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第七話 兄弟の闘志


二〇一七年六月二五日

暗号解読学者エリーシャ・エルロードさんが誘拐される事件が、先週発生した。犯人は、エリーシャさんとともに暮らしている両親に対し、「娘の誘拐、誰にも話すな。守れば必ず娘を返す」という脅迫文を残していた。二四日、エリーシャさんは無傷で帰還。その後、両親は警察に通報した。警察は犯人の捜査を進めている模様。――ユートピア新聞より抜粋――



 警察官マルキとディアナが、エリーシャさんの誘拐事件とヴォイニッチ手稿盗難事件の関係に気付くのは、容易なことであった。ヴォイニッチ手稿を盗んだハザード達は、有名な解読学者のエリーシャさんを誘拐し、手稿の解読をさせたに違いない。警察官二人は、事件の調査のためエリーシャさんのところへ向かった。だが、捜査はマルキの思わぬ形で難航した。事件の被害者であるエリーシャさんが、何も話してくれないのである。

 今、マルキ達はエリーシャさんの家、そのリビングにいる。マルキとディアナは、隣り合って長椅子に座り、四角いテーブルに腕をのせている。解読者のエリーシャさんは、二人に向かい合うようにして座っている。エリーシャさんは、赤髪に茶色の瞳を持つ、メガネをかけた女性だ。

 マルキは早速調査を開始した。しかし、エリーシャさんの回答は、何の参考にもならなかった。というよりも、回答してくれなかったのだ。

「犯人の特徴は?」

「言えません」

「犯人は一人ですか? それとも複数ですか?」

「言えません」

「どこへ誘拐されていましたか? 位置は分からなくても、その、連れ去られた場所の様子とか」「言えません」

「誘拐されている間、何かさせられましたか?」

「言えません」

何を聞こうとも、こんな風なのである。マルキはイライラしてきたので、とうとう貧乏ゆすりを始めた。それを見て、ディアナがマルキの太ももをつねった。

「いてっ!」

「マルキくん、冷静さが大切よ」ディアナは、太ももをさするマルキを横目で見たあと、エリーシャさんの方を向いた。「なるほど、言えないということですね。しかし、我々警察もおおかたの予想はついてるんですよ。三月に、ネブラスカシティ図書館からヴォイニッチ手稿が盗まれました。未だに解読不能と言われる奇書です。おそらく、あなたはこの奇書の解読をさせられていたのではないかと考えています。そして、あなたがこの家へ無事に帰って来たことを考えると、ヴォイニッチ手稿の解読は完了したか、おおかた解読し終わったということでしょう」

 エリーシャさんは眉を寄せた。解読に関しては誤魔化せないと踏んだのだろう、白状し始めた。ディアナの予想が図星だとも、ハズレだとも言わなかった。

「私は、解読した報酬も、彼らの情報を黙秘するための口止め料も貰っています。ですから、手稿の内容や彼らのことを一切話すつもりはありません」

「エリーシャさん、誘拐は犯罪なんですよ? あなたは被害者です」ディアナは身を乗り出した。

「それでも、言えません。あの人たちを、裏切ることはできません」

「裏切る?」マルキは首を傾げた。

 まるで、誘拐犯達が仲間であるかのような口ぶりだ。エリーシャさんはうつむき、ボソボソと答えた。

「とても素敵な人達でした。誘拐されている間、お腹がすいたと言えば、欲しいものを食べさせてくれました。睡眠も、いつしようが許されていました。時には一緒にカードゲームをしてくれました。快適すぎて、私、もう少し誘拐されていてもいいなって思ったくらいです。特に、リーダーは紳士的でした」エリーシャさんは、思い出したかのように顔を上げた。「あっ、そう言えば、ひとつだけ言ってもいいと言われたことがあります」

「なんです?」とディアナ。

「『我々はハザードだけの世界を創る者だ』って」



**



 結局、これ以上エリーシャさんを調査してもらちが明かない。マルキとディアナは、エリーシャさんの家を後にした。

 マルキは運転席、ディアナは助手席に乗り、パトカーを走らせている。前も後ろも一直線に伸びた、殺風景な二車線の道路の上を直進していく。

 マルキはハンドルを握りながら、ディアナに話しかけた。

「何も聞き出せなかったな。エリーシャさん、そんなにハザードのやつらが気に入ってたんだ。犯罪者の集まりなんだぜ? あんなに親しみを持たれてるなんて、不思議だよ」

「不思議じゃないわよ」

「そうかな?」

「ええ。犯罪者にも、優しいひとや話の面白いひとはいるのよ。過去にも、幸せな家庭を持ち、職場でも懸命に働く人気者が、裏では何人も殺していた事例は珍しくないわ」

 マルキが戦い、これからも戦おうとしているハザード達は、なんらかの大義があって悪事をはたらいているのだろうか? いや、そもそも、『悪事』とはなんだ? マルキはなぜか、暗黒に浮いているような感覚に襲われた。この暗黒の中では、どちらが上でどちらが下か、何が正しくて何が間違っているのか、分からない。ディアナも、似たようなことを考えているのだろうか。

「なあ、ディアナ。犯罪者と俺達の違いってなんなんだ?」

「あなたは人を殺してもないし、何かを盗んでもないわ」

「ああ。でも、ハッシュとバーチカルを殺した。命を奪った」

「ハッシュにとどめを刺したのはあなたじゃない。ジャンヌよ」

「そうだな。けれど、バーチカルは……」マルキは、やつの肋骨を砕き、『コア』を破壊した感覚を思い出した。「やつは確実に俺が殺した。なあ、いつかの会議で、ハッシュが言ってたよな。マルキ先輩も怪人かもしれないって。確かに、俺と怪人の違いなんて、ないのかもしれない。人間と怪人の違いなんてないんじゃないか?」

「あなたは怪人じゃないわ……」

 ディアナはそう言うと、窓の外を向いた。そこには、ところどころに草の生えた、砂の大地がある。車が進むのに従って、砂の大地は素早く目の前を通り過ぎていく。たまに、家やガソリンスタンドが見える。

「そう言えば、ディアナもいつか、警察署のオフィスで言ってた。天使と怪人が、同じようなもんだって。それ、どういう意味なんだ?」

「ああ、その話? 別に深い意味なんてないわよ。天使も怪人も、私達にとって未知の存在でしょ? 味方なのか敵なのか、そもそも何考えてるのか、どこから来たのか、分からない。だったら、天使も怪人も、大差ないでしょ」

「そうか。だったら、ニンゲンも同じだ」

「人間は人間でしょうよ。天使でも怪人でも、ハザードでもないわ」

「いや、同じだよ。ニンゲン自身にだって、ニンゲンが何を考え、どこから来たのか、分からないじゃないか! 自分自身、未知の存在なんだ。ニンゲンが果たしてどんな生物なのか、決定的に他の生物と何が違うのか、分かったやつがいるか?」

「いえ、そんなことを究明したひとはおそらく歴史上いないわ」

「そうだろう。一緒なんだ。天使も怪人も、人間も怪人も。ニンゲンもハザードも」

「や、やめてよ。そんな言い方……」

 ディアナが止めずとも、その会話は断たれた。マルキ達が乗る車の目の前に、身長二メートルはあろうかという大男が飛び出したのである! マルキは慌ててハンドルを切り、横へ避けた。そして、急ブレーキをかけ、車を止めた。

「野郎! パトカーの前に飛び出してくるとは良い度胸だ!」マルキは勢いよく、大男の方を向いた。短い黒髪の男だ。男はゆっくりとマルキ達の方を振り向き、歩いてきた。

「シナモン、変身」

 そう言うと、大男、シナモンの体はますます大きくなり、顔はいかめしく、胸板は鉄板のように厚くなり、全身が真っ黒い体毛に包まれた。こいつはハザードだ! ゴリラタイプのハザードに間違いないだろう! シナモンは黒く太い腕を振り回しながら、パトカーの下に潜り込んできた! パトカーはぐいぐいと持ち上げられ、もはや車輪は地についていないだろう。

「きゃああ!」

 ディアナが叫び声をあげるとほぼ同時に、パトカーは後方を下にして大きく傾いた。野郎、投げ飛ばすつもりか! マルキはシートベルトを外し、左腕を顔の前に持ってきた。

「ディアナ! シートベルトを外せ!」

 ディアナは瞳孔の開いた目でマルキを見たあと、そそくさとシートベルトを外し始めた。

「オーケーナビ子!」

――こんにちは――

「マルキ、変身!」

――変身、アトラスー―

マルキの肩が膨れ、腕は太くなり、頭からは二本のツノが生えた。そのとき、マルキ達の乗ったパトカーが宙に放り投げられた!

「きゃああ!」ディアナの叫び声が空中に溶ける!

「ディアナ、掴まれ!」マルキは茶色い甲殻に包まれた腕を伸ばし、ディアナを抱きかかえた!そして、タックルでパトカーのドアを突き破り、外へ身を乗り出した!

「きゃああ!」

 耳元で聞こえるディアナの絶叫に頭痛を感じながら、マルキは宙を舞った。そして、ディアナを庇いながら自らの背中を下にして、道路へ落ちた。背中を強く打ったが、ハザード体へと変化したボディーには大したダメージではない。

ドン!

 マルキ達が着地した後方で、パトカーが道路へ墜落した。ガラガラと備品を散らしながら、パトカーは上下逆さに倒れた。これでは「おしゃか」だ。ディアナは未だに絶叫しながら、顔をブルブルと左右に振り、金髪の髪を散乱させている。

「きゃああ! きゃあ! きゃああ!」「ディアナ」「きゃあ! きゃ!」「ディアナ」「きゃあ!きゃ……!」「ディアナ、おいディアナ」「きゃ……あれ?」

 ディアナはあたりを見回した後、マルキの顔を見て赤面した。

「ディアナ、もう大丈夫だよ」

「……」

 せっかくマルキが助けてやったのに、ディアナは無反応である。しばらく間をおいて、やっと「ありがとう……」と呟いた。マルキは、ゴリラタイプのハザード、シナモンの方を向いた。やつは殺風景な道路に、仁王立ちしている。マルキも立ち上がり、シナモンと向かい合った。やつとの距離は、六メートルほどだ。

 マルキは、シナモンから目を離さないようにしながら、道路に尻もちをついているディアナに話しかけた。

「ディアナ! 君は逃げるんだ!」

「う、うん!」

 ディアナが立ち上がり、走って遠ざかっていく足音が聞こえた。シナモンは、どうやらディアナを追いかける気はないようだ。立ち止まったまま、マルキを真っすぐと見て話しかけてきた。

「俺の名は、シナモン・シェイク」

「マルキ・ルーカスだ」

「マルキよ。本当にハザード体に変身できるようだな。面白い」

 マルキは突然、何かを思い出した。「面白い」だと! 以前にも、マルキの変身を見て、面白いというやつがいた。……、そうだ、バーチカルだ! シナモンの反応は、バーチカルと似ている。発言だけでなく、変身したマルキを前にして、なんだか楽しそうにそわそわとした雰囲気をかもし出している様子も、バーチカルと似ている。マルキは無意識のうちに、呟いていた。

「似ている……バーチカルと似ている」

「なに? バーチカルと俺が似ているだと? そいつは、俺の弟だ。普段なら、似ていないと言われるんだがな」

「なに!」マルキはハッとした。「バーチカルの兄……。そうか、ならば、復讐を果たしに来たということか!」

 グラスホッパータイプのハザード、バーチカルはマルキが倒した。そのバーチカルの兄と言うのなら、おおかた、復讐のためにマルキの元へやって来たに違いない。だが、シナモンの回答はマルキの予想したものとはまるで違った。

「復讐? お前、今復讐と言ったか? フフフ……復讐か。バカバカしい」

「え!」

「復讐などして何になる。弟が蘇るのか? それとも、あの世へ行った弟が喜ぶのか? フン、ちゃんちゃらおかしい。死ねばハザードもニンゲンも同じよ。泣きも笑いもしない。口を利くことも、共に酒を飲むこともできん。そんなやつにしてやれることなど、ありはしないのだ」

「なに! ならばなぜ俺に戦いを挑む!」

「フフフ。ニンゲンの戦士マルキよ。お前、弟と似ていると言ったな。俺と弟が似ていると。ならば分かるだろう。俺達兄弟にとって、ハザードとニンゲン、どちらが正しくてどちらが間違っているのか、どちらが繁栄しどちらが滅びるのか、そんなことはどうだっていい。俺達を動かすのはただひとつの変わらない一念。エキサイティングなバトルに身を投じていたいという思いだけだ……!」



 かくして、スタッグビートルタイプに変身したニンゲン・マルキと、ゴリラタイプのハザード・シナモンは、静かな道路の上で向かい合った。

「うおお!」マルキは走り、間合いを詰めた。相手がどんな戦闘スタイルのハザードか分からない。ならば、先手必勝! シナモンは立ち止まっているので、いよいよマルキのリーチに突入した。マルキは右腕を繰り出した。

ドン!

 だが、シナモンは左手でこれを受け止めた。マルキは左腕を繰り出す。これも、シナモンは手のひらで受け止めてきた。

「おらあ! おらあ!」マルキは左右のパンチを勢いよく繰り出していくが、全て受け止められてしまう。

「次は俺の番だ」今度はシナモンが腕を繰り出してきた。マルキは手のひらを出し、ガードした。

ドン!

「ぐ!」思わずマルキは声を出した。腕にしっかり力を入れていなければ、ガードしきれず振りぬかれてしまう! 強力なパンチだ!

 シナモンはすかさずもう一方の腕を繰り出してくる。マルキはまたも、手のひらで受け止めた。シナモンは次々とパンチを繰り出してくるが、マルキも両手を駆使して受け止めていく。マルキのガードは追いついている。スピードなら互角……。

ゴ!

互角ではなかった! マルキの両腕の間を抜け、丸太めいた太い右腕が顔面に直撃する!

「ぐわあ!」マルキの体が宙に浮き、空中で二回転ほどした。そして、ゴロゴロとアスファルトの上を転がった。マルキの左のツノは折れ、ふっ飛んだ。折れたツノが、カランコロンと金属とは似て非なる音を立てて地面を転がった。

「どうした? その程度か」シナモンの呼吸は全く乱れていない。

「ぐああ……ま、まだだ!」

 マルキは両腕を地につき、ゆっくりと立ち上がった。

「うおお!」そして走り、一気に接近した。すかさず右ストレートを繰り出す!

バシィ!

 しかし、難なく左腕で受け止められてしまった。シナモンはそのまま、掴んだマルキの腕をひねった。

「ぐああ!」腕をひねられ、マルキは声をあげた。骨がきしむ音が、ギチギチと聞こえる!

 シナモンはそのまま、空いている右腕を大きく後ろへ引いた。

「マルキよ、お前のパンチは腰が入っていない。いいか? 手本を見せてやる」

やばい! 全力のパンチが飛んでくる! マルキは回避しようとしたが、どうもがいても、掴まれた右腕を振り払うことができない。

ドゴオ!

 シナモンのパンチがマルキの脇腹に直撃した! マルキの体はさっきよりも速いスピードで、後方へふっ飛んだ。「ぐあああ!」マルキはゴロゴロと転がった。そして、アスファルトの上へ仰向きに停止した。突然、ナビ子の声がした。

――損傷重大です。変身を解除します――

 そんな! 俺はまだ戦える! マルキは地に手を突いた。だが、その手に力が入らず、体を起き上がらせることはできない。そのときマルキは、自分の目の前に映った右腕に絶望した。マルキのその腕は、ニンゲンの腕に戻っていたのだ。甲殻に包まれた茶色い腕ではなく、ニンゲンの薄い皮膚をかぶった腕に戻っていたのだ。マルキの変身は解かれたのであった。マルキは力尽き、横向きになっていた体は再び背中を地についた。

 シナモンが近付いてくる。

「どうやら、ダメージを受けすぎると変身が解けるのは、ハザードと同じようだな」

 マルキは、頭上に立ち呟くシナモンの巨体を見上げながら、意識を失った。



**



 マルキは目をさました。シナモンにふっ飛ばされたところから記憶がない。どうやら、自分は椅子に座っているようだ。腕を動かして見た。

ガタン……

しかし、椅子が少し揺れただけで、腕を上げることができない。見ると、両腕は椅子の取っ手に縛り付けられている。マルキは、顔を下に向け、自らの体を確認した。どうやら、両腕、両足、胸が縛り付けられているようだ。

 今度は顔を上げ、あたりを確認した。一メートルほど前方に、男が座っている。彼は床に尻を置き、片膝を立てている。

「やあ、お目覚めかい。俺の名はスパイクナード。スパイクナード・スピーゲル。スパイクと呼ばれている」

「マルキ・ルーカスだ……」

 マルキは細々と返事をした。スパイクは、きれいな銀髪を整えた、細身の男だ。そして、黄色い鳥のような瞳で、じっとマルキを見つめている。マルキは、この瞳を前にも見たことがある気がした。そうだ、バーチカルと戦っているときに舞い降りてきた、鳥のような男だ。やつのニンゲン体の姿に違いない。マルキは、スパイクを見たあと、また首をひねり、あたりを見た。薄暗い大きな空間だ。天井はかなり高く、近くにはテーブルや椅子がある。もう少し向こうには、ホッケー台や、スロットなどのゲーム機がある。そして、右を向くと、一〇以上ある縦長のレーンと、その先に立つ白いピン、転がっているピンクやオレンジの鉄のボールが見えた。ここは、ボウリング場だ。

マルキはまた首を戻し、前方を見た。マルキが縛り付けられているここは、休憩スペースのようなところか。少し離れたところの椅子に、黒髪の大男が座っている。シナモンだ。こいつに打ちのめされ、ここまで連れてこられたのだ。建物の隅っこでは、小柄な髪の長い女が、縮こまって本を読んでいる。シナモンも小柄な女も、あまりマルキには興味がなさそうだ。

 マルキは今、自分の置かれた状況を理解した。自分はシナモンに敗北し、ハザード達のアジトへ連れてこられたのだ。この薄暗いボウリング場は、ハザード達のアジト。こいつらは、以前マルキ達がハッシュを尾行して発見したレストランから、アジトを移していたのだ。そして、移したアジトというのが、このボウリング場なのだ。

 スパイクナードは、マルキに話しかけた。聞き取りやすい、低い声だ。

「マルキよ、見ての通り、ここは俺達ハザードのアジトだ。なぜ、ここへ君を連れて来たのか。それは、君とボウリングがしたいからだ」

「こんな状況でジョークを言われても笑えないよ。スパイクナード」マルキはスパイクナードから目をそらした。

 ここはネブラスカシティの中なのか? 今は何時だ? マルキには全く分からない。ただ、建物の中が薄暗いので、夜であることは確かだ。スパイクナードはまた口を開いた。

「マルキ、俺はここにいるハザード達のリーダーだ。今日は、君という敵を見定めるために、ここへ連れてきた。君さえ良ければ、俺達の仲間になってもらおうかなとも考えている」

「私は反対だわ……」部屋の隅にいる小柄な女は、読んでいた本から目をそらし、ギロリとマルキの方を向いた。「だって、ハッシュもバーチカルも、そいつにやられたのよ……」

「……」マルキは何も言わなかった。

小柄な女の目は、恨みがこもっている。

「……」シナモンも黙っており、意見を言う様子はない。

「まあまあ、これからの会話次第さ」スパイクは一瞬、小柄な女の方を向いた。その後すぐに、マルキの方を向き直った。

「俺達の目的は、ハザードだけの世界を実現させることだ。そして、その目的はほとんど達成されつつある。まず俺達は、初めにヴォイニッチ手稿を盗んだ。手稿には、世界破滅のカギが記されているからだ。手稿の内容は解読できた。

 地中に埋まっている植物兵器、シャワー・マシンに関することが記されていた。シャワー・マシンは、ニンゲンの両腕両足や、イヌの精液、ネコの髭など、妙なものを材料に、砲撃を撃つことができる。その砲撃は天空に向かって放たれ、ニンゲンにとって有害な雨を降らす。

 その雨は、ニンゲンをハザードに変化させる雨だ。だが、変化に耐えられないほとんどのニンゲンは、命尽きる。そうして、一部のニンゲンはハザードになり、ほとんどのニンゲンは死ぬ。ニンゲンの歴史が幕を閉じるのだ。

 仲間たちの協力のおかげで、シャワー・マシンの材料はおおかた揃った」

 そうか。マルキは、今までのハザード達の行動を思い返し、納得を覚えた。ニンゲンの腕や足を切断していたバーチカルも、シャワー・マシンの材料を集めていたのだ。スパイクナードの話は続く。

「そこでだ。君は見るからに屈強な体をしているから、どうせシャワー・マシンの砲撃も生き延びそうだ。なんなら、俺達の仲間に入り、ハザードだけの世界を謳歌しないか。マルキよ、どうだ?」

「……」

 マルキはただ黙った。なんという恐ろしい発想だろうか。だが、不思議なことに、スパイクは気が狂っているようには見えない。むしろ、まともな青年であるかのように見える。まともな青年が、まともな口調で、恐ろしいこと語っているのだ。

 スパイクナードは、じっとマルキの目を見つめている。

「マルキ。いきなり聞かれても、返事に困るか。君の目は、若者の目にしては、多分な感情、思考を秘めているように見える。ハザードとの戦いの中で、よっぽどいろんなことを考えたんだろう」

「どうして分かる?」

「どうしてだって? むしろ、そういう思いやりに至らない方が、俺は不思議だね。君は、自分とは違う種族の、もうひとつの知的生命体と戦い、命のやりとりをしてきたんだぞ。そんなことを経験する者はそうそういない。だからこそ、他者とは一味違う悩みを持つのは当然だ。

 どうだ? きれいな言葉じゃなくていいから、俺に話してごらんよ」

 スパイクナードの黄色い目は、優しく澄んでいる。マルキには不思議でならなかった。この、人類にとって最凶ともいえる敵が、優しさを放っているのだ。例えばそれは、面倒見の良い兄のようであり、黙って悩みを聞いてくれる優しい父のようでもある。スパイクナードの放つ暖かいオーラが、不思議でならなかったのだ。

 そしてマルキは心から、彼に全てを打ち明けたいと感じた。今、ほとんど初めて会ったにもかかわらず、この敵に親友のような安心感を覚えたのだ。マルキはついに、口を開いた。

「俺は……分からなくなった」

「ふむ。何が分からなくなったんだ?」

「正しいこと。ハッシュっていう、部下がいた」

「ああ。ハッシュ・ハルドゥーンは、俺が警察に送り込んだスパイの名だな。すぐにカッとなるところがあったが、割と素直で、可愛らしいやつだった」

「俺もそう思うよ、スパイクナード。でも、ハッシュはスパイだった。俺はハッシュと戦わなければならなかった。ハッシュは俺を殺そうとしたし、俺もハッシュを殺そうとした」

「……」スパイクナードは黙って話を聞いている。

「エリーシャさんのところへ取り調べに行った」

「ふむ。エリーシャ・エルロードか。俺達がヴォイニッチ手稿を解読するために誘拐した、女の名だ。メガネが似合う」

「エリーシャさんは、俺達警察に何も話してくれなかった」

「口止め料を払っているからな」

「それだけじゃない」マルキはゆっくりと首を左右に振った。「エリーシャさんは、自分を誘拐したお前らに親しみを覚えていた。リーダー、君のことを、紳士的だと言っていた。懐かしむかのように、もっと誘拐されていても良かったと言ってたよ。きっと、口止め料なんか貰ってなくても、お前らのことを話さなかったと思う」

 スパイクナードはにっこりした。

「フフフ。それはありがたい話だな」

「俺は分からなくなった。倒すべき敵、悪いやつは、性格や考え方まで腐ってると思ってた。悪いやつは明らかに悪いやつなんだって。でも、実際は違った。ハッシュは、ケンカもしたけど、警察の仲間だった。スパイクナード、君は紳士的だし、誘拐された人すらも惹きつける魅力があった。話も通じる。

 俺は、何が正義なのか、もう分からない……」

 マルキは下を向いた。スパイクは立ち上がり、ゆっくりとマルキが縛り付けられている椅子の周りを歩き始めた。

「ふむ。では、まずは正義について話そう。何が正義か分からないか……。誰しも考えることだ。俺も若い頃から考えている。なぜ我々は、正義とは何かを考えるのか。そして、考えているにもかかわらず、明確な答えが出せないのか。それは、正義の持つ『検証不可能性』にある」

「検証……不可能……」

「そうだ。基本的に、あらゆる学問は『検証可能性』に重きを置く。誰にも検証でき、明らかだと言えることだ。例えば、数学や化学などは分かりやすい。数式を用いれば証明はできるし、酸素と水素が合わされば水になることは明らかだ。

 これ以外の学問、文学や心理学なども、やはり検証可能性が求められる。小説において、『晴れた日』は主人公の明るい気持ちや、この先のストーリーが前向きなことを暗示していると、大多数の読者が感じるだろう。心理学の世界でも、数百人、時には数千人以上にアンケートをとり、一〇割とは言わないまでも、九割八割が当てはまるような傾向を探る。あまりにも多くの者の考えに当てはまらなければ、学問としては成り立たないからな」

「……」マルキは黙って話を聞いている。

「ところが、正義にはこれが当てはまらない。『道理が通っていること』を正義と置くならば、多様な答えが出てしまうのだ。極端な話、君は右が正しいと言う、俺は左が正しいと言うとしよう。そのどちらもが正しいこともあるし、どちらも間違っていることもあるのだ。道理さえ通っていれば、容易に相反する答えが出現することが、往々にあり得るのだ。

 マルキ。俺はあるとき気付いた。この世に存在するあまたの精神、その数だけ『正義』があると言っても、過言ではないのだ。だが、悲しいことに、結果的に敗北した正義や、少数派の正義は、『悪』と呼称されることがままある。

正義は、おいそれと肯定できるものばかりではないが、否定することも難しい。いや、否定に至っては、ほぼ不可能だろう。誰も他人の正義は否定できない。

 したがって、君がニンゲンのために戦いたいと言うのであれば、俺はその正義を否定しない」

 スパイクナードは、次々とマルキに思想を提示した。マルキは極めて納得した。そして、納得すると同時に、ある疑問が湧いてきた。その疑問は、マルキの中でどんどん大きくなっていく。

 スパイクナード、この青年の話は、なんと興味深く、分かりやすいのだろう。そして、マルキの気持ちに寄り添うかのような、安心できる語り口なのだ。なぜこの青年が、倒すべき敵としてマルキの前に立ちはだかり、マルキの体を椅子に縛り付けているのか、不思議でならなかった。

 銀髪の青年は、未だマルキの周りをゆっくりと歩いている。

「なんだか堅苦しい話し方かもしれないが、まあ性分だから許してくれよ、マルキ。ところで次は、悪者について話そう。君の悩みは、悪者は性格や行動が悪いものだと思っていたが、実際は悪に見えない者もいたので戸惑っているということで間違いないかな?」

「ああ」マルキは頷いた。

「それなら答えは簡単だ。君は、他者の人格と命を、同じ軸で考えているんだ。だから、人格と命の価値が一致しないことに矛盾を感じている。実際は人格と命、この二種の概念は全く別の次元にあるんだよ。

 簡単な話、『顔』と『性格』みたいなもんさ。顔がいいからと言って、性格が良いとは限らないだろ? 逆に、顔の出来が悪いからと言って、性格が悪いとは限らない。

 なぜ君は人格と命を同じ軸で考えるんだ? 人格と命の価値は全く別物だ。だから、社会にとって、人格は良いが死んだ方が良い者もいれば、人格は悪く卑怯だが生きていた方が良い者もいる。そして、何もおかしくはないし矛盾しない。だいいち、君が考えているように、良い者が生き、他者に迷惑をかけ攻撃する悪い者が死ぬ世界だったとしよう。たちまち、人格のできた者、前向きな優しい者だけの世界になる。素晴らしい世界だ」スパイクナードは、マルキの目の前に立ち止まり、彼の目を見つめた。「そんな素晴らしい世界ができるとどうなる? 君の仕事、警察だよな? 君の職業がなくなるだろう」

「……!」

 マルキはカッと目を見開いた。そうだ……! その通りだ! 皮肉にも、悪がはびこっていることが警察官マルキの存在を肯定し、マルキの存在が悪の存在を肯定しているのだ。

「納得したようだな、マルキ。今となっては、ハッシュの件も矛盾せず、すっきりと心に落とし込めるだろう。ハッシュは、君にとってかわいい後輩だった。しかし、倒さねばならぬ敵だった。この二つの条件は、並立する。

 それに、俺にとってマルキ、君だってそうだ。君は俺の話を熱心に聞き、納得してくれたね。俺達は話の通じる友だ。しかし、君がニンゲンの味方をするというのなら、俺は君の命を否定しなければならない。

 そもそも、君が悪い者であれば、俺は君を殺す必要はない。敵に怖気づき、味方を裏切るような悪者であれば、君は敵として取るに足らない存在だ。君がそんな男なら、放置しても問題ないだろう。だが、守るべきもののために命を張る、そんな勇敢な存在であるなら、君を倒さねばならない。

 俺は今日、君と言う敵を見定めたいんだ」

 マルキの精神のもやもやが、破竹の勢いで消滅していった。マルキにとって、スパイクナードは倒すべき敵なのだ。彼は、真面目で、話ができ、冷静に物事を考え、他人の気持ちに寄り添うことができる。しかし、いや、だからこそ、彼を倒さねばならない。こんな男が、考えた末に、人類を滅ぼしたいと願っているのである。

マルキの中で、すべての矛盾、ではなく、矛盾だと思い込んでいたことは解消された。

 マルキの前に立ったスパイクナードは、美しい銀髪を一本抜いた。

「さあ、話はここまでだ」

 抜いた髪は、みるみるうちに巨大化し、二メートル弱はあろうかという銀色の槍に変形した。これは、ジャンヌが羽根を抜き、剣に変化させた能力と似ている! 槍を見るマルキに、スパイクは答えた。

「これは上級ハザードの能力だ。ハザードの中でも上位に位置する上級ハザードは、身体能力でも下級のハザードをしのぐ上、体毛や羽根を武器に変化させることができる。

 さあマルキ、君の正義を聞こう! ニンゲンを思って死ぬか、ハザードとともに生きるか!」

 スパイクナードは、マルキの眉間へ槍を突き立てた! その刃先は、わずか数センチほどの距離にあり、いつでもマルキの脳天を貫くことができるだろう。

 マルキは回答を考えた。そのとき、マルキの思考はめまぐるしく脳内を駆け巡った。マルキは自らの命など、微塵も考えなかった。思い浮かぶのは、仲間たちの姿だ。

 よく笑う優しい警察署長、ベージュさん。変人だけれど、いつも全力で応援してくれるマイリー。たった一杯奢った酒おために命を助けてくれたハザード、ジャンヌ。そして、熱しやすいマルキをいつもキープしてくれる親友、ディアナ。

 マルキの答えは、もはや決定した。

「俺は、大切な仲間たちを守りたい」マルキの頬を、涙が伝った。「そして、大切な仲間たちが暮らすニンゲンの社会を、守り抜きたい。たとえそれが、矛盾だらけの、ひねくれた世界だったとしても……!」

「よく言った、マルキよ! 敵ながら、君は素晴らしい戦士だ! 君のことは一生覚えておこう。そして、さようなら」

 スパイクは、槍を少し引いた。そして、今にもその矛先をマルキの頭に突き刺そうとした!

バリン!

 そのとき、窓が割れ、銃弾のような金属のカプセルが放り込まれた。そのカプセルはプシューという音を出し、どんどん白い煙を立ち上がらせた。たちまち建物の中に霧が立ち込め、目の前にいるスパイクナードの姿さえも見えなくなった。

「む! 何かが近付いてくる! 敵襲?」スパイクナードの声がする。

バリン!

 またも窓が割れる音がし、マルキは何者かにがっしりと胸を掴まれた。そして、マルキの体は椅子ごと宙に浮いた。

「マルキ! 大丈夫かい!」

「その声は、ジャンヌ!」

 マルキは建物の外に連れ出された。一気に視界が広がり、景色が見えた。ボウリング場の周りを、警察の仲間たちが封鎖している。その中には、ベージュさんの姿も見当たった。彼らが煙玉を投げ、そのスキに変身したジャンヌが空を飛んでマルキを助けてくれたのだ。

「マルキ、ひどいめにあったわね」ジャンヌはマルキを抱えたまま、巨大な白い翼で空を飛んでいる。

そして、鋭い爪で縄を切ったり、椅子を破壊したりして、マルキの体を自由にしてくれた。ジャンヌはそのまま、警察たちを通り過ぎ、その隊列の向こう、道路の上に止まっているパトカーの横へ着地した。マルキも、道路に足を突いた。パトカーの中を見ると、運転席に金髪の女がいる。ディアナだ。

「マルキくん! 無事でよかった!」

 ディアナは運転席から、マルキを見た。ジャンヌはパトカーのドアを開けて、マルキの背中を押した。白い羽毛の生えた、美しい腕だ。

「マルキ、あなたは車に乗って。ディアナと一緒に逃げるのよ」

「ジャンヌ、君は?」

「私はやつを足止めするわ」

 ジャンヌがボウリング場の方を向いた。すると、銀の槍を持った鳥のようなハザードが飛び出してきた! 茶色い翼で空を飛び、こちらへ向かってくる! ハザード体に変身したスパイクナードだ。

「さあ! 早く行って!」

 ジャンヌはそう言うと、翼を広げ飛び立った。マルキはパトカーの助手席に乗った。

「行くわよ!」

 マルキが車に乗るのを確認したディアナは、アクセルを踏んだ。夜の人気のない道路を、進んでいく。マルキは体を翻し、進む車の助手席から後方を見た。

 三〇メートルほど上空で、星々が輝く夜空を背景に、ハザードが戦っている! 一方は、白い翼と、剣を持つ女ハザード・ジャンヌ。もう一方は、銀の槍を持ち、茶色い翼で空を飛ぶハザード・スパイクナードだ。二人は高速で空を飛び、武器をぶつけ合っている。



**



 三〇メートルほど上空。ジャンヌは剣を持ち、高速で飛びながらスパイクナードに襲い掛かっている。スパイクナードは、槍を駆使してこれをガード。突き刺すような攻撃で反撃する。だが、ジャンヌも翼を羽ばたかせ、するすると回避していく。

カキン!

 ジャンヌの剣とスパイクナードの槍が、十字状にぶつかった! お互いに腕を強く押し、重なり合った武器、そして周りの空気までが、ぶるぶると震えている!

 パワーをぶつけ合ったまま、スパイクナードは声を発した。

「俺の名はスパイクナード・スピーゲル」

「私はジャンヌ・ジャスティス」

「ジャンヌよ。これほどの力を持ちながら、なぜニンゲンの味方をする!」

「ニンゲンと言う種族に見切りをつけるのは、まだ早いということだ」

「愚か者めが! 夜空の星クズにしてくれよう!」

カキン!

 スパイクナードは、ジャンヌの剣をはじいた! ジャンヌはすかさず、スパイクナードの胸めがけて、剣を突き出した。

ド!

 しかし、ジャンヌの剣が貫いたのは、スパイクナードの左腕だった。左腕により、ガードされたのだ。

「ふん!」すかさず、スパイクナードは槍を突き出した! その攻撃は、ジャンヌの左胸を貫通した! ジャンヌは槍を胸に刺されたまま、ゆっくりと落下していく。

 スパイクナードは、左腕に突き刺さったジャンヌの剣を抜いた。そして、落下していくジャンヌへ向かって、真っすぐに投げたのだ!

「おい、忘れ物だ!」

ドス!

ジャンヌの白い腹に、剣が貫通する! ジャンヌの体は縮み、服を着た女性の姿になった。ニンゲン体へ戻ってしまったのだ。そのまま、背中から地に落ちていく。



**



「うわああ! ジャンヌ! ジャンヌー!」

 マルキは助手席から叫んだ。なんということだ、ジャンヌが負けてしまった! 今ジャンヌは、ニンゲン体で、胸に槍、腹に剣を突き刺され落ちている! 少し離れたところにいるが、マルキからもはっきり見える。落下したジャンヌの姿は、マンションの裏で見えなくなり、夜の街へ消えていった。

「マルキくん! どうしたの!」

 ディアナが運転しながら聞いてきた。

「ジャンヌが! ジャンヌがやられた!」

「え!」

「武器を刺されたまま、地面に落ちたんだ! 東の方角だ! 探しに行こう、ディアナ!」



**



「ジャンヌー! ジャンヌ!」

 マルキは、夜の街を歩き回っていた。確か、この辺に落ちたはずだ。マルキとディアナは車から降りて、ビルとビルの間や、道路の上を探し回っていた。ジャンヌの姿を。

 さっきから、スパイクナードの姿は見当たらない。引き返したのか? バーチカル戦のときも、戦いより腕の回収を優先した、冷静な男だ。ジャンヌにとどめを刺したと見なし、シャワー・マシンのもとへ向かったのかもしれない。とにかく、今はジャンヌを探そう。

「マルキくん! こっち! こっち!」

 ディアナがマルキを呼んだ。

「ディアナ!」

マルキは走ってディアナの元へ駆けつけた。

「ジャンヌ!」そして、ジャンヌの姿を発見した。道路の上、夜の冷えたアスファルトの上に、ジャンヌは転がっていた。左胸に銀色の槍、腹に白い剣が刺さり、緑色の血がアスファルトを染めている。マルキは走りよった。

「うわああ! ジャンヌ! ジャンヌ! くそう!」マルキはひざまずき、ジャンヌの手を握った。そして泣きながら、その白い手を額に当てた。「うわあ! あのとき、君に酒を奢らなければ良かった……! くそう……奢らなければ……! こんな……ひどすぎる!」

 マルキは大泣きした。ディアナもそばへ来て膝をつき、ジャンヌの顔を見た。

「マルキくん、ジャンヌは生きているわ」

 マルキはボロボロと泣きながら、凄い勢いでディアナの顔を見た。

「はあ? 生きてるわけねえだろ! 見ろよ! 四方八方串刺しだ! サボテンみたいになってんだぞ! うわあジャンヌ!」

パシィ!

瞬間、マルキは頬をぶたれた。ディアナの平手が直撃したのだ。

「こらマルキ! 冷静になりなさい! このバカ! アホ! 独身!」

「ご、ごめん……」

「ほら、耳を澄まして」ディアナは、倒れているジャンヌの顔を見た。

 マルキも耳を澄まし、ジャンヌの顔色に注目する。黒い髪を胸まで垂らした、彫りの深い美しい顔だ。すう、すうと、呼吸をするような音が聞こえる。ジャンヌは呼吸しているのだ! マルキは再びディアナの顔を見た。

「ディアナ! 生きてる!」

「さっきからそう言ってるでしょ! とりあえず、手当てしましょ!」



**



 二日後。ハザード達は、ある遺跡に来ていた。ネブラスカシティにある、ロック遺跡だ。あたりは一面、緑色の芝が生い茂っている。その芝は、八〇〇メートル向こうまで続いている。そして、その芝の中心には、二〇ほどの墓が立っている。この墓は、その昔世界大戦を首謀した者たちの墓だと言われている。

 二〇の墓の前に、三人のハザードが立っている。墓は、夕暮れの光を赤く反射していた。銀髪で細身の男、スパイクナード。身長二〇一センチの大男シナモン。黒髪に、緑の瞳をもつ小柄な女ターメリック。この三人もまた、夕日に背中を照らされている。

 彼らが解読したヴォイニッチ手稿には、このように記してあった。

――古き罪人が封じられたところに〈シャワー・マシン〉が眠っている。〈シャワー・マシン〉は巨大な植物で、三人の緑の血の種族が祈るとき、地上にその姿を現す。――

 スパイクナードは話す。

「古き罪人が封じられたところ、それはこのロック遺跡だろう。世界大戦の首謀者たちの墓だ。そして、三人の緑の血の種族が祈る、これは三人のハザードが変身することを暗示しているに違いない」

「いよいよ始めるのね……」ターメリックが、スパイクの少し後ろで呟いた。

「ああ、審判の日だ」とスパイク。「さあ、変身するぞ」

「スパイクナード、変身」

「シナモン、変身」

「ターメリック、変身」

 スパイクナードは、顔を白い羽毛に包まれ、茶色い羽根のある肉体へ変身した。両腕両足は黄色く変化し、黒く鋭いかぎ爪が生えている。イーグルタイプのハザード体に変身したのだ。

シナモンは、ますます体が大きくなり、黒い体毛に包まれた。顔もよりいかめしくなり、黒く大きな瞳が光っている。ゴリラタイプだ。

 ターメリックは、全身を青い甲殻に包まれ、右腕は巨大なハサミと化した。ロブスタータイプのハザードだ。

ゴゴゴゴゴ……!

 そのとき、地響きとともに、地震の如く地が揺れた。そして、地面を割り、二〇の墓を持ち上げ、真緑の植物が姿を現した! これがシャワー・マシン!

 三五メートルはあるかと思われるその巨大植物兵器、シャワー・マシンは、上空へ向けて、その太くたくましい茎と、開いた花のような頂上を向けている。

 確かに、巨大な砲台のようにも見える。そして、このロック遺跡そのものが、史上最大の植木鉢なのだ!

「ハハハハハ! これがシャワー・マシン!」

 スパイクはシャワー・マシンを見上げ、大笑いした。見ると、シャワー・マシンの根元の方に、何かを放り込めるような空洞がある。

「よし! 始めるぞ! シナモン!」

「ああ、スパイク」

 シナモンは返事をし、黒く太い腕で、真っ黒な中身の見えない袋を七つほど引っ張って来た。スパイクはそれを見て、口を開いた。

「ニンゲンの右腕!」

「はい」

「ニンゲンの左腕!」

「はい」

「ニンゲンの右足!」

「はい」

「ニンゲンの左足!」

「はい」

「トカゲのしっぽ!」

「はい」

「カニの足!」

「はい」

 こんな調子で、スパイクが材料を言うたび、シナモンが空洞へその材料を放り投げていった。

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