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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第1章 かつて魔術が存在した世界で
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預け物(後編)

部屋にやってきたアリアは「遅くなってごめんなさい」と兄のギルバートに控えめな声で話し始めた。王都の外れの孤児院へ慰問へ行っていたが、僕の来訪を聞いたギルバートに呼ばれて戻ってきたようだった。


「ライナス様、ごきげんよう」


急いで支度をしてこちらに来てくれたようで、頬を少し紅潮させていた。オフホワイトのレースをあしらった薄紫の長めの丈のワンピースのスカートをふわりと持ち、膝を小さく折って僕に挨拶をしてくれた。


僕は、幼い頃からギルバートと遊んだり、共に勉強や剣術の指導を受けるためにこの屋敷をよく訪れていたが、アリアは大好きな兄の後ろをいつもついてきて、当たり前のように僕らと一緒に過ごしていた。僕にとっても可愛らしい妹のような存在だ。


小柄で少し幼く見えるが、今年十六歳になるアリアも、この春から他の貴族の令嬢と同じように慰問や奉仕活動を始めたと聞いていた。


「忙しいのに呼び戻したりしてすまなかった」


「いいえ、予定していたことはすべて済ませてまいりました。ライナス様をお待たせしてしまって、私の方こそ申し訳ございません」


僕に対する言葉遣いは、いつの間にか王子に対する礼儀をわきまえたものになっていたが、その声色や表情は昔から変わらず明るく軽やかで、ギルバートと会う時にアリアがいることはごく自然なことに感じられた。


「いや、バートと昼食をとっていたから大丈夫だ」


「お前が頼まれていた翻訳ができたと言っていたから遣いを出したんだ」


「ええ、兄様。ライナス様に確認をさせていただきたい箇所もあったので、ちょうどよかったです。ライナス様、よろしいでしょうか」


「ああ、もちろん。ここで見せてくれるか?」


そう言って僕が座るソファの横へ座るように促すと、アリアは「ここなんですけど…」と僕の横に来て、テーブルに僕が渡した古い絵本と、現代語に訳した紙を並べた。


古い魔術に関する本は、基本的にはアカデミーで収蔵されるが、絵本や子供向けの教本は、同じものが数多く作られたため収蔵済みの場合が多く、そういった物は譲り受けることができる。この絵本もそんな一冊だ。


魔道具に刻まれた文字が少しでも読めるようになりたくて、小さな子供向けの言葉から独学を始めたのだが、まるで異国の言葉のようで全然読めない…。


それに対して、アリアは魔術にはさして興味はないが、魔術が存在した時代の薬草の配合が好きで、それを古い文献から知るためにと何年も前から勉強をしていて古代魔術語が多少読める。僕が絵本などを手に入れると、勉強になるからと翻訳を買って出てくれていた。でも、魔術特有の言い回しなどは訳すのが難しいようで、僕に確認をしてくれるのだった。


アリアの書いた翻訳途中のメモと僕が知っている数少ない単語を思い出して、どう訳すのがいいかと考えた。


「あ、これはきっと川の流れのことじゃないかな。ほら、ここに青と書いてあるだろう」


「本当ね!水魔法は青で表されるんだったわ」


学ぶことを楽しむ好奇心に満ちた明るい茶色の瞳はキラキラと輝いていた。そして、夢中になって言葉遣いが昔に戻っているところも可愛らしく思った。


アリアはサラサラと空いていた部分に翻訳を書き加えて、にこっと僕に微笑んだ。


「これで一通り訳しました。おかしなところがあれば、また仰ってくださいませ」


「ありがとう。これでまた僕も古代語の勉強ができるよ」


僕はその紙束を受け取って、ギルバートから渡された箱の横に置いた。アリアはその箱を覗き込んで声を上げた。


「あら、それは叔父様からの魔道具ですか?」


「そうだよ。今回は魔法(ぎょく)が多いな……、もし気に入ったものがあれば、持って行くか?」


「私が頂いてよろしいのですか?」


「ああ、ここにあるのと同じ色のは持っているから、どれでもいいぞ」


僕はアリアが見やすいよう、箱をアリアの前に動かした。


「それなら……この青色のを」


アリアは少し迷ってから、青にうっすらと緑と白の筋が入った藍晶石(らんしょうせき)の魔法玉に視線を落とした。僕はその玉が入った小さな木箱ごと彼女に手渡した。


「ありがとうございます。では、私はこれで失礼いたします」


受け取った魔法玉の入った箱を大切そうに両手で持つと、小さくお辞儀して、にっこりと微笑んで部屋を出ていった。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


アリアが部屋を出た後、僕とギルバートはお互いの近況、国内外の気になる出来事、今後の行事のそれぞれの役割など、色々な事について気楽な雰囲気で話をしていた。


―――とその時、青い光が部屋を横切った。薄い刃物のような光が、ソファに座る僕らの目線の高さをサッと走ったような。一瞬のことで気のせいかとも思ったが、ギルバートも怪訝な顔で光が去った方を見つめていた。


「………今、」


僕が言葉を発しようとした瞬間―――――ものすごい爆発音と共に建物が揺れた。

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