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夜明(2)

弾き飛ばされたフェルナンドの剣は、宙でくるくると回転しながら、花壇の土に突き刺さった。その拍子に痛めたのか、フェルナンドは手首を押さえている。


だがその双眸はクローディアの前に立ちはだかった何者かへと注がれていた。取り憑かれたように、じっと。


「神は何故、貴方のような人間に機会を与えたのでしょうか」


冷ややかな声がその場に響いた。その声は間一髪のところでクローディアを守った、目の前にいる人のものだ。


外套が風ではためいている。その人は凍りついたように動かなくなったフェルナンドに背を向け、クローディアへと向き直ると、そっとフードを下ろした。


露わになった顔を見て、それが誰かなど考えるまでもなかった。


「間に合ってよかったです」


クローディアを助けてくれたのは、自分と同じ年頃の少年だった。白銀色の髪と菫色の瞳を持つ、春の花のような柔さを纏う不思議な男の子。


その少年を、クローディアは知っていた。

一度だけ、会ったことがあるのだ。

悪夢から目を醒ましてから、翌る日の夜に──夢の中で。


その名を知っているというのに、奏でられずにいるクローディアを、少年は泣きそうな顔で見つめていた。だがクローディアが怪我をしていることに気づくと、血を滴らせている右手にハンカチを巻きつけ、着ていた外套をクローディアに羽織らせると、消えそうな微笑を飾った。


「ようやくお会いできましたね」


羽のように柔らかな口付けが、クローディアの手の甲に落とされる。それは帝国では近しい間柄である異性にする挨拶だ。


「……あなたは、アルメリア?」


「はい、母上。貴女の息子です」


腰が抜けそうなほどの安堵感を覚えながら、クローディは目の前に現れた少年の手に触れ、信じられないものを見るような気持ちで少年を見つめた。

その姿は涙でにじんでぼやけていった。


「──どうしてお前がここに?」


ふらりと立ち上がったフェルナンドが、目を見開きながらそう問いかける。


「それは私の台詞です」


少年──アルメリアは弾かれたようにフェルナンドの方を向き、クローディアを背に庇うと、フェルナンドの後方に聳える宮殿を見上げた。


「私は母が生前暮らしていた、この宮で育ちましたから」


クローディアは自分よりも頭ひとつ分背の高いアルメリアを見上げた。どうして自分が生きている過去にいるのか、どうやって来たのか、聞きたいことはたくさんあったが──今はただ、抱くことすらできなかった我が子の姿を見つめていたかった。


「……その手で血の繋がった父親を殺めておきながら、よくも顔を見せられたな」


「私に逢いたかったから、また母上のことを求め、このような凶行に及んでいるのではないのですか?」


「戯けたことを言うな」


苦々しげに奥歯を噛んだフェルナンドが、吐き捨てるように言いながらアルメリアを睨み付ける。

アルメリアは諦めたように笑うと、もう一度剣を抜いた。


「となると、玉座に座るためですかね。貴方は王妃と共謀し、国王陛下を御病気にしてその座に着いていましたから」


「一体どういうことなの?」


二人の話について行けていないクローディアは、アルメリアのコートの裾を握った。


言っている意味が分からないのだ。フェルナンドが自分に執着していたのは、帝国を手に入れるために、アルメリアの存在が必要なのだと思っていたから。

まるで、他に目的があったように聞こえる。


「母上、この男は誰かを愛し大切にすることなど出来ません。この男は玉座に座るために、貴女のような容姿の妻を欲しただけですので」


「私の容姿って…」


「白銀色の髪と菫色の瞳の王妃を、肖像画で見たことはありませんか?」


アルメリアの言葉に、フェルナンドの顔が不気味に歪む。唇はニィッと横に引かれ、笑っているようだった。


(───肖像画………あ…!)


記憶を巡らせたクローディアは、リアンと共に訪れた美術館で見た一枚の絵を思い出した。


その絵は金色の髪の王と、白銀色の髪の女性が寄り添っているものだった。その絵をリアンは神だと言ったが、館長は否定していた。



──『今から五十年ほど前に、隣国オルヴィシアラより贈られたものなのです。王国の国王夫妻の肖像画だそうで』


──『…国王なんて初耳。国じゃ神だ神だって皆崇めてるだけなのに』


──『我が国には、国王夫婦と伝わっております。アターレオ国王陛下と、そのお隣はスタンシアラ王妃だそうです』


王国に自分と同じ髪色の王妃がいたから、何だと言うのか。

フェルナンドが自分を欲した理由が、そこにあるのだろうか。


「……スタンシア王妃と、アターレオ国王?」


クローディアの呟きに、アルメリアは頷く。


「そう、数代前の王国の国王夫妻です。この男は二人を殺めて玉座を手にした逆賊の子孫。国王陛下は血筋を正そうとされましたが…」


何がおかしいのか、フェルナンドは不気味に笑い出した。


「クローディアを妻にすれば、罪も何もない。初めから正統なる王は自分だったと証明できると思ったんだがな」


禍々しさを宿した青い瞳が、クローディアへと向けられる。


いつだって真っ直ぐで、綺麗だったリアンのものとは似ても似つかないその瞳に、ひと時でも心を奪われ、簡単に騙されてしまったかつての自分を恨めしく思った。

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