命に替えても守りたい人(前編)
アリアの傷にかざした僕の手のひらはわずかに熱を帯び、ぼんやりと白い光が現れた。光が傷を包むと少しずつ出血が止まってきた。
―――治れ、治れ……
端の方の浅い傷は徐々に塞がってきたが、肩口に当てた布にはまだじわじわと血が染みてくるのを感じ、ぎゅっと押さえつけた。
以前、投石で怪我をした侍女をアリアが治癒の魔法で治したときの話では、辺りが白い光に包まれ、その光が引いたら痛みもなくなっていた。つまりは一瞬で治ったということだろう。それも馬車の周りにいた兵らの傷まで。
僕とアリアの魔術のレベルが格段に違うことを改めて感じながらも、効果がないわけではないと目の前の傷に集中をした。
「うぅっ…!」
ガハッ、ゴホッ、ゴホッ…!
急に僕は心臓を掴まれたような痛みに襲われ、気づけば血を吐いていた。
「殿下!!」
チェスターの声が酷い耳鳴りの向こうから聞こえた。
―――ああ、魔力を使い切ったのか。
アリアの傷を治すことで頭がいっぱいで、魔力量の残りのことなど忘れていた。
いや、あと一回の攻撃程度の魔力しか残っていないのはわかっていた。さっき思い切り水魔法を放ったのだから、その時点で魔力量はほぼ空だった。それでもアリアを助けたかったんだ。
―――傷を塞ぐまではいかなくとも、せめて血を止めるまでは…
ますます青白くなったアリアの顔色を見ると、これ以上血を失ってはいけないと焦りを覚えた。
「殿下、もうお止めください!」
チェスターが僕の腕を掴んでアリアから引き剥がそうとした。
「止め…ぬ。さっ、ゴホッ、下が…れっ」
「しかし!」
食い下がるチェスターに対して声を出す力を使うのも惜しい。僕は彼をただきつく睨むと、すぐにアリアへと気持ちを戻して止血に集中した。
チェスターに何を言われようとも、アリアを助けることを諦めるつもりはなかった。
その後、何度もチェスターの止める声に首を横に振りながら手当てを続けた。
手のひらに集まる光を傷の深いところに当てようとするが、次第に視界がぼやけてきた。キーンと耳の奥が痛くなるような耳鳴りも酷くなり、息苦しさも増していた。
「チェス…タ…、血……は」
「血はほぼ止まっています。もう大丈夫ですのでお止めください、殿下」
「そう…か……」
「殿下っ⁈殿下!__」
僕は出血が止まったと聞いて安堵した。チェスターの声に答えねばと思っても声は出ず、そこで意識は途切れた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
「___様!ライナス様!ああ、よかった…」
―――その声は……
僕は死んで天国にでも着いたのかと思ったが、胸の痛みと口の中の鉄臭い血の臭いに、現実に引き戻された。ぼんやりとした視界が次第にはっきりしてきた。薄汚れた幌が見え、まだ荷馬車の荷台にいるのがわかった。
「ア…、アリア…か?」
声の方へ目を向けると、そこには頬がうっすらと紅く染まったアリアの笑顔があった。アリアはほっとした表情を見せたが、その瞳には涙が滲んでいた。
「はい。ライナス様、助けてくださってありがとうございます」
アリアが無事なことにほっとしたが、まだ状況が把握できずにいた。
「僕は…」
魔力を使い切っても治癒の魔法を使い続けたために生命力を削ることになった僕は、死をも覚悟した。しかし、あんなに締め付けられて痛かった心臓が、今は少し息苦しい程度になっている。それどころか、すごいスピードで力が満たされていくような感覚がした。
一体何が起こっているのか……。




