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夜明(3)

「……だというのに、父王は彼奴を後継にするという。あるべき姿に戻すのだと」


「貴方っ……」


「そんなのは許されない。だから私は教団と手を組み、彼奴を異端児に仕立て上げた」


淡々と語られた真実を聞いて、怒りが湧いたのはクローディアだけではなかった。前にいるアルメリアも同じ思いなのか、掌を握りしめている。


「私という存在をこの世に生み出した以上、あの国の頂点に立つのは私だ」


「そんなもののために、リアンを苦しめたというの!?」


ぽろぽろとクローディアの瞳から涙がこぼれ落ちる。声を張り上げたクローディアを見て、フェルナンドは満足そうに笑っていた。


「それの何が悪い? 王家の長子として生まれた私ではなく、まだこの世に生まれてもいなかった存在が次の王だと言われた私の気持ちは? 存在意義は? 私は何のために生まれたのだ?」


奇妙に歪んだ笑みで、縋るような視線を空へと向けながらフェルナンドは語る。


フェルナンドは常に自分が正しく、他が間違っているという考えなのだろう。そんな人間に生まれた時から虐げられてきたリアンは、十数年の月日をどんな気持ちで生きてきたのだろうか。


──『傍にいさせて』


長い雨に打たれても、強かに咲き続ける花のようだったリアンは、クローディアにたくさんのことを伝えてくれた。

理不尽な理由で数えきれないくらい傷ついてきたリアンがいつだって優しかったのは、きっと、誰よりも痛みを知っていたからなのだ。


そっと。クローディアの手に優しい熱が灯る。悲しくて悔しくて仕方がないという気持ちに寄り添うように、アルメリアが隣に立って手を握ってくれた。


「……可哀想な人ですね。玉座に執着するあまりに、人の愛し方も知らずに肉親をも手にかけるとは」


「それはお前も同じだろう! 私を捨て、帝国を愛し、私を処刑台に送ったお前が、愛を語るな!!」


「愛して欲しいのなら、どうして母上を愛し、幸せにしてくださらなかったのですか?」


アルメリアは凛とした表情で、きっぱりとした声でそう問うと、クローディアの手を引いてフェルナンドへと詰め寄った。


「貴方が大切にしていたのなら、真心を持って接していたのなら、母上はあの場所で死ぬことなく、私も共に生きていたでしょうに」


クローディアは俯いた。自分も同じことを思っていたからだ。


どうしてころしたのか、その答えがまだ分かっていないように、アルメリアの問いにフェルナンドは答えないのだろう。

いや、答えられないだろう。人の命を物のように扱う男なのだから。


隣にいるアルメリアからの視線を感じて、クローディアは顔を上げた。


柔らかい印象の目元は両親(ふたり)ではなくエレノスに似ている。すっと通った鼻筋はルヴェルグ似だろうか。フェルナンドに似ているところがひとつもなくてよかったと思う。


「……十五の時に皇位を継承した私は、叔父上によって支配下に置かれていた王国に赴きました。そして、牢に繋がれていたこの男に会った」


ぎゅっと、クローディアの手を握る力が強まる。

クローディアの死後のことを語るのが辛いのか、フェルナンドの話をしたくないのか、どちらなのかは窺えない。


「この男は言いました。息子ならば私を救え、ここから出せ、と」


「…………」


「母を愛していたかと問いかけた私に、この男はこう言ったのです。──愛などない、と。みんな死ねばいい、滅べばいいと言った。何も手に入らない生に意味などないとっ…」


アルメリアの声音は濡れていた。聞いていて堪らない気持ちになったクローディアは、白い頬にそっと手を伸ばした。


アルメリアは驚いたようにクローディアを見たが、すぐに笑んだ。瞳を哀しげに揺らしながら、再びフェルナンドを見据える。


「……そんなふうに語るこの男に、母は騙され、閉じ込められ、小さな部屋で命を落とした。母上はどんな想いで私を産んだのかと、私を恨んではいないかと、幾度も思いました」


「あなたを恨んでなんか…」


一度もないと言いかけたクローディアの声は、アルメリアの人差し指によって声にならなかった。


聞いてください、と。そう言うかのように、人差し指を唇に当てられ、声が喉元を越えなかったのだ。


「この男の刑が執行される日に、ある方がこう言ったのです。──“あなたは母に望まれて生まれてきた”と」


「───っ、」


「そう言ってくださったのは、二十年もの間、塔に幽閉されていた──ヴァレリアン殿下でした」


ぽろりと。またクローディアの瞳から涙がこぼれ落ちる。

王国に嫁いだ時、その名を聞くこともなければ姿を見たこともなかった。だから殺されてしまっていたのではないかと思っていたのだ。


けれど、リアンは生きていた。過去でも辛い目に遭っていたのに、それでも誰かに優しい声を掛けていたのだ。


「……そう、リアンが…」


囁きのような声を吐いたクローディアに、アルメリアは愛しむように微笑みかけた。


「あの方を選んだと聞いて、どれほど嬉しかったことか。今度こそ幸せになれる方と、歩まれてゆくのですね」


返事の代わりに、クローディアが涙ながらに頷いたその時。地を蹴る蹄の音と馬の嘶きが、こちらへ近づいてくるのが分かった。


振り返ると、皇宮の方角から数頭の馬が駆けてきている。先頭にいる人影を見て、クローディアはドレスを翻した。


「───クローディアッ!!」


駆けつけてきたのはエレノスと十数名の騎士だった。

エレノスは馬から飛び降りると、クローディアの身体を掻き抱いた。それと同時に、下馬した騎士たちがすぐさま周囲を取り囲む。

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