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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第2章 魔術研究所
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闘技場(後編)

水に飲まれる表現があります。苦手な方はご注意ください。

僕は転がり落ちそうな勢いで、観客席の階段を駆け降りた。少し遅れてチェスターや僕の護衛の兵らの足音が追いかけてくる。


「殿下!お待ちくださいっ!」


そう言われても、待っている場合ではない。円形の闘技場の観客席に沿うように、ひんやりとした風が吹き始めていた。


「アリアっ!中止だ!発動するなっ!!」


ありったけの声で叫んだが、まだ観客席の半分までも降りておらず、強くなってきた風の音にも負けて、闘技場の底にいる誰も僕の言葉に気づく者はいなかった。


ブワァッ!!


一段と強い風が吹いた途端、アリアの足元の石のタイルの隙間から水が湧き上がった。その勢いは凄まじく、アリアの側に立つ研究官達の膝、太腿、腰の高さまで一気に水位が上がっていく。その勢いに逆らえず、研究官達は次々と水に飲まれた。更に水位は上がり、競技エリアを囲む壁をあっという間に越えた。


水に飲まれた研究官達は、押し上がる水に乗って観客席に打ち上げられた。皆、慌てて立ち上がり、観客席の上へと逃げる。


―――アリアは⁈


よく見ると、渦巻く水の中心は透明の筒があるかように開いていた。魔術師は自分が制御している魔術には飲まれないと文献で読んだことがあった。しかし、アリアはまだ魔術を制御できない。その空間は、すぐに限界がくるように思えた。


「アリアっ!!」


聞こえなくとも、叫ばずにはいられなかった。


僕の所からは、まだ水面は遠い。観客席の下段まで下りなければ。すぐにでも飛び込めるように、上着を脱ぎ捨てながら駆け下り続けた。



僕の下るスピードよりも、水が上がってくる方がずっと早かった。アリアへと流れ込まないように耐えていた水が不規則に震えている。


すり鉢状なのに、水面が上がる勢いが増している。湧き上がる水の量が桁違いに増えているのだ。水面がどんどん迫ってきた。


―――魔力暴走だ…


どこかで読んだ言葉が思い浮かんだ途端、アリアの周りの水が一気に崩れた。


ほぼ同時に僕も水に飛び込んだ。



不思議なくらいに澄んだ水の底でアリアが沈んでいるのが見えた。意識が無い様子に動揺しそうなのを、なんとか耐えた。とにかく彼女を地上に引き上げなければ。


水中にはアリアの周りにあった空間へと流れ込む強い渦があり、僕はそれに引き込まれるままアリアに近づいた。彼女の腰の辺りを抱え、地面を蹴って浮上しようとした。しかし、重くて全く浮き上がることができなかった。侯爵邸で気を失った彼女を抱き上げた時は、あんなに軽かったのに。


華美なドレスではないが、女性の服というものは生地が幾重にも重なり、それが水を吸って思った以上に重たくなっていた。


―――だめだ…!


階段を駆け下りて乱れた呼吸のまま飛び込んだから、息が続かない。アリアから手を離し、息継ぎのために水面を目指した。アリアが気を失ったためか、水面の上昇は止まって渦も徐々に弱まっていた。


「ぶはっ!」


水面に顔を出し、大きく呼吸した。はぁ、はぁ、と二、三度深呼吸をして息を整え、腰の短剣を手に持つと、大きく息を吸って再び水底へと潜った。


石のタイルの上で右肩を下にして横たわるアリアの背中側に周り、ドレスの編み上げ紐を短剣で切った。急がなければ、僕の息も持たない。短剣を投げ捨て、乱暴に肩からドレスを引き下ろす。スカートを踏みつけながらアリアの両脇を抱えて持ち上げれば、ドレスから彼女を引き出すことができた。


だいぶ軽くなったアリアを抱え、今度こそ地面を蹴って水面へと浮上を始めた―――

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