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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第2章 魔術研究所
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丘の上の魔術調査

「えっ、馬で行くのか?」


魔術調査班の様子を見に行くためにその所在を確認すると、アカデミーの敷地の外れの林の向こうの丘に日暮れまでいる予定だとチェスターが報告のメモを見ながら答えた。


「魔力がが暴走しても暴風が壊すような建物がなく、水が溜まらない場所を考えたら、その場所になったようですね」


その辺りはまだ用途が決まっていない区域で、どの建物からも離れていた。だからアリアの魔術調査に使えるのだが…


「遠くないか?」


「でしたら、文句を言っている間に出ましょうか」


また我儘を言う子供を諭すようにチェスターに言われて、僕は不貞腐れながら上着を羽織った。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


用意された馬に乗り、報告のあった場所へと向かいながら、先日の闘技場での出来事の報告書の内容を思い返していた。


___暴風で周囲の建物に被害が出ることを防ぐため、高く囲われたあの闘技場が選ばれた。大量の水が発生した場合の排水についての問題には、調査班も気づいていた。しかし、ハンティントン邸の時と同様に雨雲が現れて大雨が降ることを想定していた。それ故、もし雨雲が発生したら、すぐに調査を中断すると決めていた。なのに、想定外に水が足元から湧いてきた。それも驚くほどの勢いで___


―――だから今日はだだっ広い丘を選んだのだな。


各研究室や講義室などが入る建物の間を通り、林の小道を抜けると緩やかな丘が広がる開けた場所に出た。馬車は通れないが細い道は整備され、ある程度は手入れされているようだ。


丘の一番高いところに、数人立っているのが見えた。アリアと少し距離をおいて立つ研究官達が話しているようだ。


道の終わりで馬を降り、そこからは丘を登った。


「殿下!」


僕に気づいたレイドナー教授が丘の上から声を掛けてくれた。そして「続けてください」とアリアと研究官らに指示をしてから、早足でこちらに歩いてきた。


教授の向こうに立つアリアも僕を見つけ、一瞬嬉しそうに笑顔を見せてくれた気がするが、すぐに恥ずかしそうに頬を染めて下を向いた。


―――……ん?何か恥ずかしがることでもあっただろうか?


その反応の意味はよくわからなかったが、アリアはすぐに調査官らに向き直り、調査の続きに戻った。


アリアは馬でここまで来るために、紺の上着に白いパンツの乗馬服に身を包んでいた。髪も紺色のリボンで後ろでキュッと一つに束ね、いつもと違うすっきりとした装いに目を奪われていた。


僕は近くまで歩いてきたレイドナー教授にハッと気づき、慌てて彼の方へ視線を向けた。


「こんな場所まで殿下に御足労いただき申し訳ありません」


「いや、自分の目で見たかったんだ。私には気にせず続けてくれ。それにしても……びしょ濡れだな」


「ははは、魔術を発動させることはできるのですが、水と風の区別や強さをどう制御したらいいのかを、まだ見つけられずにおりまして…」


その話をしている教授の背後で、アリアが何度も雨を降らしたり、地面から水を吹き出させたり、突風を吹かせたりしていた。アリアも調査官らも時々ほっとしているが、ほとんどが首を傾げているところをいるのを見ると、狙った魔術を発動できていないようだ。


「近くで見ても?」


僕がそう尋ねると、教授よりもチェスターが「それは…」と僕を止めようとした。


「私は魔術が国の脅威とならないようにこの立場に就いたんだ。必要があれば、自分の目で確かめる。それを止めるな」


「申し訳ございません」


闘技場での一件もあり、チェスターの心配もわからないではないが、王子だからと危険を避けて安全な所からだけ眺めるつもりはない。


「では、こちらへ」


レイドナー教授に続いて丘の頂上へ向かって歩き出した。何度も水が流れた地面は少しぬかるんで滑りやすくなっていた。


アリア達も僕らが丘を登っていることに気づいて、手を止めてこちらを見ていた。


「ライナス様…、ごきげんよう」


アリアはまた恥ずかしそうに頬を染めて下を向いた。


「どうかしたのか?」


「だって、全然うまくいかないんですもの。ライナス様に失敗ばかりをお見せすると思うと恥ずかしくて…」


「ははは、誰もまだ正解を見つけていないのに、失敗しても当然だろう。わかったとしても、最初から上手にはできないだろうしな。そのために皆がここにいるんだから、恥ずかしがる必要はない」


「でも…」


そんなことで俯いていたのかと思うと、彼女の真面目さが可愛らしく思った。


「今、やっていることを見せてくれるか?」


「はい」


僕の言葉にアリアは頷いた。横から調査官の一人がびしょ濡れの書類を見ながら補足をしてくれた。だいぶ滲んで見づらそうだ。


「今日は、水の感覚を感じて手のひらから出すことを試しています」


それにしてはさっきから全然違う魔術が発動していそうだが……


アリアが水を(すく)うように両手の手のひらを上に向けてふぅっと息を吐き、自分の中の何かを感じるように目を閉じた。


皆がその手のひらをじぃっと見つめていると……


バシャッ!!


「「うわぁ!!!」」


頭の上から桶の水をひっくり返したように、まとまった水が降ってきた。その場にいた全員――僕も一瞬でずぶ濡れだ。


「あっははははは!」


アリアは水を出そうと構えていた手で顔を覆ってしまった。耳まで真っ赤になっているのが可愛くて笑い続けていると、手の隙間から僕を睨んで、小さな声で言った。


「ライナス様、笑いすぎです…」


「すまない」と謝ったが、アリアは納得していない目で僕を可愛らしく睨んでいた。

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