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夢路(3)


「──皇都に戻るだと? このような時に」


クローディアとリアンの決断に、セリエスはいい顔をしなかった。それはそうだ、ふたりを襲った爆発事故がただの事故だったのか、それとも事件だったのか分からないのだから。


そのうえローレンスの安否も分からない今、皇都に戻るのは危険だと判断するのは当たり前のことだ。


そんな祖父の考えを分かっていても、クローディアに“行かない”という選択肢はなかった。


「このような時だからこそ、戻りたいのです」


セリエスは灰色の目を細めながらクローディアを見遣った。


若くしてこの世を去ったセリエスの娘──ソフィアとクローディアは良く似た顔立ちだが、クローディアの瞳はルキウスに似ていた。その眼差しは一度決めた道は絶対に曲げない、意志の強さを放っている。


「ローレンス殿下の無事が分かるまで、或いはエレノスが何事もなく帰還するまで、ここに滞在するのが良いと私は思うのだがな」


「お兄様達がいない今、ルヴェルグ兄様は大変だと思うのです。私が戻ったところで、出来ることは少ないですが……家族として、お側に居たいのです」


「……そうか」


それでも行こうとするクローディアを止める権利を、セリエスは持たない。かつて反対を押し切って行ってしまった娘の姿をクローディアに重ねたセリエスは、その表情を柔らかにさせた。



オルシェ公爵家の本邸から皇都までは、馬を飛ばして半日の距離だ。公爵領と隣国──オルヴィシアラとの境にある大河と繋がっている川を渡ると、アウストリア皇城は見える。


「──もうすぐ着くよ。ディア、お尻は大丈夫?」


公爵領を出た二人は馬に乗って皇都へと向かっていた。


「大丈夫じゃないわっ…」


クローディアは泣きそうな声で言ったが、向かい風に逆らうように馬を走らせている今、この声は目の前にいるリアンに届かないだろう。


クローディアは今、リアンと同じ馬に跨り、リアンの腰に手を回している。乗馬は皇族の嗜みだが、クローディアは身の安全のために許されなかった。だからこれが初めての乗馬だ。


(……馬って、こんなにも背が高いのね)


リアンの光の色の髪が風に靡いている。それに触れることができたのは、つい昨夜のことだった。


髪に触れてみてもいいかと尋ねたクローディアを、リアンは目を丸くさせて驚いていたが、すぐに笑んで頷いた。さらさらとしていたリアンの髪は高価な糸のようで、ふんわりとお日様の匂いがした。


「ディアを馬に乗せたって義兄様方に知られたら、怒られるだろうな」


「ふふ、そうね。ベルにも止められたけど、一刻も早く帰りたかったから」


クローディアをよく知るベルンハルトは、馬を飛ばして帰ると言ったことにとても驚いていた様子だったが、それならば一緒に乗ろうとリアンが手を差し出してくれたのだ。


(…リアンはいつも、私に手を差し出してくれる)


悲しい気持ちになった時、困った時、嬉しかった時。


思い返せば、リアンはいつも手を差し伸べてくれていた。そんなリアンにクローディアも優しさを返せているだろうか。



半ば飛び出すようにして首都へと向かった二人が皇城に到着したのは、昼を回った頃だった。


「こ、皇女殿下っ!?」


「ヴァレリアン殿下ッ…!」


何の知らせもなくクローディアとリアンが城門に現れ、衛兵は固まった。


偶々見回りでその場に居合わせた騎士は二人が同じ馬に跨っていることに更に衝撃を受け、伝令を忘れ美しい皇女夫妻に見入っていた。


それはそうだ。今や世の注目の的である、美しい夫婦が突如目の前に現れたのだから。


「──皇女と私は皇宮に行く。皇帝陛下へ謁見の目通りを」


リアンは仕事を忘れている騎士を馬上から見下ろしながら、凛とした声でそう告げる。


「……はっ!」 


衛兵は深く敬礼を、塔の上から事を見ていた門番は門を開け、騎士は伝令の為に脱兎の如く駆け出す。威風堂々たる城への入り口の扉が開くと、リアンはクローディアに一声掛けてから馬の腹を蹴った。


一時はどうなることかと思ったが、こうして辿り着くことができ、クローディアはリアンの後ろで安堵の息を漏らした。



皇宮の入り口の長い階段の上では、たった今来たのか、肩で息をしているルヴェルグの姿があった。


「──クローディアッ!!!」


クローディアが馬から抱き下ろされると同時に、階段を駆け降りてきたルヴェルグは、クローディアとリアンを共に抱きしめた。


ルヴェルグは二人が生きていることを確かめているのか、怪我はないか、痛いところはないかと尋ねてきた。


クローディアもリアンも何度も首を横に振り、自分たちを抱きしめている兄の腕に手を添える。この手の温かさで、生きていることを確かめてくれたらいい。


「──陛下。ここは人の目がありますので、中に」 


少し離れたところから見守っていたラインハルトが、一つ咳払いをしてから声をかけてきた。 


ルヴェルグは二人を抱きしめていた腕を解くと、ラインハルトの方を向いて柳眉を寄せる。 


「行方知れずとなっていた家族に無事に逢えたことを喜び、抱擁を交わしていたのだが。それは見られてはいけないものか?」


「そういうわけではございません」


「ならばどんな理由があるのか申してみよ」


「それを語る時間があるのなら、これからのことを話すべきだからです」


ルヴェルグは数秒間黙っていたが、ラインハルトに従うことにしたのか、少し肩を落とすと二人を振り返って笑った。


「──二人とも、中へ」


皇帝と臣下というよりも、まるで父と子のような二人を見て、クローディアとリアンも笑みをこぼすのだった。

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