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約束(3)

「そばにいるよ。何があっても」


王族とは思えないくらいに傷だらけの手が、クローディアの白い手の上に重ねられる。その手はいつかの日に触れた時よりも熱く、真夏のような熱を持っていた。


どうして、と言わんばかりに顔を歪ませたクローディアの頬に、リアンのもう一つの手が添えられる。


「神サマとディアの家族と約束、したから。何があってもそばにいるって。幸せにするって」


「……どうして? 私たちは、本当の夫婦じゃないのに」


「そこに本物とか偽物は関係ない。ただ俺がそうしたいって思って、したいようにしているだけだから」


「っ…………」


クローディアは言いかけた言葉を失った。何を言おうとしたのかさえ、忘れてしまった。


この結婚は、クローディアにとって盾であった。フェルナンドがもうクローディアに手を出せないようにする為の既成事実であり、かの者が口にした悍ましい運命から逃れるためのもの。


そのために、クローディアはリアンを利用し、リアンにもクローディアを利用してもらうつもりだ。


だというのに、リアンはクローディアを幸せにすると言う。そこに本物も偽物もないのだと微笑んでいたのだ。


ただ、そうしたいから、そうするのだとも。その想いを贈られた今、クローディアは息が詰まったような感覚がして、どうしようもなく肺が苦しくなった。


「俺は、子供の未来を守りたくて、守る力が欲しくて、ディアとの結婚を利用することを選んだけど、ディアにも笑ってて欲しいって思ってる。だから、俺にできることなら遠慮なく言ってほしい。…できることなんて少ないけど」


リアンは笑う。喧嘩は弱いが、料理や洗濯はできると。子供と遊ぶのが得意で、駆けっこや木登りはお手のものだと。普通の王族のように、貴族社会の文化や王家のしきたりには疎いが、物覚えは良いから本を読んで努力する、と。


そうして、苦手なダンスも“皇女の夫”の名に恥じぬよう、これから励んでいくと言って優しく笑うと、壊れ物に触れるかのようにクローディアの体を抱き寄せた。


リアンが喋れば喋るほど、熱い雫が頬を伝った。薄桃色の寝衣に、ぱたぱたと雨が降り注いでいく。


「……傍にいるよ。いつか、ディアが心から愛する人に出逢えるまで」


その一言に、嗚咽は止まらないものになった。


きっとひどい顔をしているのだろう。ぼろぼろに泣きじゃくるクローディアの頬に添えられていた手が、後頭部へと動き、リアンの胸へと手繰り寄せられる。


「夜は一緒に眠ろう。朝ごはんも一緒に食べよう。朝は一日の予定の話をして、夜寝る前はその日あったことを話そう」


ありがとう、と答える代わりに首を振れば、クローディアの目尻から光の粒がはらはらと散った。


少女と見間違えるくらいに綺麗なリアンは、男の子にしては細く、兄たちと比べたら折れてしまいそうな体つきをしていたが、クローディアを抱きしめる腕の力は強く、腕の中は暖かかった。


クローディアはリアンの腕の中で、初めて神に感謝をした。


フェルナンドと再び巡り合わされたことに一度は恨んだが、こんなにも優しい少年との縁をくれたのだ。息もできないほどに涙が溢れていたが、腕の中はあたたかかった。


リアンとふたりの在り方について語った夜から、生活は一変、二人は同じベッドで朝を迎えるようになった。


朝は先に目が覚めた方が片方を起こし、朝食を摂りながら一日の予定を話す。夜も共に夕食を囲むと、就寝前はベッドの中でその日にあった出来事や何気ない話をした。

 


ふたりは七日に一度、帝都にある孤児院を順に訪れ、子供達と触れ合った。どこの孤児院も皇女夫妻の突然の来訪に驚いていたが、土だらけになっても子供たちと駆け回る夫君と、屋根の下で編み物をしながら夫を見守る皇女の姿を見て、人々の皇族へ対する敬意は益々深くなっていったようだった。


同時に、誕生を祝福されなかった第二王子でありながら、帝国の皇女の夫に選ばれたヴァレリアンへの帝国民の評価は凄まじく高いものとなった。



皇女の夫君ヴァレリアンが、アウストリア皇家の一員となってからふた月ほど経った頃。


公務の合間に慈善活動として帝都各地の孤児院を回っていたヴァレリアンだったが、この頃に皇帝から孤児院の整備や子供の教育環境を整えるよう、正式に役目を賜ることとなった。


皇帝ルヴェルグの治世において、皇族が政務に携わるのはヴァレリアンで三人目である。


かつて第二皇子であったエレノスは、公爵をも凌ぐ地位と有事の際に皇帝の代理人としての権力も持つ、帝国唯一の皇爵に。第三皇子であるローレンスは、世界各地の商人と取引をする外務官の一員に。


そして三人目──皇女の夫君として皇室に入ったヴァレリアンは、慈善事業に携わることとなったのだった。

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