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夫婦(1)

白を基調とした美しい聖堂に、深みのある低い声が響く。


「ヴァレリアン・フォース・ルケテルゼ・オルヴィシアラ。汝はこの女性、クローディア・リ・オルシェ・アウストリアを妻とし、病める時も健やかなる時も、共に助け合い、互いを愛すると誓いますか」


「誓います」


「クローディア・オルシェ・アウストリア。汝はこの男性、ヴァレリアン・フォース・ルケテルゼ・オルヴィシアラを夫とし、病める時も健やかなる時も、共に助け合い、互いを愛すると誓いますか」


「誓います」


ある花を模して造られた巨大な花の像の前で、ふたりは司祭を間に向き合っていた。


長きに亘って根付いた国の文化を撤廃し、先ずは自らがという想いで純白の衣装に身を包んだふたりは、互いに晴れ着を見つめ合いながら微笑んだ。


クローディアは純白のドレスとヴェールを身に纏い、頭上には真珠とアクアマリンが耀くティアラを。


ヴァレリアンは純白のタキシードに、黄金の刺繍が入った瑠璃色のマントを。


「──やっぱり、ディアは白が一番似合うね」


少し照れ臭そうに微笑うリアンが、ゆっくりとヴェールを捲る。


クローディアは返事の代わりに瞬きを一度してから、目を閉じた。



「──ああ、なんて良き日だ!」


紫色の髪と瞳を持つ見目麗しい青年が、晴れ晴れとした表情で声を上げた。


青年の名はローレンス。アウストリア帝国の皇帝の弟であり、オルヴィシアラ王国の王妃とは腹違いの兄妹である。


嬉しくて仕方がないといった様子のローレンスの隣にいた帝国の皇帝・ルヴェルグは、苦笑を浮かべながら弟の肩に手を置いた。


「ローレンスよ。嬉しいのは分かるが、目の下の隈は隠せていないぞ。式は無事に終わったのだから、少しくらい休んだらどうだ?」


「何を言っているのかね、兄上よ。今夜は近親者のみでの食事会があるではないか。明日は民衆の前でパレードもあり、夜は舞踏会だ。新国王夫妻の兄たる僕が休むわけにはいかないのだよ!」


ルヴェルグはやれやれと肩を落とした。

ローレンスは国王を失った王国の政治体制を建て直すべく、数ヶ月の間王国へ赴いていた。


寝る間も惜しんで現状の把握、旧制度の撤廃、法の見直し、新制度の取り入れなどを行い、いつ新国王を迎えてもいいように国の中枢をまとめ上げていた。


そして今日、改装したばかりの大聖堂にて、ついに新国王夫妻の結婚式とともに即位式が執り行われたのだ。

「──失礼するよ、ローレンス。…おや、兄上も一緒でしたか」


落ち着きのないローレンスと普段通りなルヴェルグの元に、エレノスがやって来た。


エレノスは二人とは腹違いの兄弟であり、ルヴェルグのすぐ下の弟だ。本日即位した新王妃・クローディアとは同じ母親から生を受けた兄でもある。


白銀色の長い髪は歩くたびに優雅に揺れ、長いまつ毛に縁取られている菫色の瞳はいつも柔らかに細められている。優美で美しい百合の花のような人だ。


「おお、兄上!クローディアとヴァレリアン殿下のご様子はどうだったかね?」


「緊張していたようだけど、ローレンスが作ったブーケに顔を埋めながら微笑っていたよ」


ローレンスは破顔した。自らの手で育てた花々で作ったブーケが役に立っているようだ。


「それはよかった!あの花束にはリラックス効果のあるハーブも入れたのだよ。そのハーブは他にも効能が色々とあってね、最近の専門家の研究によると──」


「ご、ごほんっ。兄上、この後のことで確認して頂きたいことがあるのです」


エレノスはローレンスの長話を阻止すべく、咳払いののちにルヴェルグを振り返った。無論、ローレンスは背を向けられても得意げにぺらぺらと語り続けている。


「それなら昨日のうちに全て済ませなかったか?」


「いいえ!まだ終わっていません!というわけでローレンス、その話はまたひと月後にでもよろしく頼むよ」


エレノスは一方的に話を中断すると、ルヴェルグの背を押しながら出口へと早足で向かう。


「ひと月後…?兄上!僕は兄上と南部の温暖な気候の影響について話したいのだが!」


ローレンスはそそくさと去っていった兄二人に向かって無念を叫ぶと、二人を追って駆け出した。



オルヴィシアラ王国は、大陸の最東にある国だ。


三方が海に囲まれ、西側にはアウストリア帝国がある。面積は帝国に次いで二番目に広い大国ではあるが、その大半が植物がうまく育たない土地である為、食料自給率が著しく低い国であった。


国民が主に食べるのは魚貝、海藻といった海の幸の類いで、小麦や果実は帝国からの輸入に頼っている。


幸い、一年を通して気温の変化があまりない為、過ごしやすい国ではあるのだが。


「──息を吐く暇もないね」


式を終えた後、晩餐会までの間は国内貴族及び他国からの賓客が王宮を訪れていた。ひっきりなしに続く祝辞と献上される祝いの品々に、リアンとクローディアは笑顔で返していたが、何時間も座って笑顔を作っているとなると流石に疲れてくる。


リアンは立ち上がって伸びをしてから、クローディアに手を差し出した。この後も予定は詰まっているというのに、気分転換にでも行くのだろうか。


クローディアは微笑みながらリアンの手に手を重ねたが、それを制止するかのように、斜め後ろに控えていた青年が咳払いをする。


「陛下、御辛抱を。あと一人で終わりますので」


抑揚のない声色から感情は窺えない。その声の主である青年は、ふたりが君主になると同時に宰相に着任したクラウスだ。


黒髪にアメジスト色の瞳を持ち、そこらの少女たちよりも肌が白いクラウスは、目が覚めるような美貌の持ち主である。


出身は王国だが、帝国内最難関の学舎を首席で卒業したクラウスは、ラインハルトの目に留まって以来その片腕として帝国の政界で活躍していた。


「あと一人なら……頑張るよ」


「ではお座りください」


疲れ切った顔で玉座に腰を下ろすリアンを、クローディアは苦笑を浮かべながら見守る。


王妃としてこの国に来てから、クローディアは王妃の椅子に座っていることしかまだできていない。


隣にいるリアンは国を建て直すべく、数ヶ月前から兄や政務官たちと奔走していて、王国と帝国を行ったり来たりしていた。


王妃となった自分には何ができるのだろうか。


クローディアは精一杯の微笑を飾りながら、今日で何十人目か分からない使者を出迎えた。


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