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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第2章 魔術研究所
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保護と王子のため息

春の中月(なかつき)に入ったのに、季節が少し逆戻りしたような少し肌寒い日だった。


僕は今日予定されていた公務を終え、住まいの離宮へと帰る馬車に乗って不貞腐れていた。窓枠に頬杖をつき、車窓を流れる白樺の木々へと目を向けながら、思うように自分の意見が通らないことに歯痒さを感じていた。


「はぁ…」


「今日はいつも以上にため息が出ますね」


「人前では()いてない」


チェスターに指摘されたからと拗ねて、まるで子供だ。



不貞腐れているのは、アリアが王立アカデミーの魔術研究員で構成された調査班により保護されることになってしまったからで、それを聞いたのは数日前。すぐにレイドナー教授に会い、そして今日、兄で第三王子のフィリップに掛け合った。騎士団長を務めるフィリップ兄上は、今回の騒動は国の治安維持に関わるとして、その調査と警備を取り纏める立場にあった。


しかし、そのどちらにも取り合ってもらえなかった。


アカデミーの宿舎にアリアを住まわせれば、警備をする騎士団の詰め所からも近く、魔術調査班の研究室へもすぐに行き来ができる。効率がいいのはわかる。


しかし《保護》と言えば聞こえはいいが、研究のために手元に置いておきたいだけに思える。アリアの気持ちには少しも寄り添おうという姿勢が見られないことに、僕は苛立ちを覚えていた。


未知の出来事の連続に、アリアはあんなに不安そうにしているのに。せめて一日の終わりにその日の出来事でも、研究員に対する愚痴でもギルバートや気心の知れた侍女に話すことができれば気が紛れるかもしれないのに。


「なぜ住み慣れた侯爵邸を警備対象にして、そこから通うことが許されないんだ」


窓に向かってぼそっと呟いたら、チェスターから返事が返ってきた。


「それは、アリア様だけのために人員を割けないということでしょう」


「………お前も兄上と同じことを言うんだな」


フィリップ兄上には「そうしたいなら、もっと知恵を絞れ」とも言われたが、今のところ何も案が思い浮かんでいない。また、兄上が考えていることに僕の考えが及んでいないことだけでなく、チェスターが兄上と同じように考えていることに悔しさが増した。



明日、アリアはアカデミーが用意した宿舎に移る。そこからすぐ近くにある魔術研究棟へと通い、彼女に何が起こっているのかの検査と、魔力が宿っているのであればその制御の仕方の訓練をするらしい。


―――朝から晩まで研究施設にいるなんて…、彼女が心細く思った時、誰か寄り添ってくれるのだろうか?


いつも側にいた侍女らはまだ静養をしているから、他の者が就くことになるだろう。僕は研究棟への入館証はもらったから昼間なら会いに行けるが、公務もあるからアリアが必要としている時に行けるとは限らない。


「はぁぁぁ……」


窓が曇るほどため息を吐いた。


チェスターは何か言いたそうにしているだろうから、その顔を見ないように、曇って外がよく見えなくなった窓を頬杖をついたまま見つめた。




「なぜ殿下がそのようにお怒りになっているのですか?」


しばらくの沈黙の後、チェスターが静かに聞いた。その落ち着いた口調が、まるで駄々をこねている子供を(なだ)めているように聞こえて、僕は意固地な態度を崩せなかった。そして窓の方を向いたまま、その曇りが徐々に取れていくのを見ながら答えた。


「なぜって、アリアが不安に思っているのに、大した用意もしないままアカデミーの宿舎へ入れるんだろう。彼女を研究対象にしか思っていないみたいじゃないか」


「それはわかるのですが、それをなぜ殿()()()ギルバート様以上に怒っていらっしゃるのかと」


チェスターの問いの真意が僕の思ったのと違って、僕は戸惑って彼の顔を見た。


「………え?なぜ僕が…って?」


「はい。これまでアリア様のことをあまり話題にもされなかったので」


「そう…だったっけ…?」


曖昧に答えたが、チェスターに指摘されて初めて気づいた。確かに、これまでアリアはギルバートの妹としてしか見たことがなかった。侯爵邸を訪ねれば会うこともある程度の僕にとっても妹のような存在で、それ以上の特別な感情は何もなかった。そして何か問題があっても、当然ギルバートが対応するから僕は関係ないと思っていた。


それが、あの爆発以降、変わってしまった気がする。


僕が渡した魔法(ぎょく)が爆発したから責任を感じて……?いや、それよりもあの嵐の時、アリアの周りを吹き荒れていた風雨を抜けられたのは僕だけだった。だから僕が彼女を守ってやらないとって………


僕が彼女を……?


「……えっ?」


自分がアリアに何やら特別な感情を持っているらしいことを自覚し、無意識に間の抜けた声が漏れた。向かいのチェスターは「やっと気づきましたか?」と言わんばかりの笑顔をこちらに向けていた。


僕の気持ちをチェスターに先に見透かされていたことが悔しくて、再び窓の方へと顔を(そむ)けた。ドキン、ドキンと心臓の音がうるさい。


―――守ってやらないとって、兄のように?それとも……


自分の気持ちがアリアに向いているのは自覚したが、まだまだ漠然としていて、自分がどうしたいのかもわかっていなかった。


「はぁぁぁ………」


とりあえず大きなため息だけが漏れた。

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