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第六話 グラスホッパータイプ



二〇一七年六月二九日

猟奇的殺人事件発生。人体の一部を切断し、殺害する事件が、先週に三件起こった。ひとりは右腕、ひとりは右足、ひとりは左足が切断され、いずれも遺体で発見された。切断された部位は発見されておらず、犯人が何らかの目的で所持していると考えられる。――ユートピア新聞――



 黒く逆立った短髪が特徴的な男、マルキは、ある事件の調査をしていた。それは、人体の一部が切断され殺害された事件だ。その被害者のひとり、左足を切断されたダニエル・マーソンの妻と子が住む家へ訪れていた。

 マルキはこぎれいな部屋に案内され、茶色いソファーに座っていた。机を挟んで向かいには、マーソン夫人と、まだ一〇歳にはなっていないと思われる娘が座っている。マーソン夫人は、困ったように眉を寄せた。

「すみません。犯人は私も早く捕まえてほしいと思っています。けれど、調査はなるべく早めに済ませてくださいね」マーソン夫人は、横に座っている娘を見た。娘は金の髪を垂らし、めそめそと泣いている。「娘もこんな調子なので。あまり精神を追い詰めたくないのです」

 父親が無残な姿で殺されては、無理もないだろう。できるだけ早く話を済ませよう。

「マーソン夫人。相手の特徴は覚えていますか?」

「はい、夫の足を持ち去るところを見たので、はっきり覚えています」マーソン夫人は、下を見た。急に口が重くなったようだ。「あの……夫は怪人に襲われたんです。緑色の……昆虫人間? みたいなものが、夫の足を掴んで……」夫人はぶるっと体を震わせた。

「お母さんその話やめて!」娘が夫人に抱き着き、わんわんと泣き喚いた。

「すみません……」夫人は娘とマルキを交互に見た。そして、娘の頭を撫でた。「よしよし、大丈夫よ」

 緑色……昆虫人間。犯人は十中八九、ヴォイニッチ手稿を盗んだハザードだろう。

 もう、帰ろう。泣きわめく娘を見て、マルキは思った。そして、ゆっくりと、憎悪が沸き上がった。こんな幼い子に恐怖を植え付け、幸せな家族を崩壊させた……お前の罪は重いぞ! バッタ野郎!

 マルキはゆっくりと立ち上がった。

「失礼します」

「すみません。少ししか話せなくて」夫人は立ち上がったマルキを見つめた。

「いえ、いいんです。これだけ聞ければ十分です」

 マルキは歩き始めた。すると、泣いていた娘が呟いた。

「お父さん……どうしていなくなっちゃったの……?」

 マルキは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。何か、この子に声をかけなければならない……そういった衝動が彼を襲った。だが、なんと言えばよいのだろうか。家族を失った者に。悔みの言葉か? 犯人は俺が捕まえるという決意の言葉か? いや、かけるべき言葉など何もないのだ。何を言おうと、死んだ人は蘇らないのだから。今更どんな言葉をもってしても、この家族に父を復活させることはできない。この母も、娘も、マルキに何か言ってほしいなどと願ってはいない。願うのは、父の、夫のいる家庭だ。

 くそ! 何もできない! 俺は何もできない! かつて、公園でジャンヌとした話が、マルキの頭の中に蘇った。

――戦わなければ、生き残れないとね。生き残れなければ、大切なものを守ることもできない――

 そうだ、戦わなければ、大切なものを守ることはできない。戦わなければ。



**



 夕方の警察署。マルキは、一階の駐車場に呼び出しを受けた。呼び出してきたのはマイリーだ。マイリーなら、研究室に呼ぶはずだ。なぜ駐車場? マルキは疑問であったが、聞いたところで、「来てからのお楽しみよヒヒヒ!」などと言われるのがオチであろう。

 駐車場に着き、パトカーやバイクが並んでいる間を通り抜けていく。やがて、待ち合わせの車庫のようなところへ来た。閉められた高いシャッターの前に、白衣姿のマイリーが待っていた。

「こんにちは、マルキくん。科学班のマイリーよ」

「こんにちは」

「あなたに贈呈したいものがあるのよ。見て」

 マイリーはそう言うと、シャッターを開けるボタンを押した。ゆっくりとシャッターがあがっていくと、一台のバイクがあらわになった。それは、いかにも新品で、黒ベースに赤いラインが入っている。

「おお! バイク! かっこいいな」マルキは声をあげた。

「でしょ! これは、アトラス専用のマシン『ブースター』よ!」

「え! 俺専用?」

「そうよ。万が一ハザードを追いかけることになった際、走って追いかけるには限界があるでしょ? だから、乗り物があった方が良いと思って」

「うおお! ありがとうマイリー!」

 マイリーはそそくさとバイクのそばへ歩いていき、マルキを手招きした。

「こっちへ来なさい」

 マルキは言われた通り、マシン『ブースター』の近くにいるマイリーの隣に来た。

「ここを見て」マイリーは、ハンドルの少し下にある、赤い円を指さした。そこは、ちょうど指を置ける程度の大きさだ。「このバイクは、指紋認証でロックが解けるわ。だから、あなた以外には使えない道理よ。試しに、左手の親指を置いてごらん」

 マルキは言われるがまま、ハンドルの下の赤い部分に指を置いた。

――ピピピ――

機械音がした後、ナビ子と同じ女性音声が流れた。

――本人確認。ロックを、解除します――

「おお!」マルキはまたも声を漏らした。

「これでアクセルが踏めるわ」

 パチパチパチパチ!

 マルキとマイリーは、二人で見つめ合い拍手をした。一通り拍手をすると、マイリーはゾッとするようなことを呟いた。

「ちなみに、あなたの指紋は、闇ルートを使って違法で手に入れたわ……ヒヒヒ!」

「マイリー君! マルキ君!」ベージュさんの声が聞こえた。見ると、彼が息を切らしながら、シャッターの近くに来ていた。「大変だ! 街に緑色の怪人が現れたという情報が入った! いますぐ出動してくれ!」

 マイリーは、ぱっとマルキの顔を見上げた。そして、両の拳を胸の前で握り締めた。

「変身戦士アトラス、マシン『ブースター』出動よ!」

「よっしゃあ!」


**



 マルキは、バイク型マシン『ブースター』に乗り、ネブラスカシティ内を走っていた。ベージュさんからの情報を頼りに、怪人の出現場所を探した。すると、人通りの少ない道路に、人が倒れているのが見えた。ひとりは左腕がなく、出血をしている男性。そしてその傍に、男性と同じ年くらいに見える女性がいた。夫婦であろうか。

 マルキはバイクを停めて降り、二人に駆け寄った。

「どうしました! 何があったんです!」

「怪人……! 怪人が! 夫の腕を……!」女性があごをがくがくさせながら答えた。

「腕が! 俺の腕が!」男性は自らの左腕を見、驚愕している。

 間違いない、ハザードの仕業だ! マルキは、男性の方を見た。左肩からその向こうが無い。だが、腕以外の損傷はなさそうに見える。これは、助かるかもしれない! マルキは、制服の上着を脱いだ。

「痛むかもしれませんが、止血しましょう! あなたは救急車を呼んでください!」

 女性が電話をし始めた。マルキは自分の上着を使い、男性の腕の付け根を止血した。応急処置程度だが、一命をとりとめるには役に立つだろう。

「俺は怪人を追います!」

 マルキは男性の体にしっかりと上着を縛り付けると、ブースターに乗り、親指でロックを解除した。

――ピピピ――本人確認。ロックを、解除します―

 アクセルを踏み、ブースターを走らせた。そして、ハンドルを握ったまま、左手首に装着しているナビ子に話しかけた。

「オーケーナビ子!」

――こんにちは――

 どうやら、顔のすぐ側でなくても、声を認識してくれるようだ。

「マルキ、変身!」

――変身、アトラス――

 マルキの頭からは二本のツノが生え、体は茶色く硬い甲殻に包まれた。変身と同時に、マルキはある脳波をキャッチした。ハザードの存在を把握できる脳波だ。これはおそらく、マルキが止血したあの男性を襲ったハザードだろう。そのハザードの脳波を頼りに、マルキは追跡していった。

腕を回収するハザード……。緑色の、バッタのハザード! マルキの脳裏に、マーソン夫人が思い浮かんだ。そして、夫人に抱き着いて泣く、娘の姿が思い浮かんだ。

――お父さん……どうしていなくなっちゃったの……?――

あの子の父親が、いなくなる理由などない。突然に、何の理由もなく、命を奪われたのだ。許さん……! 追いかけて……! ボコボコにしてやる! ボコボコにして……!

 マルキは、街の角を曲がり、道路を直進し、ハザードの後を追った。ハザードの速度もかなり速く、近くなっては遠く、遠くなっては近付いたが、半径二〇〇メートルよりは遠くにいるだろう。

 ! マルキは驚いた。なんと、ハザードの動きが止まったのである。一歩も動かなくなった。マルキも脳波を発しているのだから、おそらく、相手もマルキの位置が分かっているはずだ。それなのに、相手は立ち止まった。仲間か何かと勘違いしているのか? だったら残念だ。俺は今から、お前を倒しに行くんだからな。

 マルキはひたすらマシン・ブースターを走らせた。あとは、今目の前にある道路を直進するだけだ。ハザードは止まっているので、どんどん接近できる。あと二〇〇メートル! あと一〇〇メートル! あと五〇メートル!

 え! マルキはそこで止まった。ある建物にたどり着いたのだ。この距離なら、おそらく建物の中に相手はいるだろう。その建物とは、ネブラスカ大学である。高さ四〇メートルはあるかと思われる石造りの校舎が立ち並んでいる。マルキはブースターから降り、門を通って大学の中に入っていった。あと四〇メートル。

 もうすっかり夜になり、学内は人気がない。校舎と校舎の間と通った。あと三〇メートル。そして、開けた庭のようなところへたどり着いた。その庭は石畳で、足元は一面灰色だ。なにかオブジェなどもない、シンプルな空間である。その真ん中に、やつはいた。



**



 広い石畳の庭で、マルキは敵と向かい合った。そいつは全身緑色、頭からは二本の触角を生やし、体は緑の厚い皮膚に覆われ、足は筋肉が詰められたかのように太い。こいつが、バッタのハザードに違いない。ヴォイニッチ手稿を盗み、足や腕を切断する殺人を犯した、バッタのハザードだ! ヴォイニッチ手稿事件から二か月、マルキはついに、犯人と対峙したのであった。

敵はあらかじめ、マルキを待っていたかのようにたたずんでいる。いや、実際待っていたのだ。

「おう! なんか妙な脳波が追ってくるなと思ってな。気になるから待ってたのさ! お前ひょっとして、ニンゲンか? ニンゲンが変身したのか? 他のハザードとは脳波が全然違う。見たところスタッグビートルタイプだな」

「そうだ、人間だ」

 敵は大笑いした。

「アハハハ! こりゃ面白い! ニンゲンが変身だって! 立ち止まって待った甲斐があったってもんだぜ! 珍しいもんが見れた。だが、俺の足を着かず離れず追ってくるとはなかなかだな。お前の体の構造的に、素早く走ることができるような感じじゃない。それほどのスピードが出せるとは思えねえ。おおかた、バイクか何か、乗り物を利用したってとこだろう」

 マルキは答えず、あるものを指さした。それは、敵の少し後ろにある、黒い袋だ。中身が見えないが、おそらくこのハザードが持ってきたのだろう。

「おい。俺からも質問がある。そこにある黒い袋……そいつの中身は何だ!」

「ああ、これ?」敵はちらりと黒い袋を見た。「腕だけど? ニンゲンの腕」

 マルキがここへ来る途中に会った、男性の腕だ! 止血してあげた、あの人の腕だ! それをこいつは、まるで荷物でも運んでいるかのような口調で言いやがった……!

 マルキの体が、ブルブルと小刻みに震えた。そして、拳をぎりぎりと握り締めた。マルキは力強く、敵の方を指さした。

「お前は……! お前だけは……! 地獄に落としてやる! 絶対に!」

「ハッハッハ。やる気満々かよ」敵は足を踏ん張り、両腕を前に構えた。「まあ、俺もそのつもりだから、好都合だぜ」

 マルキも、両腕を前に構え、前方のスキを無くした。今、敵との距離は五メートル程度だ。

ド!

 足を踏みしめる音とともに、敵が接近した。一呼吸するときには、もうマルキの眼前にいる。速い! 素早いジャブで、マルキの顔を攻撃してきた! マルキはうまいこと左腕でこれをガードした。しかし、そのスキに、腹に一発パンチをもらった。

「この!」マルキも右腕を繰り出した。だが、そのパンチは空振り。敵はものすごい速度で後退し、五メートルほどの距離をとったのだ。

ド!

 離れたかと思うと、敵はもう一度急接近し、マルキの左側へ回った。

「おりゃあ!」敵は左腕を繰り出し、マルキの横腹を殴った。

「ぐわ!」マルキは一瞬横に揺れながらも、体勢を立て直してパンチを放った。だが、敵は高速で後ろに下がり、マルキのパンチは空振りした。

 また、敵との距離が空いてしまった。

「どうしたどうしたァ! 一撃も当たらねえぞ!」

 ああ! なんと腹立たしい敵だ! 一刻も早くぶん殴りたい! ぶちのめしたい! ぶん回したい! ボッコボッコにしたくてたまらない! マルキの精神を怒りが支配していた! だが、奇妙なことに、同時にマルキは思考の一部に冷静な場所を持っていた。その場所は極めて落ち着いて、戦闘を分析していた。

 戦わなければならない。戦って、倒さねばならない。父を失った娘の涙、あんな涙を流す人がいないように。警察の仲間達を守るために。人間の社会を守るために。このバトルのためなら、俺は死んだってかまわない。

マルキは腕を顔の前に構えながら、考えた。すでに三発もらった。そのうち二発はガードが間に合っていない。対して、こちらの攻撃は全て空振り。相手の攻撃が当たり、自分の攻撃が当たらない。なぜか? その理由は簡単だ。スピードにおいて、マルキが負けているからである。バッタのハザード、この敵も、自分がスピード的有利に立っていることをよく理解しているのだ。

 だからこそ、ヒットアンドアウェイの戦法を使っている。一気に間合いを詰め、殴れるだけ殴り、マルキが反撃してくるタイミングで遠くに避ける。マルキのリーチが届かない範囲をキープすることで、攻撃を受けないようにしているのだ。

 だが、敵のパンチはあまり強くはない。マルキとしては、この先何発受けても倒れる気はしない。おそらく、あらかじめ回避を考えているので、体重をかけた攻撃ができないのだろう。夜明けまで攻撃をくらい続ければ力尽きるかもしれないが、ヒットアンドアウェイは戦闘中の移動が多く、続けようものならば、体力は敵の方が先に尽きるだろう。だとすると、敵は長期戦を嫌うはずだ。どこかのタイミングで、重い一撃、必殺の一撃を入れたいに決まっている。そしてやつの必殺技は、あの脚を利用するに違いない。あの太くたくましい脚の一撃だ。

 そのときマルキは、ある異常な回答にたどり着いた。

 マルキは突然、構えていた両腕をおろし、ぶらりと垂らした。その様子を見て、敵は驚きの声をあげた。

「おい! どうした? 構えないのか?」

「ああ、必要ない」

「なに!」

 マルキは深く息を吸って、その言葉を放った。

「聞こえなかったのか? お前みたいなサンシタ野郎に、構える必要なんかないって言ってんだ……! かかって来いよ……! ビビってんのか?」

「なんだと! ニンゲンが調子に乗るなよ!」

ド!

 さっきと同じように、敵は勢いよく接近し、一気にマルキの手前に来た。そして、ガラ空きの頭めがけて、キックを放った! 太い右脚が、マルキの頭に直撃しようとした。だが、すんでのところでマルキは左腕を出し、ガードした。

バキバキ!

生々しい音を立て、マルキの左腕がくの字に折れた。

「アハハハハ! ざまあねえ! これで左腕は使いものになら……」ボ!

 マルキは敵のあばらめがけて、右腕を繰り出した! そのパンチは敵の胸に直撃し、そのまま腕を振りぬいた。敵の体は緑の血を石畳にたらしながら、弧を描いて飛んだ。そして、ゴロゴロと地面を転がった。

 マルキはぐしゃぐしゃに折れた腕を垂らした。一方敵も、地に腕を突きながら、体を起こそうとしている。

「おい……マジかよ……。もしかして今のは「わざと」なのか? お前の作戦なのか? だとすると、さっきの挑発も作戦のうち! 自分の左腕を犠牲にして、俺に一撃を浴びせた……」

 敵の声が震えている。もしかして、敵は恐怖しているのか? だとしたらもうけものだ。マルキは、精神的に有利に立ったかもしれないと感じた。だが、その予想ははずれた。立ち上がった敵は、大笑いをしたのである!

「アハハハハ! アハハハハハ! やばいぜお前、頭のネジがはずれてやがる! ぶっ飛んでやがる! クレイジーだ! そんな作戦普通は思い浮かばない! 思いついても実行しない!

お前とのバトルは、この世のどんなゲームよりも面白い! このバトルのためなら死んだっていいくらいだ!」

 マルキは驚愕した。敵は「このバトルのためなら死んだってよい」と言ったのである。

 マルキは、大切な人を守りたい。ハザード達の殺害や襲撃のために、涙を流す人も見たくない。大切なものを守るために戦っている。一方この敵は、人を無残に殺害し、しかも戦いを楽しんでいる。一見、正反対の感情を持って戦っている二人だが、その二人の心情は結局、「このバトルのためなら死んだっていい」という言葉にたどり着くのである。戦闘の最中、マルキはこの不条理にゾッとした。



**



 左腕を骨折したマルキと、右脇腹から緑色の流血をしているバッタのハザードは、依然、石畳の広い庭で向かい合っている。バッタのハザードは、左脇腹から流れる血を抑えながら、マルキに話しかけてきた。

「お前、気に入ったぜ。俺の名はバーチカル。お前は?」

「お前のような悪党に名乗る名はない!」

バサ……! バサ……!

 そのとき、マルキの頭上からある大きな音が聞こえた。ハッとして上空を見ると、鳥のような翼を持つ者が見えた。夜空に浮かぶその翼は茶色く、ジャンヌの姿とは違う。鳥のような者は素早く降りて地上に足を突いた。

「バーチカル!」ちょうどマルキとバーチカルの間に立った彼は、太く聞き取りやすい声でバーチカルを呼んだ。舞い降りたその姿は、顔を白い羽毛に覆われ、全身は茶色くつやつやした羽に包まれている。一見、美しいスーツを着ているようにも見える。

「リーダー!」バーチカルは着地した鳥のような男を見た。

 リーダー! そうか、この鳥男が、ハザード達のリーダーなのか! リーダーと呼ばれた鳥のハザードは、バーチカルに話しかけた。

「バーチカル、腕の回収は済んだのか?」

「ああ、済んだよ」バーチカルは、自分の後方にある黒い袋を指さした。

「よくやった。ならば、戦う必要はない。帰るぞ」

「嫌だよ。こいつとの決着がついてない!」バーチカルは今度、マルキの方を指さした。

 鳥のハザードはマルキの方を向いた。今マルキは、鳥のハザードと目を合わせた。マルキは一瞬、全身が石に変化したかのような感覚に襲われた。やつの、黄色い目玉の中心にある黒い点を見たとき、ぴくりとも動くことができなかった。その目を見るだけで、マルキの本能は気付いたのである。こいつは、こいつだけは格が違う! マルキは、自分が到底かなわないだろうということを、思い知ったのである。今まで出会ってきた敵、ジャックやハッシュらとも、全く違う次元にいるだろう。理由は分からないが、それほどの圧力をやつの黄色い目は語っているのである。

 鳥のハザードも、マルキが放つ独特の脳波に驚いたようだ。

「む、変わった脳波だな。お前はもしかしてニンゲンか?」

 マルキが答える代わりに、バーチカルの方が先に声を発した。

「そうだ! ニンゲンが変身してるんだぜ! 面白いだろ!」

「なるほど、確かに興味深い。ところでバーチカル、話を戻すが、君は既に腕の回収を済ませた。戦闘の必要はないはずだ。さあ、引き返そう」

 バーチカルはリーダーの方を見ていない。かといってマルキの方も見ていなかった。どこを見ているのか分からない虚ろな目で、バーチカルは答えた。

「なあ、止めないでくれよリーダー……。こんなゲームを終わらせるなんてもったいないよ。なあ、ほっといてくれよ」

 鳥のハザードはため息をついた。

「はあ。分かった。好きにするがいい。ただ、腕は俺が持っていくぞ」

「ありがとう、リーダー」

 鳥のハザードはスタスタと歩き、バーチカルの後ろにある黒い袋を背負った。そして、茶色く巨大な翼を広げた。

「では、健闘を祈るよ」鳥のハザードは上空へ浮かび、空中を進み始めた。腕が持っていかれてしまう! マルキは足を踏み出した。

「ま、待て!」

「お前の相手はこの俺! バーチカルだ!」

 バーチカルは叫び、鳥のハザードは無視して翼を羽ばたかせている。みるみるうちに、茶色い背中は小さくなっていた。今はとにかく、バーチカルを倒すしかないのか……。マルキはバーチカルの方を向いた。

「いいだろう。ケリをつけよう」マルキは両腕を前に構えた。

「へへへ……簡単にくたばってくれるなよ?」バーチカルも足を屈め、姿勢を低くした。

ド!

 バーチカルが強く地を蹴り、一瞬でマルキの目の前に来た! そして、左側に回り込んできた! 左腕が折れているから、こうして回り込めばマルキの反撃を受けにくくなる。相手はまだまだ冷静だ! バーチカルは、腕を繰り出してきた。

「ぐわ!」マルキはなすすべなく、そのパンチを横腹にうけた。だが、すぐに右拳を突き出し、顔をめがけて反撃した。しかし、その攻撃は空振りした。バーチカルはまたも、強力な脚を利用して一気に後ろへ退いたのだ。ヒットアンドアウェイの戦法を一貫して使ってくるつもりだ。

ド!

 間髪入れずにバーチカルがまた接近してくる! 作戦を考えるような暇はもう与えない気だ。マルキは、バーチカルが自分に近付き、攻撃してくるまでの間にめまぐるしく考えた。おそらく、相手は自分の腕が折れていることを利用してくるはずだ。さっきと同じように、左側に回り込んでくる可能性が高い。もし予想が外れて右から来れば、右腕でガードすれば間に合う。今はただ、左からの攻撃に集中するんだ!マルキは相手の動きに全神経を集中させた。

 バーチカルは案の定、左側に回り込んできた。そして、パンチを繰り出した! 予想通り!相手の攻撃もはっきり見える! マルキは身を屈め、そのパンチを避けた。そして伸びきった相手の腕を掴み、一気に身を回転させた! そのまま背負い投げるのだ!

「おりゃああ!」マルキは片腕で相手を背負い、そのまま石畳の地面に叩きつけた!

「ぐわあ!」バーチカルの体は背中から地に落ち、勢いで地面にヒビが入った。今、バーチカルは地に仰向けに倒れている。マルキはすかさず、右腕に全体重をかけ、バーチカルの胸を殴った。

ボゴオ!

バーチカルの肋骨が砕ける音が響いた! そして、マルキの拳はバーチカルのコアに到達した! やつのコアを破壊することに成功したのだ!

 マルキは、バーチカルの胸に埋まった腕を引き抜いた。緑色の血がべったりとついている。バーチカルは陥没した肋骨を抑えながら、マルキに遺言を放った。

「ハハハハ……! ニンゲンの戦士マルキよ。お前の勝ちだ! だが、俺達の野望が果たされれば、ニンゲンは皆終わりよ! 俺に勝ったところで、お前やニンゲン達の運命は変わらない……!

ハハハハ……! 地獄で待っているぞ! アハハハハ!」

 瞬間、バーチカルの胸は小爆発を起こし、その体は動かなくなった。マルキは、緑色の、バッタのような怪人の死体をぼんやりと見つめた。マルキの頭の中を、バーチカルの不気味な笑い声が反響していた。

アハハハハ! アハハハハハ! アハハハハハ!



**



 僅かに差し込む街の明かりだけが内側を照らす、夜の廃ボウリング場。ハザード達のリーダー、スパイクナードはレーンの近くの椅子に座っていた。そばには、黒髪で黒い瞳の大男、シナモンが立っている。

「よし。そろそろ、シャワー・マシンの材料が揃ってきたな」とスパイクナード。

「ああ」

「シナモン。俺達の野望を達成させる前に、確かめたいことがある」

「……」シナモンはただ口を閉ざしている。それは、スパイクの答えを待っているかのようだ。

「俺達が戦ってきたのは、どんな敵かということだ」

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