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夢路(2)


「──ねえリアン。どうしてお兄様は、王国に行ったのかしら」


公爵邸に来てから二日目。ふたりは朝食を頂いた後、客間の暖炉の前で椅子を並べて座っていた。


昨日のクローディアはセリエスの言葉に酷く狼狽していたようだったが、一晩経ってから落ち着いたのか、リアンに話をしようと言ったのだ。


「招かれたから、と考えるのが妥当だろうね。親交があったのは確かだから」


「それだけで、皇帝の座を狙っていると思われてしまうものなの?」


祖父が言っていたことは理解している。だが、納得ができないのだ。兄はただ招かれただけかもしれないのに、皇爵だからという理由であんな風に言われてしまったことが。


「確かに早計だとは思うよ。…けど」


「けど……?」


リアンは隣にいるクローディアの頬を撫でた。


エレノスのことは優しい義兄だと思っている。いつも穏やかに微笑みながら、クローディアのことを見つめている人で。結婚式を挙げた日も、妹を頼むと頭を下げてきたし、妹が好きな物だからと言って手作りの紅茶の茶葉を贈ってくるような人だ。


そんな優しい人が、妹を悲しませるようなことをするだろうか。


「何か理由があったにせよ、してはまずいことをしてしまったから…そう、思われてしまったんだと思う」


「滞在理由を言わなかったから? それとも相手が国王ではなく王太子だから? それともっ…」


「落ち着いて、ディア」


次々と早口で捲し立てるクローディアを、リアンはそっと抱き寄せた。らしくもない姿に胸が痛んで、抱きしめる腕に力が入る。


「落ち着いてるわ。だから早く、お兄様が何を思っているのかを考えないと…」


「何を思っているかなんて、本人にしか分からないよ」


「でもっ……!」


話さなければ、分からないし、分かり合えない。そう身を以て知ったのは、リアンの存在がいたからなのだ。


推し黙るクローディアを見て、リアンは青色の瞳を揺らす。


「もしもセリエス様の言う通りだったとしても、あの国に行って得られる力なんて、ないに等しいよ」


オルヴィシアラ王国に軍事力はない。そもそも国軍がないのだ。先の大戦の時に、軍を解体する代わりに帝国の属国となるのを免れたのだから。


そんな国に行って、皇位を簒奪するから力を貸して欲しいと言ったところで、銀の剣も金の盾もない王国に何が出来ると言うのか。あそこには国教に盾突く者を取り締まる国教騎士団しかいない。


「じゃあ、どうしてお兄様は……」


「………ローレンス様が襲われたという場所で、王国の矢が見つかったって、言っていたよね」


淡々と、クローディアの続きの言葉を塞ぐように、リアンは呟いた。まだ安否が分からないもう一人の兄の名に、クローディアは睫毛を揺らす。


「もしもその主犯が、エレノス様だと仮定する。その意図は?」


「お兄様が、ローレンス兄様を……?」


「もしもの話だから。それで、皇位の簒奪を目論んでもいて、俺が居た孤児院を爆破したのもエレノス様だとしたら?」


クローディアは弾かれたように顔を上げると、首を何度も左右に振ってくしゃりと顔を歪めた。そんなはずはない、と。兄は絶対にそんなことをしないと。


「……おにいさま、は…」


口元を押さえながら、クローディアは声を搾り出した。


エレノスはクローディアが生まれた時からずっと傍にいてくれ、深い愛情を注いで育ててくれた人だ。嬉しい時も悲しい時も、どんな時も一番近くに居てくれた、かけがえのない家族。


───だけど。


顔を上げて、隣にいるリアンを見つめる。自分だけを映している澄んだ美しい青を見ていると、なんだか心が凪いでいくようだ。


(……冷静にならないと。お兄様たちのように)


クローディアは大きく息を吐くと、必死に頭を働かせた。


これは、もしもの話だ。もしも兄エレノスが全ての犯人だとしたら、その目的はなんだろうか。その先で何を見ているのだろうか。あの優しい、ヴァイオレットの瞳で。


「………ローレンス兄様とリアンを襲って、そして皇帝にならなければ、できないことがある…?」


リアンが言っていたことを並べて、口に出してみただけだが、実際に声に出してみると兄が何かをしようとしている“かもしれない”ということが浮かび上がった。


「俺はそう考えたんだ。もう少し言うと、ディアには手を出していない。あの日ディアが俺と居たのは偶々で、ディアが予定をキャンセルしたのは皆知ってたはずだから」


「…そうね、私は思い立って、飛び出してしまったから…」


そのせいでリアンと共に事故に巻き込まれたが、それがきっかけで今度こそ話をすることができた。もう一度約束を交わすことができたから、結果として良かったのかもしれない。


「エレノス様は何かをするために、王国に行ったはずだから。その目的を知れたらいいんだけど」


こんな時、もう一人の兄ならどんな言葉をくれるだろうか。いつだって遠くを見つめている、誇りと威厳に満ちたこの国の皇帝は。


「……リアン、城に戻らない? ルヴェルグ兄様に逢いたいわ」


リアンも同じことを思っていたのか、間髪入れずにクローディアの言葉に頷くと、速やかに立ち上がって手を差し出してきた。

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