着任初日
僕の瞳の色の揺らぎについては、後日、レイドナー教授に見てもらうことになったが、健康上は問題ないと主治医の許可を得て、通常の生活に戻った。
そして今日から魔術研究所内に執務室をもらい、そこに通う。僕は騎士団の制服を着て、アカデミーへ向かう馬車に乗っていた。
魔術研究はこれまでは学問の分野の一つと捉えられてきたが、ハンティントン侯爵邸での爆発や屋敷が短時間で湖に囲まれたことから、国内の治安にも関わると判断され魔術庁を作り、騎士団直轄とされた。
王族で唯一魔術に興味があり知識があった僕は、魔法庁の長官となった。騎士団の所属となり、その制服を着たのだが、以前に入団を却下されて着ることはないと思っていたから何だかこそばゆいような感じがした。
「笑うな」
馬車の向かいに座るチェスターが、ソワソワした僕を見て生暖かい笑みを向けていた。
「笑っておりません」
そう澄ました顔で言われても、何でも見透かされているようで腹が立つ。チェスターをわざとらしく睨んでから、手にしていた書類に視線を落とした。
◇ ・ ◇ ・ ◇
執務室には、始業直後から各研究班の代表者が挨拶に訪れた。研究所内で行われていることを早めに把握したかったので、それぞれの研究内容の説明をするよう指示をしていた。そのため、すべての班の話を聞き終わったのは、陽が少し傾きかけた頃だった。
「それでは、御前失礼いたします」
最後の訪問者が部屋を出て、静かに扉が閉められた。遠ざかっていく足音が聞こえなくなると、僕は背もたれの高い椅子に腰掛けたまま大きく伸びをした。
「あーーー、長かった!」
「そう言う割に楽しそうですね。あんなに質問したら、時間も長くなるでしょう」
「あれでも我慢したんだぞ」
「殿下が研究班に参加しそうな勢いですね」
「できないかなぁ…」
「長官としての仕事をしてください。殿下自ら名乗り出たのですよ」
「わかってるよ」
そう。魔法庁を作ることを聞いて、長官には自分から名乗り出た。世の中、僕みたいに魔術に好意的な考えばかりではない。むしろ少数派だろう。大半が未知の力に不安や恐れを覚えるに違いない。アリアの存在を問題視する者が出てくることも考えられる。
アリアが不安な時は側にいて落ち着くまで話を聞いてやり、もし危険なことがあれば僕の剣で守ってやりたい。最初はそう思って魔術調査班に入ることを考えたが、大きな力が動いた時、調査官の一人では何もできない。だから僕は、より大きな権限を持つ立場――長官になることを選んだ。
『王家の者が管轄する組織であれば、反発する者との対話もしやすくなるでしょう。魔術の知識がある私が適任だと思いますが』
フィリップ兄上に頼んで出席した魔法庁創設を話し合う会議に出席して、その場を納得させた。
―――やっぱり本当は……調査班の一員になってアリアのすぐ側で守ってあげたかったけど…
まだ常に側にいれたかもしれない選択に未練はあるが、自分が選んだ立場が、万が一の時にアリアを守れることを信じることにした。
「さて、今日の予定はすべて済んだことだし、魔術調査班を見に行ってもいいだろうか」
「公務時間外なので構いませんが、エコ贔屓しているように見られないようお気をつけくださいね」
「わかっている。今後、どの班にも足を運ぶつもりでいる」
「でしたら結構です」
またチェスターは、僕の気持ちを見透かしたような澄ました顔をして机の上の書類を片付けた。