャンヌ。スパイクナードはその腹をまたいで着地し、茶色い翼から羽根を一本抜いた。その羽根は一本の長い槍へと変化する。
「滅びろ! ニンゲン達とともに!」
スパイクが槍を突き立てた!ジャンヌの顔へ直撃する!
だが、すんでのところでジャンヌは両手を顔の前に出し、その槍を掴んだ! 槍はぎりぎり、ジャンヌの鼻の上で止まった。これで安心できるわけではない。スパイクは槍を持ったまま、ジャンヌの顔を貫かんと腕に力を込めている。ジャンヌも槍を両手で掴んでいるが、槍の矛先は少しずつ顔に近付き、今にも鼻に当たりそうだ!
「ぐぐぐ……」ジャンヌは苦しそうな声を出し、腕を震わせている。
今にもジャンヌが押し負けてしまう!
「うおお……!」マルキは右腕に力を込め、肩に貫通している槍を一気に引いた!「あああ!」
ズズズズ……!
槍は肉とこすれる音を立てながら、マルキの体から放れた。マルキは、槍を抜くことに成功したのだ! マルキの体は重力に従って落ちた。そして、両足を地に着いた。マルキは右手に持っている血濡れた槍を投げ捨てた。
「うおお! 痛かったぞー!」
右肩を突き出し、スパイクナードへ猛突進だ! その様はまさに、ブレーキを忘れた暴走トラック!
ドン!
「ぐああ!」マルキのタックルが決まり、スパイクナードをジャンヌの上から突き飛ばした!
スパイクナードは芝の上をゴロゴロと転がった。
「マルキ、どけ!」
後ろからジャンヌの声がした! マルキは言われるがまま、体を横へそらした。すると背後から、銀色の槍を持ったジャンヌが走り抜ける! そしてその槍を、スパイクナードの正面から胸へ突き刺した!
ド!
「ぐわああ!」スパイクナードの胸へ槍が貫通する!
ジャンヌは、先ほどまで顔に突き立てられていた槍を利用したのだ!
「バ、バカな……! 後悔するぞ、ジャンヌ……!」
スパイクナードは、胸に突き刺さった槍を掴み叫んだ。なんという皮肉であろうか! ジャンヌを倒し、マルキを串刺しにした自らの武器で、彼は絶命するのだ! スパイクナードのコアが爆発を起こし、彼の胸が張り裂けた。そして胸に槍が貫通したまま、ゆっくりと地面に倒れた。
戦いは終わったのだ。マルキは背中から、ゆっくりと倒れた。赤い空を見ながら、左腕を顔の前へ持ってくる。
「変身、解除……」
――変身を、解除します――
ナビ子の女性音声が流れ、マルキの体は制服を着た警察官の姿へ戻った。
バタン……
マルキの横へ、ジャンヌが倒れた。ジャンヌの体は縮み、白い羽毛の生えた体から、服を着たニンゲンの姿へ戻った。黙って、顔を空へ向けている。
「……」ジャンヌは一向に声を出さない。
まさか……!
「ジャンヌ! 生きてるか?」
「……さあね」ジャンヌは上を向いて寝転がったまま答えた。
真っ赤な太陽が、西の空に沈もうとしていた。
終章
ニンゲンと同じように知能を持ち、言葉を話す変身生命体ハザード。ニンゲンを滅ぼさんとするハザード・スパイクナードの野望を、警察官マルキは命がけで止めた。人知を超えた能力を持つ彼らと、我々は共存できるのだろうか。マルキは日々自問している。そして、できるだろうと思う。
ジャンヌとマルキ達が、力を合わせて戦ったように。ニンゲンもハザードも、心をもち、言葉をもち、たったひとつの命を持っている。そのことを忘れなければ、必ず共に生きられるはずだ。
**
スパイクナードを倒してから一か月後。マルキ達はバー・ウルフへ来ていた。丸いテーブルを、仲間達と囲んでいる。長椅子に座り、酒を飲んでいた。
「マルキくん朗報よ。ブルースが離婚したのよ! スピード破局ね」
ピーチフィズを飲みながら、マルキの右側に座っているディアナが話した。ブルースと言うのは、ディアナの好きなバンドのボーカルである。
「ブルースは独身。私も独身。これがどういう意味か分かる? マルキくん」
ディアナは金髪を揺らしながら、首を傾けた。
「さあな」
「早くしないと、席が埋まっちゃうわよ」
「は? 何の席だ」
マルキはさっぱりという風に眉を寄せた。すると、左手にいる茶髪のうつむいた女、マイリーが口を開いた。
「カレが鈍いと困りものね、ディアナ」
「ええ、本当に」ディアナが頬杖を突いた。
「え、お、俺とディアナはそういう仲じゃねえよ」とマルキ。
「はあ……」ディアナがため息をついた。
「あまりレディーを困らせてると、解剖するわよ」マイリーがギロリとマルキを見た。
「怖いよ!」マルキは身を引いた。
「いやあマルキくん、アトラスに何回も変身したわけだけれど、何か体に変化はないの?」
マイリーが興味津々という感じで顔を寄せてきた。
「ああ、血は今まで通り赤いよ。ハザードの血は緑色だ。でも、体力の回復が早くなった気がする」
「なんですって! 体力が! 気になる……、あなた解剖してみたいわ! ヒヒヒ!」
冗談か本気か分からないのでタチが悪い。マルキはまたも身を引いた。マイリーも、急に真顔に戻り、前のめりになっていた姿勢を元に戻した。
「冗談よ。解剖しちゃったら、ディアナが悲しんじゃうわ」とマイリー。
「いいのよこんな男。解剖しちゃって」相変わらず頬杖をついているディアナ。
「な、なんだと!」
マルキの向かい側で二杯目のビールを飲んでいる警察署長、ベージュさんが笑った。
「ハハハ。君たちは本当に仲がいいね」
「仲がいいやつを解剖しませんよ」マルキはむすっとした。「ベージュさんからもなんとか言ってやって下さいよ」
「本当だ。マルキくんは、ネブラスカシティを救った英雄だぞ。バカだが、ちょっとは敬わんと」
「確かにそうですね、バカだけど」とディアナ。
「バカだけど英雄ですからね、バカだけど」とマイリー。
褒められているのかけなされているのか分からないながらも、マルキは口を開いた。
「なんだか罵詈雑言も聞こえるけど……。今回の件は、俺だけの力じゃないです。ベージュさんやディアナ、ナビ子を作ってくれたマイリー、警察署のみんなのおかげです」
「そうだ……」ベージュさんの目がいきなり暗くなった。「ナビ子……結構な費用がかかったなあ」
マイリーの背中がビクッと動いた。ベージュさんはそんなマイリーに気付いているのかいないのか、ぼそぼそと話を続けた。
「変身したマルキくんに会議室のドア破壊されたし……なんか俺の知らないうちにマシン作成されてた……。バイクとか、あの、なんだっけ? プ、プラ、え? プラズマキャノン? あんなの作るなんて話聞いてなかった。費用がかさむ、今年度の予算大丈夫なのか」
ベージュさんは誰に話すでもなく、ぼそぼそと呟いている。マルキはあたふたしながら、話を元に戻した。
「そ、それに、ジャンヌも! ジャンヌがいなかったら、何回死んでたか……」
「あんなハザードがいてくれて、本当に良かったわ」とディアナ。
「ジャンヌ……私はほとんど会ってないね。どんな人なの?」とうつむいたまま聞くマイリー。
マルキは、目を上に向け思い出した。酒を奢ったとき、頬にキスをしてくれたジャンヌ。喫茶店でジャックに襲われたとき、助けに来てくれたジャンヌ。全ての戦いを終え、芝の上へ倒れるジャンヌ。
「そうだなあ……。明るくて、元気で、とにかく前向きな人さ。黒い髪に、金の瞳だ。今頃、何してるのかなあ」
ジャンヌとは、スパイクナードとの戦い以来会っていない。元気なんだろうか。そもそも、ネブラスカシティに住んでいるのか、何歳なのか、マルキは何も知らない。思うと、なんだか寂しくなった。
そのとき、マルキの元へ、女性の店員が酒を運んできた。小さめのグラス。マルキは頼んだ覚えがないのできょとんとした。
「こ、このお酒はなんですか?」
「テキーラのトリプルです」
「うわあ、攻めるねえマルキくん。飲み足りないのかい?」ディアナが頬杖を崩し、肩をちょんちょんとつついてきた。
「や、俺はテキーラなんて頼んだ覚えは……」
「あちらのお客様からです」
店員が手をさした。そのさき、カウンター席に座っている女が、マルキの方を振り向いた。そして、太陽のような笑顔で、マルキにほほ笑んだ。黒い髪を胸まで垂らし、金の瞳でマルキを見つめていた。
了