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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第2章 魔術研究所
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闘技場(前編)

十日ほど前にアリアは侯爵邸から王立アカデミーの宿舎に移り、レイドナー教授らによる調査が始まっていた。


すぐにでも会いに行きたかったが、公務の傍らで色々と手続きをしているうちに日が経っていた。今日、ようやくアカデミーに訪れることができた。


毎日、アリアの調査に関する報告書は受け取っていて、日々行われたことは把握していた。一般的な身体検査や、爆発以降についての聞き取りを連日行い、ようやく昨日から魔術の使い方についての検証を始めたらしい。


らしい――とは、誰も使い方を知らないから、文献と睨めっこしながら試行錯誤でほとんど進んでいないようだった。


「アリア様、本日は殿下がいらっしゃるのを楽しみにされていましたよ」


「そっ、そうか」


魔術研究所の前で出迎えてくれた研究官のケニスと、研究棟が立ち並ぶ脇の遊歩道を共に歩きながら、僕は鼓動がいつもより早いのを感じていた。ふぅっとケニスには気づかれないように小さくため息を吐いた。


―――アリアに会うのに、何を緊張しているんだろう…


先日チェスターに指摘され、僕がアリアに多少特別な感情を持っていると自覚してから初めて顔を合わせる。普通に会えばいいだけなのに、その普通ってどんな顔をしていたのか思い出せずに赤面しそうになっていた。


ケニスはそんなことに気づかず、淡々と会話を続けてくれていてホッとした。


「今日は、闘技場の方へお越しいただきます」


「ああ、研究室が水浸しになったって昨日の報告書に書いてあったな」


「はい……はぁ…、昨晩は夜中までその片付けでした。窓ガラスは割れないように保護して、書類や壊れやすい物がない部屋で魔術の使い方を探っていたのですが、廊下を挟んだ向かいの部屋にまで勢いよく風雨が飛んでいきまして…」


ケニスの顔を見ると、目の下にクマがあり、疲れた遠い目をしていた。割れたガラスの実験器具の片付けや、水浸しのレポート用紙を一枚ずつ干す姿が目に浮かんだ。


「ははは、まだ加減なんてできないだろうからな。まあ、怪我人が出なくてよかった」


「そうですね。それだけは幸いでした」



話しているうちに闘技場に着いた。


ゲートをくぐり闘技場の観客席エリアの通路に出た。アカデミーは丘陵地にあり、丘を少し下った所に建てられた闘技場は、研究棟側の入り口から入るとそこは観客席の上段だった。


アリアが研究官数名と、すり鉢状の闘技場の底の競技エリアに立って手元の資料を見ながら話していた。本格的な競技会も開催できる数万人が入る観客席から見下ろすと、アリア達は小さく見えた。


ここからでは声は届かないだろうと思っていたら、研究官の一人が僕らに気づき、アリアがくるっと振り返ってこちらを見上げて手を振った。


僕も手を振り返した。


―――笑ってるようだ。元気そうでよかった。


「どうしたら魔術を発動できるかを色々試しているところです。ここなら暴風が吹き荒れても周りを壊すことはないでしょう」


ケニスはやはり魔術の発動に興味深々のようだ。屋外、しかも高い観客席に囲まれた思い切り魔術を試せる環境に移ったことをワクワクした様子で話した。


―――確かに火山灰を使った混凝土(コンクリート)で作られた頑丈な闘技場なら壊れることはなさそうだが…、何か忘れていないだろうか。


「ここで……」


僕は闘技場を見回した。円形の競技エリアは人の背丈の倍以上の高さの塀で囲まれ、その上は全方位から見下ろす観客席がある。


「殿下、どうかされましたか」


「排水……しないんじゃないか?」


「ああ、それは…」


ケニスが何か話そうとしたが、僕はそれを遮って現状に集中して考えを巡らせた。


競技エリアの壁には、競技者が入場するアーチが幾つもあるが、今、そのゲートが開いているのは一つだけ。しかもそれは外ではなく控室につながっていて、その先の扉が開いているかはわからない。観客席の外に通じるゲートも傾斜地の下側は低い位置にあるが、反対側は上段にしかない。


ハンティントン侯爵邸があっという間に湖に囲まれた勢いを考えると、この闘技場の排水能力以上の水魔法が発動されれ、あっという間に水が溢れるほど溜まることもあり得るだろう。


「中止だ!」


叫んでも、ここからでは声が届かない。


僕は階段を数段飛ばしながら、闘技場の底へ向かって駆け降りた。

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