夢路(5)
ルヴェルグの後を追い、リアンと共に謁見の間に向かったクローディアは、ホールの中央にエレノスの姿が見え、ほっと胸を撫で下ろした。だがエレノスの隣にはフェルナンドが、その背後には見慣れない格好だけれど武装している集団がいる。
先を歩いていたリアンがぴたりと足を止める。リアンはクローディアを引き寄せ、二人は大きな柱に身を隠すようにして向こう側を伺った。
「あれは……教団の騎士団だ」
「王国は軍を持っていないのではないの?」
「あれは軍じゃない。見た目も中身も軍と変わらないけど、教団の手足になって動いてる奴らだよ」
教団の警護、任務の手伝い、異端者を捕縛したりするのが主な仕事だとリアンは語った。だが鎧も剣も纏っているし、人を斬ることも厭わない彼らは、騎士ではないと誰もが思っていると言う。
「俺が知る限りでは、国を出たことはないはず。何しに帝国に来たんだろう」
それに、とリアンは低い声を出す。
「どうしてエレノス様は……黒装束を」
「黒装束?」
クローディアはもう一度エレノスの服装を見た。
エレノスは襟のあるロングコートに、フリルのようなタイが光るブラウス、ショートブーツを履いている。それらは全て黒く、改めて見ると上から下まで黒い服を着ていた。長い銀髪は結われておらず、さらりと後ろに流されている。
いつも白や淡い色を服を好んで着ていたエレノスは、黒い服もよく似合っているが──見つめているうちに、クローディアはリアンの言葉の意味を理解した。
黒はオルヴィシアラ王国にとって慶事の色で、国民はおめでたい日にその色を身に纏う。反対の時は真っさらな雪色を。
ただ王家の人間は一年中黒い服を着ている。かつてクローディアが嫁いだ時もドレスは黒く、その後の生活でも就寝時以外では黒色を纏っていた。
だから変なのだ。帝国の皇族であるエレノスが、黒一色の姿でいることが。
「──皇帝陛下に拝謁致します。報せを受け、急ぎ帰国しましたが……遅くなり申し訳ございません」
「顔を上げよ、エレノス」
ホールの中央で交わされたやり取りは、いつもと変わらない光景だ。隣国に行っていたエレノスが、ルヴェルグに呼び戻されて帰国した。ただそれだけのことのように思えるが、エレノスの留守中に事件が起きた。
その事件への関与を、エレノスは疑われている。
「手紙にも書いたが、そなたを呼び戻したのは事故が起きたからだ。何者かによって孤児院が爆破され、クローディアとヴァレリアン殿下がそれに巻き込まれた。また、同日にローレンスが何者かに拉致され、行方知れずとなっている」
淡々とした口調でルヴェルグは告げた。
クローディアとリアンは無事で、既に城に帰還したことを言わなかったのは敢えてのことだろうか。
弾かれたように顔を上げたエレノスは、目を大きく見開いていた。
「……事故に巻き込まれたふたりは、無事なのですか…?」
(───っ!)
絞り出されたような声は、掠れていて、震えていた。それを聞いて、やはり兄はあの爆発事故とは無関係なのだとクローディアは確信する。
「………エレノス」
ルヴェルグは瞳を細め、エレノスを真っ直ぐに見つめている。
何かを抜かれたような表情でいるエレノスはゆらりと立ち上がると、覚束ない足取りで歩き出す。ふたりが互いに手を伸ばせば触れられる距離になった時、エレノスは膝から崩れ落ちた。
「クローディア、は…」
「エレノス」
「私の大切なあの子は、無事なのですかっ…!?」
エレノスの綺麗な顔が歪む。その両目からは悲しみの雫があふれ、大理石の床にぱたぱたと落ちていった。
「…おにいさま……」
クローディアは今すぐ飛んで行きたかったが、初めて見るエレノスの涙を前にしたら、足が動かなかった。
自分は無事で、こうして生きていると伝えたい。あの腕の中に飛び込んで、優しく頭を撫でてもらいたい。
だけど──。
「……そなたは、あの事故と無関係なのだな?」
確かめるような声音で、そう問いかけたルヴェルグは、エレノスの肩にそっと触れた。
「何を仰るのです! 私があの子を傷つけるわけがないでしょう?!」
「ならば何故、我らの弟であるローレンスのことには触れぬのだッ!?」
「っ……!」
縋るような声で関与を否定をしたエレノスは、呆然とした表情でルヴェルグを見上げていた。
声を荒げたルヴェルグは玉座から立ち上がり、肩で息をしながらエレノスを見下ろしている。その眼差しは深い悲しみで満ちていた。
「……そなたがクローディアを傷つけることはないと、分かっている。私はそなたらが生まれた時から共に在る、兄だからな」
「あにう──」
「だがそなたが一番大切にしているものは、アウストリア皇家ではなく、クローディアだろう。我らのことも大事に想ってくれていただろうが、そなたの一番はいつだってクローディアだった」
信じていた。エレノスがクローディアのことを傷つけることは決してないと。それは同じ血を引き、生まれた時からその傍で慈しみ、深い愛を注いできた存在だからだ。
だが、エレノスにとってローレンスは弟でしかない。ルヴェルグが兄でしかないように。ふたりはクローディアとは並んでいないのだ。
それでもルヴェルグは構わなかった。同じ血を引く妹には敵わなくて当然だと思い、家族として愛情を持って接してくれればいいと。
ずっと仲良く助け合っていけたらいいと思っていたが、そう思っていたのはルヴェルグだけなのかもしれない。
「──申せ。そなたはローレンスを拉致した輩と関わりがあるのか? 現場にはオルヴィシアラの矢が落ちていたのを知っているか? 此度オルヴィシアラに行っていたのは、何をする為だ?」
「それ、は……」
誰もが知りたかったことを早口で捲し立てたルヴェルグは、腰に佩いていた剣を抜き、エレノスの首筋に当てがった。
銀色の刀身が陽に照らされ、冷たい光を放つ。ルヴェルグの瞳はじりじりと燃え盛る炎のような強い光を宿していた。
「そなたは私の半身同然であることを理解しているのか? 私が死んだら、この国を導いていくのはそなたなのにっ…!」
「───お止めください、皇帝陛下」
今まで一言も発さなかった男の声が、その場に響く。
何故かエレノスと共に来ていたフェルナンドが、剣を手にふたりの間に割って入った。
その光景を見て、耐えかねるものがあったのか──今まで柱の後ろに身を隠していたリアンが、クローディアの手を離して立ち上がった。
「リアンっ…?」
「ディアはここにいて」
リアンは口元だけで微笑うと、堂々とホールへ出て行った。
リアンが現れたことに一番に気づいたのはフェルナンドだった。エレノスを庇うようにして立っていたが、リアンが来たのに気づくと剣を鞘から抜き、その切先をリアンへと向ける。
「ヴァレリアンッ…」
ステンドグラスから差し込む様々な色の光が、リアンの黄金の髪を美しく照らす。ルヴェルグよりも色素が薄いそれは、陽の光を受け、月のように神秘的で眩い光を放っていた。
「まさか生きていたとは、って言いたそうな顔ですね」
「貴様、なぜっ…」
「子供たちが外で遊んでいたので、俺も外にいたんです。だから免れることができた」
フェルナンドは苦虫を噛み潰したような顔で、リアンとの距離を詰めると、今にも斬りかかりそうな勢いでリアンの喉元に剣を突きつけた。
だが、リアンは臆しなかった。
「貴方でしょう? エレノス様を使って、孤児院への物資に爆発物を紛れ込ませたのは」
「…………」
「俺が建物に入った頃合いに爆発するよう仕掛けたみたいですが、残念でしたね」
「………貴様」
つぅ、と剣の先がリアンの肌に触れ、鮮やかな朱色が流れる。それでも表情一つ変えなかったリアンは、腕で剣を払い退けるように動かすと、頭ひとつ分背が高いフェルナンドの胸ぐらを掴んだ。
フェルナンドは虚な目でリアンを見ていたが、何がおかしいのか、高らかな笑い声を響かせた。
「ふふ、はは…ははっ、はははっ…!!!」
「──何が可笑しい」
「愉快で仕方ない!」
フェルナンドは剣を持っていない方の手でリアンの手首を掴むと、勢いよく後方に突き飛ばした。
その光景を前にして、隠れてなどいられなかったクローディアは、ドレスを翻してリアンの元へと駆け寄る。
「リアン!!」
だが、クローディアの前にフェルナンドが立ちはだかった。
待っていたと言わんばかりに、フェルナンドは両手を広げ、不気味な笑みを飾る。
その向こうで項垂れていたエレノスが顔を上げ、クローディアの名を呟いた。無事だったことに安堵したのか、もう一雫の涙をこぼしている。
「──会いたかったよ。クローディア」
「……私は貴方に会いたくなんて」
「いいや、会いたかったはずだ! お前の伴侶は私でなければならないのだから!」
フェルナンドは嬉々とした表情でそう言い放つと、クローディアの首元に片腕を回し、その首筋に剣を当てた。
「クローディア!!!」
「ディアッ!!」
「ッ……フェルナンド殿下! 何をされるのですか!」
人質に取られたクローディアを見て、リアンと兄たちが声を荒げる。片腕だけだというのに、凄まじい力で首元を絞められていたクローディアは苦しさから顔を歪め、呻き声を上げた。
そのままクローディアを引き摺るようにして、教団の騎士たちがいる方へとフェルナンドは後退りすると、アウストリアの皇族たちが揃って焦った表情でいるのを見て、また高らかに笑った。
「全員その場から動くな。一歩でも動いたら、クローディアを殺す」
「なっ…!!」
「クローディアの命が惜しければ、私の言うことに従ってもらおう」
皇帝の護衛として控えていた騎士たちが、騒ぎを聞きつけたのか駆けつけてきたが、ルヴェルグが手に持っていた剣を放り投げたのを見て、それに倣うように武器を手放した。
「フェル、ナンドッ…」
クローディアは必死に抵抗したが、男であり武術を嗜んでいるフェルナンドの力には敵うはずもなく、為す術もないまま引き摺られていく。
ホールの出入り口の前で手と脚を縄のようなもので縛られ、抵抗することすらできなくなると、クローディアはフェルナンドに横抱きにされて外へと連れて行かれた。
「私をどうするつもりなのっ…?!」
「まだどうもしない。…まだ、な」
フェルナンドは青色の瞳にクローディアを映すと、静かに笑った。




