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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第3章 不穏
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不安と葛藤(前編)

『不安と葛藤』はアリア視点のお話です。

これまでの出来事をアリアの目線で振り返り、今後のお話へと進みます。

王族の静養地ウェーンブレンへ向かう道はよく整備され、馬車の乗り心地は快適だった。車窓には木々が流れて、少し開けた窓からは気持ちの良い風が吹き込んでいた。木々の向こうには川が流れていて、陽を受けてキラキラと輝く水面が時々見えた。


美しい景色の中を、私が乗る馬車は多くの兵に物々しく護衛されていた。私の向かいにはライナス王子殿下が穏やかな表情で座っていた。


涼やかな印象を与えるのは、少し長めの前髪をスッキリと横に流したシルバーブロンドの髪と、アクアマリンの瞳。そして騎士団の制服を着こなす細身だが引き締まった体つきは、騎士団の兵らと比べても全く引けをとらない。


兄様曰く、殿下の剣の腕前は騎士団で時々行われる模擬戦に飛び入りで参加を許されるほどで、しかもかなり上位まで勝ち進まれるらしい。王子という立場でなければ、本人が希望されていた騎士団にも間違いなく入ることができるだけでなく、王族直属の騎士になれるくらいの実力なのだとか。


殿下は『僕は王位を継承することない王子だから気楽なんだよ』と度々仰る。そうして偉ぶることはないが、王族としての気品があるライナス様に皆が惹かれているように思う。


向かいに座る殿下をそんなふうに改めて考えていたら、こちらを見てニコリと微笑んだ。殿下の頬に小さくえくぼができて、その笑顔が可愛らしく見える――それを言葉にしたら不敬だと周りに怒られそうだが、見慣れた笑顔に私は少しほっとしていた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


「アリア、これだけの兵で護っているから心配いらないよ」


また車窓を流れる森の景色に目を向けていたら、殿下に優しく声を掛けられて、私は正面を向いた。


「ありがとうございます」


そんな不安そうな顔をしていたのかと、笑顔を意識してお礼を言った。馬車の警備には不安はなかった。不安ではなくて、私のせいでこのような大掛かりな移動をしなければならなくなったことに申し訳なさを感じていた。



古代の魔術師が魔法(ぎょく)に込めた魔力を、私が何もわからないまま解放して授かってしまってから、それまでの静かな日常が一変した。


___数ヶ月前、ハンティントン邸( 我が家 )にレイドナーの叔父様から預かった魔道具を取りにライナス様が訪れた。その時、ライナス様から譲っていただいたのが、深い青色の藍晶石(らんしょうせき)の魔法玉だった。


とても綺麗だったから、早速部屋の棚に飾った時、魔法玉が入っていた小さな木箱の底に何か古代魔術語で書かれているのに気づいた。


―――あ、これは少し前に翻訳した絵本の魔法使いが唱えた言葉だわ。読み方は確か…


【力を解放せよ】


呟くようにその言葉を読み上げた途端、ものすごい光に包まれて………


その後のことは何も覚えていない。


気づけば兄様が以前使っていた部屋にいて、涙を流す兄様に抱きしめられていた___


「………リア、大丈夫か?」


その声にハッと顔を上げると、透き通るような薄い青色の綺麗な瞳が、私のことを心配そうに見つめていた。


なぜこのように移動をすることになったのだろうと思ったら、事の始まりである魔法玉が爆発した時のことを思い出していた。


正確に言うと、私は魔法玉が爆発したことは全く覚えていない。爆発の翌日、目覚めた時は以前との違いは何もなかったのに、時間を追うごとに自分の中に何かが溜まっていくのを感じた。私を満たし尽くすと溢れ出し、それが私を押し潰そうとした。


その力に抗おうとすればするほど周りにいた者達の声がどんどんと遠のき、気が付けば私の周りは嵐が吹き荒れていた___


殿下の手のひらが視界に入り、また自分が考え込んで(うつむ)いていたことに気づいた。


その手のひらは、優しく私の手を待っているのがわかった。


殿下のその優しさは、責任感からくるものだろうと思っている。あの日、私に譲ってくださった魔法玉が爆発したから。殿下はそれを私に渡したことに責任を感じられているのだろう。


王子殿下を個人的に頼るだなんて許されることではないと頭ではわかっていても、自分の力も未来も不安しかない今の私は、責任感からの優しさにも(すが)ってしまった。


私は自分の手を、殿下の手のひらに指先が触れるところまでおずおずと伸ばした。


殿下はその手を優しく掴んだ。水魔法の影響で体温が低くなった私にとっては、殿下の手は何度触れても熱があるのではと心配になる程熱かったが、大きな手に包まれるのはとても安心した。


ふぅと強張った私の手のひらから力が抜けるのを感じた。殿下の手のひらに、私のが重なった――とその途端、ヒュッと私の手から何かが抜けていくのを感じ、パッと手を引いた。


「えっ、これは……⁈」

「ライナス様に……⁈」


私達は驚いた顔で見つめ合った。

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