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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第1章 かつて魔術が存在した世界で
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絶望と違和感

―――どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


僕はまだ目の前の光景を受け入れられずにいた。



カーテンが引かれた薄暗い部屋、寝台の上にはアリアが両手を胸元で重ねて横たえられていた。閉じた(まぶた)はぴくりとも動かず、つい先程まで淡く紅く色づいていた頬も唇も色を失っていた。


聞こえるのは、寝台の脇で(すが)るように座り込んだギルバートの妹の名を繰り返し呼ぶ(かす)れた声だけ。


僕はそれを部屋の入り口から見るだけで、一歩踏み出すことすらできずにいた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


爆発音を聞いて、僕とギルバートは瞬時に立ち上がり、部屋の扉を乱暴に開けると、屋敷の西側へと走った。


廊下で待機していた僕の従者達も何事かと慌てていたが、部屋を出た僕と目を合わせると、説明をしている場合ではないことをすぐに察し、僕らの後をついてくるのがわかった。



昔から何度も訪れたことのあるこの屋敷の作りはよく知っていた。


僕らがいた応接室のある東側は当主の棟で、他に執務室や書庫、寝室もある。メインエントランスを横切ると、南の庭園に面した大小三つの広間が並び、大規模な夜会も開くことができる。その北側にある中庭の向こうには厨房など使用人達が働く区域がある。


普通に考えれば、爆発は火を扱う厨房を一番に考えるが、なぜか僕はそうではないような嫌な予感がしていた。ギルバートも同じなのだろうか。中庭沿いの廊下に回る余裕もない様子で広間の扉を次々に蹴破る勢いで開け放ち、西の棟へと走った。


天井も壁も見事な装飾の大広間の大理石の床に、ギルバートを先頭にした男達の乱暴な足音が響いた。三つの広間の向こうの控えの間も抜けると、メインエントランスよりも装飾が控えめだが同じ広さのプライベートエントランスに出た。


何事もなく静まり返っていてくれという願い虚しく、エントランス正面の大階段の上で使用人達が右往左往していた。



階段を上がったすぐにあるのは、前侯爵夫妻が存命だった頃、ギルバートが当主になるまで使っていた部屋で、その隣の暖炉のある大きな部屋は、昔はギルバート達の母親が刺繍やレース編みをして、その横で僕らも遊んでいた。


そして、その奥がアリアの部屋だ。廊下の突き当たりに扉があり、その先の前室の奥がアリアの私室になっていた。



階段を駆け上がったギルバートがその場で立ちすくんだ。すぐに追いついた僕も、廊下の奥を見て言葉も出なかった。


疑いようもなく爆発が起こったのは、アリアの部屋だった。廊下の扉も前室の奥の扉も吹き飛び、残骸が積み重なっていた。


「アリアっ!!」


ギルバートがその名を叫び、再び走り出した。


僕もハッと我に返り、ギルバートの後に続いてアリアの部屋の前に立った。その光景に廊下の様子を目にした時よりも、胸の奥から(えぐ)られる思いがした。


廊下側の扉だけではなく、庭に面した窓も窓枠ごと吹き飛んでいた。窓から強く吹き込む冷たい風がズタズタに裂けたカーテンをはためかせ、その影が揺らめく床にアリアが倒れていた。


「…あっ……、あ…そっ……そんな…………」


ギルバートが言葉にならない声を漏らしながら、よろよろと部屋に入っていき、アリアの傍らに崩れ落ちるように膝をついた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


そこまでを思い返して、唐突に疑問が湧いてきた。


―――なぜあの時、アリアを蘇生しようとしなかったんだろうか…。倒れているアリアには出血どころか、かすり傷も見られなかった。息を吹き返すように、心臓が再び動くように、蘇生するものじゃないのか?


だが、あの時は何もしなかった。ただ、ギルバートが震える手でアリアの上半身を起こすように抱きしめた。


彼の肩越しに、アリアの光を映さない空虚な茶色の瞳が見え、言いようのない絶望感に襲われた。


ギルバートがアリアを抱いて立ち上がると「この子を寝かせてくる」と一言だけ言って、このかつてのギルバートの部屋へ彼女を運んだ。それを誰もが黙って見つめるだけだった。


今となっては手遅れで、なぜ蘇生しなかったなどと口にはできないが、なんとしても彼女を助けたいと思うであろう僕達が、何もせずにただ絶望したことが不思議でならなかった。

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