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夜明(6)

ふ、と。諦めたような、切ない微笑を浮かべたロイスチェラムは、リアンからルヴェルグへと身体ごと向き直った。


「……ルヴェルグ皇帝陛下。先ほど申し上げました通り、王国の正統な王位継承者はヴァレリアンです」


話すことはできないと言っておきながら、ルヴェルグの前で己の罪を明かしたロイスチェラムに、ルヴェルグは何も言わなかった。


罪を犯した者の父親であるというのに、縛ることも痛めつけることも、強いることすらしないルヴェルグに、ロイスチェラムは深々と敬意を表するように首を垂れる。


「身勝手ではございますが、私は本日を以て王座を返還いたします。正しき王に」


「……ヴァレリアン殿下が拒んだら、どうするつもりだ」


「その時はアウストリア帝国の皇帝陛下に。どうか廃れた我が国を、お導きください」


「勝手なのは親子共々だな。王でありながらその責務を全う出来なかったから、息子と他国に全てを投げるとは。…私は暇ではない」


だが、と。ルヴェルグは何かを言いかけると同時に立ち上がると、困惑に沈んでいるリアンの傍へ寄った。父子の間に立つと、凪いだ表情で口を開く。


「ロイスチェラム国王。国教会の解体、及び王妃一門の国外追放を条件に、我が国は貴国を統治しよう。だがそれは、ヴァレリアン殿下の苦しみが癒えるまでだ」


「………陛下」


「積年の苦しみや痛みというものは、その原因となったものが消えたとしても…癒えるものではない。突きつけられた真実を黙って受け入れ、前を向ける者などそういないだろう。私だってそうだ」


リアンが非道な扱いを受けていたのは、フェルナンドと教会が共謀したことによるもの。かの国王が神となれ崇められていたのは、そうしなければ消すことができない罪を犯した者がいたから。


ルヴェルグはロイスチェラムの告白からそれらを読み取り、理解すると同時に、何も語らなくなったリアンを想った。どれほど辛く、悲しかったことだろうか。


そして、深い哀しみの海に沈んでいたリアンを置いて──二人の王は証を立てるために直ぐに臣下を召集させると、玉座の間で約束を記した文書に署名をした。


本日これより、王国は帝国の統治下に入ること。国教であるオルヴィス教会は解体、今後は一切の宗教的な活動を禁じること。


王太子の身でありながら独断で軍を動かし、他国の領土を脅かさんとした王太子の母親──エルザ王妃とその一族・シャルマーニ公爵家はこれまでの罪が明らかとなり、一門は国外追放となった。


国王の座を返還したロイスチェラムは国が混乱に陥らないよう尽力した。三代に亘る王家の罪を明かし、正統なる王の名を民に告げると、帝国の監視下のもと離宮に移ることになった。


この事件により、王国は君主を失ったが、その代理人として帝国は皇弟ローレンスを遣わした。


国と民を守るために、療養中であった太皇太后と北方貴族に協力を仰ぎ、直ぐに軍を編成して国境に駆けつけたローレンスならばと見込んでのことだろう。



──事件から十日目の夜に、ようやくクローディアはリアンと再会した。一連の事件の後処理でリアンが王国に行っていた為である。


城に到着し、何よりも先にリアンはクローディアの下に行くと、ふたりは互いの無事を確かめるように強く抱きしめ合った。


「おかえりなさい、リアン」


「ただいま、ディア」


たったの数日離れていただけなのに、寂しさで胸がいっぱいだったクローディアは、少し痩せたリアンの頬に触れた。ちゃんと眠れていないのか、目元には隈が浮かんでいる。疲労も溜まっているのだろう。


再会の抱擁を交わした後、リアンは汗を流したいと言って浴場へ行った。それからほどなくして戻ってくると、ソファで座って待っていたクローディアの隣に腰を下ろした。


急いできたのか、髪はまだ濡れていて、ぽつぽつと水滴を落としている。それに気づいたクローディアはリアンが首に掛けているタオルをひったくるように取ると、わしゃわしゃと頭を拭いていった。


黄金色の髪が雫を纏わなくなった頃、リアンは思い詰めたような顔でクローディアを見ると、くしゃりと顔を歪めた。


「……ごめん。遅くなって」


クローディアは首を左右に振った。

最後にリアンと会ったのは、エレノスがフェルナンドを伴って城に帰還した日だ。クローディアはフェルナンドに人質に取られ、この南宮の庭へと連行されていた。


助けに来てくれたのは、遠い場所から来たアルメリアだ。

その時リアンは国境に現れた軍を止めるために王国へ赴いたと、翌朝ロイスチェラム国王を連れて戻ってきたと聞いている。


何と誇らしいことだろうとクローディアは思っていたが、リアンにとってはそうではないのか、沈んだ表情をしている。


「謝ることじゃないわ。リアンはリアンにしかできないことをしに行ったのでしょう?」


「……俺じゃない他の誰かでも出来たことだよ。むしろ、俺じゃなかったら、王のいない国になることはなかった」


リアンは絞り出すような声で告げると、苦しげな表情で俯いた。


「…父のじいさんは、王位を簒奪した人だったらしい。殺された王の曾孫が俺だから…俺が王になるべきなんだって、言われた」


「………リアン…」


「そんなの突然言われたって、どうしたらいいのか分からない。だったらどうして助けてくれなかったの?って思ったし、アイツが死んだ途端にこれだから、なんかもう疲れちゃって」


リアンは喋り疲れたのか、煽るように水を一杯喉に流し込むと、深いため息を吐いた。


重い話をしているというのに、クローディアの口の端には笑みが滲んでいた。こんなふうに本音を話してもらえたのが嬉しいのだ。


クローディアはリアンの手に自分の手を重ね、顔を覗き込んだ。相も変わらず綺麗な青い瞳とぶつかる。


「リアンは、どうしたいの?」


「…分からない。王になりたいかと訊かれたら、なりたくなんてない。…だけど、王にならないといけないのなら、逃げるわけにはいかないなとも思う」


リアンは王家に苦しめられてきた。だが王家の人間がリアンだけとなった今、それを継ぐ者が自分しかいないのならば、その責任は自分が負うべきだと考えているようだ。


そんなリアンに、自分ができることは何だろうか。

その答えが分かっていたクローディアは、リアンに優しく微笑みかけた。


「……そばにいるわ。何があっても」


暗闇の中から引っ張り出すように、リアンの手を己の方へ引き寄せる。


はっとして顔を上げたリアンは、クローディアの言葉で答えを見つけたのか、泣きそうに微笑み返した。


「…なら、後悔のないようにしようと思う。これからを生きるあの国の人たちが、俺を王にと望んでくれるのなら」


リアンは嘘偽りのない口調で、決意を表した。誰よりも近くで聞いていたクローディアの目の奥は熱くなり、たちまち視界がぼやけていく。


今にも涙を溢しそうなクローディアを見て、リアンの瞳も潤んでいく。それを隠すかのようにリアンは自分の両腕の中にクローディアを閉じ込めると、堪えきれずに泣き出したクローディアの頭を優しく撫でるのだった。

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