夢路(1)
──『私はこれを返さねばならないのだ』
真っ暗闇の中に、ぽつりと光が灯る。それに照らされ浮かび上がっていたのは、王冠を被っている父と玉座だった。その足元には幼い頃の自分がいて、不思議そうな顔で父を見上げている。
(───夢)
自分はここにいるのに、あちらにもいる。だがあちらに映っている自分は今よりもずっと幼く、父も若い。まだ壊れる前の家族の姿を見たら、重い息が出た。
あの日、父は息子に玉座を返さなければならないと言った。誰に返すのか、何故返すのか。それは自分が受け継ぐものであり、父のものではないのか。そう尋ねた自分に、父は曖昧に笑うと王冠を下ろした。
──『これは私のものではないのだ。私の父でも祖父のものでもない。先祖が犯した罪を贖うために、我らは──』
父王が何を言っているのか、話の意味は分かっていた。けれど自分は理解したくなかった。今その手にあるものはそう遠くない未来に自分に譲られるものなのに、譲られるべきものなのに──これから生まれてくる人間に渡すと言うのだ。
王にのみ伝えられてきた話を聞いたあの日から、自分の中の何かが壊れた。父への感情を失くした自分は、父が父でなくなる方法を考え、触れてはいけないものに触れ、掴んだ。
仕方のないことなのだ。だって、父は自分を差し置いて、──を選ぶと言ったのだから。
そうしてやってきた、──が生まれた日。
誰もが同じ声を上げる中で、自分は一筋の涙を流した。
◆
「──陛下! オルシェ公爵家より伝令が早馬で届きました」
珍しくラインハルトが大きな声を出したことに驚き、ルヴェルグは書類の山から顔を上げた。扉を閉めるよう侍従に合図すると、執務室から続いている隣の部屋にラインハルトと二人で入った。ここは壁が分厚い為、内密な話をするのに最適なのだ。
「──朗報か」
ルヴェルグの言葉にラインハルトはにっこりと笑って頷いた。
「ええ、本邸の父より連絡が。クローディアとヴァレリアン殿下を保護したそうです。ベルンハルトから話を聞いて、すぐに騎士を川へ捜索に行かせたそうで」
「さすがはセリエス殿だ」
ルヴェルグは肺の中の空気全てを吐ききるような、長い息をついた。安否が分からなくなってから今日で三日目。息が詰まるような思いだったが、今は胸の辺りが軽くなったようだ。
安堵の表情を浮かべていたルヴェルグだったが、ラインハルトが浮かない顔をしていることに気づくと、その肩に手を置いて顔を覗き込んだ。
「他にも何かありそうだな。話してくれるか?」
「……はい。此度の事故が起こった同日、偶然にもローレンス殿下が連れ去られました。その現場は孤児院に近く、オルヴィシアラ式の矢が落ちていた。また、エレノス閣下が国を離れていたことから、閣下が加担しているのではないか、と」
「そう仰っているのか? セリエス殿は」
「ええ、信じたくないですが。内密に捜査をされては如何かと書かれていました」
セリエスはラインハルトの父で、クローディアの祖父だ。ルヴェルグらの祖父であるアドニス皇帝の寵臣の弟でもあり、皇帝一族からの信頼は厚い。ルヴェルグも実の孫のように可愛がってもらった記憶がある。
「……そうか。セリエス殿が…」
ルヴェルグは右手の人差し指に嵌っている、皇帝の紋章が彫られた指輪に目を落とした。花の部分が薔薇の蕾になっているものを、エレノスも持っている。皇帝に次ぐ権力者の証であり、自身に万が一のことがあった時にこの国を導く者である証だ。
ルヴェルグはラインハルトの灰色の瞳を見つめ、ゆっくりと唇を開いた。
「……セリエス殿が言いたいことは分かる。だが、エレノスはクローディアが悲しむことはしないはずだ。絶対に」
王座など要らない、家族と穏やかに暮らせたらそれでいいと微笑み、妹の幸せを一番に願っていた優しい弟が、家族を裏切るようなことをするだろうか。
「私も陛下と同じ気持ちです。閣下は…甥は、家族想いな優しい子ですから」
ルヴェルグは口元を緩めて頷いた。
「エレノスが戻ってきたら、王国の土産話を聞くとしよう。今はそれよりも、ローレンスの捜索が先だからな」
兄上、と無邪気に笑っていたもう一人の弟の姿が浮かぶ。
最後に顔を見たのは大雨の日の朝で、生憎の天気だが商談に行くと言っていた。
(──早く私の元に戻ってきてくれ、弟たちよ)
理由も言わずに王国に滞在すると言い、行ってしまったエレノス。そして突然行方不明になったローレンス。無事が確認されたが、事故に巻き込まれたクローディアとヴァレリアン。
この頃様子がおかしかったエレノスと無関係であることを祈るばかりだ。




