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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第2章 魔術研究所
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澄んだ水、濁った水

僕は硬い混凝土(コンクリート)の上に転がり、咳き込んでいた。少し横を向いた姿勢で、誰かが痛いくらいに背中を叩いていた。


「げほっ、……くっ…、っ……」


咳がおさまっても、息が上がって声が出なかった。


「ゆっくり!ゆっくり息をしてください!」


チェスターの緊迫した声が聞こえた。僕は水から引き上げられたのだろうか…?


「大丈夫ですか、殿下!」


その声に答えたいのに声が出ない。まだ水の中にいるような息が吸えない感覚に恐怖を覚え、益々息苦しくなった。


「ライナス様!息を吐いてください!ゆっくりです!」


耳元で言い聞かせるようなチェスターの声と、背中を叩くリズムに従った。


はぁ……、はぁ…、はっ、はぁ………


呼吸できないことに焦って、息を吐くのを忘れていたようだ。息を吐けば自然に空気が入ってくる。何度か繰り返すうちに、呼吸と共に気持ちも落ち着いてきた。


「ああ……よかった。ライナス様がご無事で…」


チェスターの心底安堵した声を聞き、心配を掛けたことを申し訳なく思った。自ら渦巻く水に飛び込むべきではないことぐらいわかっていたのに。


「…はぁ……、チェ…スタ…」


「はい、殿下。どこか痛むところがありますか?」


「…す……すまな…かっ……」


「殿下、今はお話にならずお休みください。準備が整い次第、医務室にお運びしますので」


僕の途切れ途切れの謝罪は、チェスターに遮られた。彼は僕の傍らについたまま、周りにいろいろな指示を出していた。その声を遠くに聞きながら、意識が遠のきかかっていく…


とその時、大切なことを思い出してチェスターを見上げた。


「…あっ…、アリ…アは……」


「アリア様もご無事です。今、医師の診察を受けていただけるよう、手配をしているところです」


「そう…か……」


アリアの無事を聞いてホッとした僕の意識は、今度こそ体中の(だる)さに引きずられるように、深い深いところへ沈んでいった。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


目を覚ますと無機質な天井が見えた。簡易な寝台に寝かされ、アカデミーの医務室だろうと思った。


厚手のカーテンが閉められた部屋は薄暗いが、カーテンの隙間から漏れる光から、昼間であることが窺えた。


「殿下、お目覚めになられましたか」


チェスターの声がしてそちらを向くと、安堵した表情を見せ、こちらに歩いてきた。僕が座るのを手伝うと、水が入ったグラスを渡してくれた。


「ありがとう」


今度は引っ掛かることなく声が出たことにほっとしながら水を飲み、そのグラスを返すと、チェスターはスッと床に膝をついた。


「チェスター…?」


「ライナス殿下の御身を危険に晒すような事態となり、申し訳ございませんでした」


「僕が勝手に水に飛び込んだ。お前達が動くように指示ができなかった僕が悪いだろう」


「それでも殿下をお守りするために私はお側に仕えているのです。それなのに、濁った渦巻く水に躊躇して飛び込むことができず……殿下自ら水面までお戻りになるまで生きた心地が…」


その時を思い出して声を震わすチェスターの話に、僕は「えっ?」と声を上げた。


「ちょっと待ってくれ、チェスター。水が濁ってた…?」


「え……?…はい、雨が降った後の川のように濁っていました………殿下もご覧になりましたよね?」


「いや、水は澄んでいただろう?ウェイン湖よりも透明だった__」


ウェイン湖は、王家がよく静養に訪れる離宮の近くにあり、国内で一番の透明度を誇る湖だ。


「水の底に沈んだアリアまではっきり見えて……違うのか?」


チェスターの怪訝そうな様子に、僕は自分の言っていることに自信がなくなってきた。水中の嘘のように澄んだ光景が、現実だったのか不安になった。


「僕は…、水に飛び込んだよな?」


「はい、それは間違いなく」


僕が何を不安に思ったか察したチェスターは、飛び込んだことははっきりと肯定した後、彼が何を見たかを説明した。


「殿下が泥水の濁流に飛び込まれ、すぐに水面に顔を出されたのに、息継ぎだけして再び潜ってしまわれて……何も見えないので、殿下を追おうと思っても、どこへ飛び込めばわからず…。


その後しばらく時間が経ったのでもうダメかと思った時、アリア様が水面に押し上げられ、殿下の手が見えたので、近くにいた者と引き上げたのです。本当によくぞご無事で……」


「心配を掛けて本当にすまなかった。濁っていれば飛び込めないな…。でもなぜ……」


チェスターの言うことに嘘や勘違いはなさそうだ。彼には、濁って見えたのだろう。でも、僕には澄んで見えた。


きっと魔力の何かに関係するのだろうが……


「ダメだ。考えがまとまらない」


「殿下、もうしばらくお休みください。後程、もう一度医官殿が診に来られるそうですから、それまでは横になられて…」


チェスターは、こめかみを押さえて考え込んだ僕を慌てて寝台に寝かせて、ブランケットを肩口まで掛けた。これ以上彼に心配させてはいけないと、僕はおとなしく目を瞑って休むことにした。


自分が思っている以上に疲れていたんだろう。チェスターにお礼か謝罪かもう一言くらい何か言いたかったのに、その前に眠りに落ちていた。

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