秘色(7)
「リ、リアンッ…?!」
突然のことにクローディアは驚いていたが、リアンの身体が震えていることに気づくと、ゆっくりと背を摩り始めた。
「…泣かないで。リアン」
「泣いて、ないし」
「泣いたら美人が台無しよ」
「それは男が女に言う台詞だって、言ったじゃん」
そうだったかしら、とクローディアは朗らかに笑う。そうこうしているうちに、呼吸が落ち着いたリアンはゆっくりとクローディアから離れると、真っ直ぐに菫色の瞳を見つめ、口を開いた。
「ディアに聞いてほしいことがあるんだ」
リアンの真剣な表情に、クローディアはごくりと喉を鳴らしてから小さく頷いた。それを見たリアンは、クローディアの手に触れたまま深呼吸をすると、唇を動かした。
──その時だった。
凄まじい爆発音とともに起きた突風が、二人の体をよろめかせた。咄嗟にバランスを取ったリアンは、尻餅をついたクローディアを覆い被さるようにして守ると、ぎゅっと目を瞑った。
一体何が起きたというのか。リアンはクローディアの頭に手を添えたまま、辺りを見回して──絶句した。
「………なに、これ…」
百人近い子供たちの家であった大きな孤児院は燃えていた。この建物の象徴であった大きな時計は跡形もなく崩れ落ち、あちこちから火と煙が出ている。
「痛いよう、せんせいっ…」
崩れた瓦礫の下敷きになっている子供が、頭部から血を流しながら泣いている。すぐ近くにいたシスターは腕の中にいた幼子を年長の子に託すと、挟まれた子供の元へ転げ落ちるように駆け寄り、顔をぐしゃぐしゃに歪ませながら瓦礫を除き始めた。
「リアン……」
リアンはクローディアに怪我がないか確認すると、手を取って立ち上がった。同じく無事を確かめるために護衛の騎士が来たが、リアンは被害の状況を確認し、大至急ここに救助を寄越すよう命じると、羽織っていたコートをクローディアの頭から羽織らせる。
「……何で急に、建物が…」
「リアン、あそこを見てっ…!」
リアンはクローディアが指差す方を見て、目を大きく見開いた。なんと燃えている部屋の窓から、子供が手を伸ばしながら泣き叫んでいる。
「ディアはここで待っ──」
すぐさま助けに行こうとしたリアンは、クローディアにここで待つよう言おうとしたが、リアンが声を掛けるよりも先にクローディアは駆け出していた。
「ディアッ!!」
リアンは急いでクローディアの後を追った。
躊躇うことなく燃え盛る建物の中へと飛び込んで行ったクローディアは、何かに取り憑かれたように階段を駆け上がっていく。綺麗な温室で大切に育てられた皇女だというのに、炎が怖くないのだろうか。
二人は子供が閉じ込められている部屋に辿り着くと、椅子で扉を破壊して中に入った。泣いている子供を短く抱きしめると、ありったけの布団を窓から下に向かって落とし、下で待つ大人たちに衣類で包んだ子供を受け止めるよう叫ぶ。
そうして、無事に子供が脱出できた時。二人には喜ぶ時間も残されておらず、大きな火の手が迫っていた。
「……ここはもう無理だ。ディア、北側に行こう。テラスがある」
リアンはクローディアの口に布を当て、身を低くしながら息をするよう言うと、その手を取って駆け出した。何度かこの孤児院に足を運んでいたからか、建物内部のことは何となく把握していた。この先にある大きなテラスの下には、帝国で一番大きな川が流れている。そこから飛び降りれば、二人とも助かるのではないかと考えていた。
「…ゴホッ、リ、リアンッ……」
「ディア、もう少しだけ頑張ってっ…!」
唯一の希望であったテラスは、まだ火が回っていなかった。だがその下の川は、今朝方まで降っていた強い雨の影響か、水が増し荒れている。
リアンはクローディアの息が絶え絶えなのを見て、迷っている暇はないと思った。
「……ごめん、ディア」
「リ…リアン……?」
リアンはクローディアのドレスを脱がすと、自分も上の服を脱いだ。泳ぐのに邪魔になるからだ。
クローディアは煙のせいで目を白黒させる間もない。一刻も早くここから離れなければ。意を決したリアンは、クローディアの脇と膝裏に腕を入れ、横向きに抱き上げた。
「ごめん、急に乱暴なことをして」
「…リ、アン……」
「ここを出て、もう一度ディアに触れることができたら……伝えたいことがある」
──聞いてくれる? と、リアンはクローディアに笑いかける。クローディアも笑った。とても嬉しそうに。
その笑顔を胸に、傍にいると約束をした人を腕に抱きながら、リアンは勢いよくテラスから飛び降りると、荒れ狂う川へと向かって落ちていった。
二人が落ちた衝撃で、大きな水飛沫が上がる。すぐさま水面から顔を出したリアンは、苦しそうにしているクローディアを抱きながら、懸命に泳いだ。
「ディア、絶対に目を閉じないでっ…!!」
冬の水の中は肌に刺さるように痛かったが、リアンはクローディアを連れて必死に泳いだ。




