当主として、兄として(前編)
「ライリー、悪いんだが、取り敢えずは当主として話を聞くつもりはない」
アリアの婚約を申し込むために、ハンティントン侯爵家にて話をする約束の日になっていた。
昨日まで三日続けてアリアの傷に少しずつ治癒の魔法をかけていた。痛みはすっかり取れて、傷跡もほとんど見えないほどになったとアリアは言っていた。
アリアの傷を治したことだけではなく、この三日間、彼女と穏やかに過ごしたことが、なんだかこれからのことがうまく進むような気持ちにさせた。しかし___
今日、訪れたハンティントン侯爵邸のエントランスで、出迎えたギルバートが申し訳なさそうにそう言った。
―――アリアとの婚約には、当主に認めてもらう必要がある。それもギルバートは当然わかっているはずだ。なのに当主として話を聞かないとは……
「それは僕が何を言おうとも、認めるつもりはないということだろうか」
アリアをあれほど危険な目に合わせたのだ。ギルバートが僕の話など一切聞きたくもないと思っても不思議ではない。申し入れからこんなにも早く彼が会ってくれることになって驚いたぐらいだった。少し楽天的な気分になって忘れていた不安な気持ちが、再びじわじわと広がってきた。
―――早いうちにはっきりと断るつもりだろうか。
そうだとしても、すぐに諦めるような気持ちでアリアを妃にと望んだわけではない。どうやって彼を納得させようかと考えを巡らせた。
しかし僕の不安とは相反して、ギルバートの表情は穏やかになった。
「いや、ライリー、そういう訳ではないんだ。誤解させたのならすまない」
「誤解?」
「俺が、お前のことを怒っているとでも思っているんだろう?」
「アリアを危険な目に合わせたんだ。当然だろう」
どんな厳しい言葉をぶつけられても、それは僕は受け止めるべきだと思っている。それなのにギルバートは、困ったようにう〜んと唸っていた。こんなに歯切れの悪いのも珍しい。
「まあ、中で話そうか」
そう言ってギルバートは、僕を屋敷の中へと招き入れた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
いつも公式な立場で訪れた時に招かれるギルバートの執務室ではなく、プライベートの居間に通された。紅茶だけを用意させると使用人達を下げさせたので、僕も従者に廊下で待機するよう命じた。
「それで、当主として話を聞かないっていうのは?」
僕は先程の話の続きを始めた。ギルバートも僕の向かいのソファに座ると、腕を組んで足元をじっと見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「ああ言ったのは……当主として話を聞いたら、受けるか断るか答えないといけないだろう」
「別にこの場じゃなくても。今日、返事がもらえるなんて思ってないよ」
ギルバートはこちらを見て、また困ったように笑った。
「そうだとしても、決断しないといけない前提で話を聞かないといけない。そうじゃなくて、まずはお前の話をゆっくり聞きたかったんだ」
そう言ってギルバートは再び足元に視線を落として黙った。
「バート?」
「………もし、父上が生きてたとしたら……なんて今更考えたらいけないんだろうが、もしそうなら、もっと気楽にこの話を聞けたんだろうな…と思ってな」
確かに、前侯爵が存命であれば、僕はこの申し入れをする前にギルバートのところに個人的に相談に来ていただろう。アリアの兄として、彼女の幸せのために思うところを遠慮なく言ってくれたと思う。
「バートの考えはわかった。じゃあ、親友として僕の話を聞いてくれるか?」
「ああ、聞かせてくれ」




