藍晶石の瞳
アリアが座り込んだ僕を心配そうに見ていた。
「ライナス様、大丈夫ですか?」
聞き慣れた、でももう聞くことができないと思っていた柔らかな声が聞こえた途端、僕の視界は滲んでいた。そして床にへたり込んだまま、僕の口から心の底からの安堵の言葉が漏れた。
「……よかった」
「殿下⁈どうされたのですか?」
戸惑った声で僕を心配するアリアは、何があったのかまだ聞いていないようだった。
僕は立ち上がると、ゆっくりとアリアが座っている寝台の脇に歩み寄った。
「驚かせてすまなかった。アリアはまだ何が起こったか知らないんだな」
「ええ……目が覚めた途端、この騒ぎで…」
困惑する顔が可愛くて僕が笑うと、アリアも一緒に笑った。
ギルバートは寝台に腰を掛け、ブランケットに包んだアリアを抱きしめて肩や背中をしきりと摩っていた。更に近くの侍女にもっとブランケットを持ってくるように言っている。
「寒いのか?」
「いいえ、ちっとも寒くないんですけど…」
「いや、お前、体が冷え切ってるぞ。浴場に湯を用意させてるから、医者に診てもらったら、しっかり浸かって温まるんだぞ」
「…わかったわ、兄様」
僕らが話す周りでは、侍女達が診察の準備や着替えなど、慌ただしく動き回っていた。その一人が、窓に引いていたカーテンを開けると、大きな窓からたっぷりの光が差し込んだ。
「眩しっ!」
三人揃ってその明るさに悶えたのが可笑しかったのか、アリアが笑い出した。その声に僕とギルバートは「よかったな」とお互いに目配せをした。
そして再びアリアの方へ視線を戻して――僕もギルバートも固まった。
「アリア………その目……」
「えっ、目…⁈」
アリア本人が自分の目がどうしたのかと、また困惑した顔をしている。僕は周りを見回したが、ここは元ギルバートの部屋で、手鏡があるはずもない。近くにいた侍女に持ってくるよう頼んだ。
僕は、寝台の横に置いてあった椅子に腰を掛けてアリアの瞳を正面から見つめた。
アリアも少し緊張した面持ちで僕を見つめ返した。
その瞳は暗青色だった。
アリアの瞳は、ギルバートと同じ明るい茶色だった。それは間違いない。焦茶の髪色と共に、彼女の温かい雰囲気にぴったりだといつも思っていた。
それが吸い込まれそうな深い青色に変わっていた。光を受けて輝く瞳の奥には濃淡の青、緑、白が筋状に混じり合い揺らめいていた、何と形容したら良いか言葉が見つからないが、見入ってしまう美しさがあった。
しかし、美しいと思う反面、嫌な予感にドクンドクンと大きな心臓の音が僕を支配していた。
―――藍晶石……アリアの瞳は、まるであの魔法玉のようだ。
やはりあの爆発は魔法玉が起こしたもので、その影響を受けたためにアリアの瞳の色は……
「___さま、…殿下?どうされたのですか?」
アリアの呼び掛けに、ハッと我に返った。瞳を正面から見つめていたんだった。
「すまない。つい考え込んでいた」
誤魔化すように目を逸らした僕を見て、アリアは何を考えていたのか聞きたそうにしたが、そこへ侍女が戻ってきた。
「失礼いたします。鏡をお持ちしました」
侍女から手鏡を受け取ったアリアがそれを覗き込んで「なぜ…」と驚きの声を漏らした。
しばらくじーっと鏡の中の自分の瞳を見つめていたアリアが、不安そうに顔を上げた。
「私に何が起こっているのでしょう?何か悪いことでしょうか?兄様…、私、どうしたら…」
未知の変化に怯えるアリアを、ギルバートは優しく抱きしめて静かに話し掛けた。
「まずは医者に診てもらおう。それからゆっくり休むこと。何があったのかは、その後で話してやるから。
アリア、俺はいつでもお前の味方だし、何があっても守ってやるから心配するな」
一度は失ったかと思った妹を、今度は何としても守りたいギルバートの強い思いを感じた。
そしてそれは僕も同じだった。あんな絶望感は二度と味わいたくはない。
「僕もできる限りの力を貸すことを約束するよ。貴女の瞳が何色だろうと、他に何かが変わっていても、必ず味方でいる。だから遠慮しないで何でも言って欲しい」
「ライナス様も……、ありがとうございます」
まだ不安そうにはしているが、小さく微笑む顔は可愛らしかった。
「アリア__」
その名を呼ぶと、アリアは綺麗な深い青色の瞳をくりっとさせて僕を見た。
「目覚めて本当によかった」
僕の言葉に笑顔を返そうとしてくれたが、色々な思いが込み上げたようで、見る間に涙が溢れてきた。