第1章 セレナの手記~ 新世界への渇望 ~
※この物語りはフィクションです。
第1章 セレナの手記~ 新世界への渇望 ~
生まれ育った場所は、ローマより更に南下した南イタリアの片田舎。高台からは地中海を一望出来るそれなりに住み心地の良い所だった。
1歳にも満たないうちに親に捨てられた私は、その片田舎の教会で育てられた。これといった不自由もなければ、また満足な充足感を感じることもない。そんな場所だった。
国家という体裁を持たないこの地に嫌気が差していたのかもしれない。それとも、女らしからず王宮への取り立てでも夢見ていたのだろうか。
そのうち私は、パリへの進出を渇望するようになっていた。
西暦1678年、9月──
今日この日。18歳になるこの年に、ついに私はフランス王国の運営する"パリ・サントラル・ド・アカデミー"へ入学する。
遠方からの入学者も決して少なくないこの学院では、希望者は寮へ入居出来る。相部屋という事を差し引けばかなり快適と言えよう。ベッドも調度品も教会にいた頃とは比べ物にならない程良質だ。
決して多くは無い荷物をあてがわれたクローゼットに片付け、名簿をカバンから取り出す。
「相部屋の人は、コルネリア──」
「コルネリア ボーデンシャッツよ、よろしく」
名前に目を通し終える前に、ドアの前に立ったブロンドの髪の女性が声をあげた。
端正な顔立ちに輝くサファイヤの瞳。とても綺麗な人だと思った。彼女と相部屋などとは、学院内ではさぞ羨望の眼差しを向けられることになるだろう。
「よろしく、コルネリア。私はセレナ、セレナ ペルセフォ ダナ」
「ネリーでいいわ。よろしくセレナ」
彼女──ネリーはそう言って私の手を取ると力強く握手をした。
「それにしても、あなたと相部屋だったなんて私ってば幸運ね」
ネリーの言葉に首を傾げる。
「有名なのよ、あなた。歴代稀に見る才色兼備の"片割れ"が入学したって」
才色兼備、と言う言葉にも引っかかったが、どうにもその後の方が聞きなれない言葉だった。
私に片割れなどと呼べる存在はいない。何せ南イタリアの片田舎からたった1人で、初めてパリの地を踏んだのだから。
「私は1人でここへ来た。片割れなどいない」
私の主張に大袈裟に肩を竦めたネリーが、少し誇らしげに名簿を眼前に差し出す。
「アンリ フランドール ド ラ トゥール。彼女と貴方が今期の入学試験の同率1位なのよ。容姿端麗、頭脳明晰」
そして。
「セレナと、顔がそっくりなのよ。背丈も、体型もね」
生まれが違うものの顔がそんなに似るとは思えなかった。所詮雰囲気程度だろう。
あまり興味のなさそうな返事をしたからだろうか。ネリーは呆れまじりの声で笑った。
「学科が違うけど、彼女も寮に入るそうだからそのうち食堂で会えるかもしれないわね」
手にしていた荷物を雑にクローゼットへ片付けると、夕飯の時間だからと彼女は軽い足取りで部屋を出て行った。
私と顔の似ている人。
いつか会えるだろうか、と、自分でも気付かぬうちに高鳴っていた胸を抑え私も食堂へ向かうことにした。
※この物語りはフィクションです。