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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第1章 かつて魔術が存在した世界で
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湖に浮かぶ侯爵邸

「アリア、大丈夫だ」


僕が静かに声を掛けると、抱きしめた腕の中のアリアがハッと顔を上げた。


「ライナス様……」


僕の顔をじっと見つめながら、その青い瞳にはあっという間に涙が溜まり、次々と頬を伝って(こぼ)れていった。


僕はその涙を指で拭いながら、もう一度「大丈夫だから」と言うと、アリアは僕の胸に顔を(うず)めた。


「……ごめんな…さい。どう…したら…いっ…いいか…」


しゃっくりを上げ、肩を振るわせて泣くアリアの背中をそっと(さす)った。


「謝らなくていい。どうしたらいいかは、一緒に考えよう。前にも言ったけど、僕はアリアの味方でいると約束する」


そう言って僕はもう一度両腕で彼女を抱きしめた。話には聞いていたが、そのひんやりとした体温にギルバートが心配した気持ちがわかった。



アリアが少し落ち着いたら、背後がざわついているのに気づいた。振り返ると、雨の降り方が変わっていた。嵐のように吹き荒れていた風雨が、今は風が止み、しとしとと雨が降っていた。


―――アリアの気持ちに呼応しているのか?


先程までは、一人で不安に押しつぶされそうになって、心の中が嵐のように荒れていたのかもしれない。


今は風雨の壁もなくなり、外も雨が弱まって少し陽も差してきているようだった。


「アリア、」


ギルバートの声に顔を上げると、彼が恐る恐るこちらへ歩み寄っていた。もう大丈夫だと思うが、結構派手に弾き飛ばされていたからアリアに近づくと何か起きるかもと警戒しているようだった。僕がクスッと笑うと、ギルバートに睨まれた。


「客間を整えたから、そちらで休みなさい」


「はい、兄様」


アリアも顔をあげ、小さなしゃっくり混じりの鼻声でギルバートに答えた。


僕は部屋を移ると言われて、この部屋を見回した。まだアリアの周りでは小雨が降っていて、客間もすぐに水浸しになってしまうのではと思ったが、この部屋はびしょ濡れになっているだけではなく、風に飛ばされた絵画や小物類が床に散乱して、休める状況になかった。ただ棚の中身のほとんどは、東の棟のギルバートの現在の書斎かどこかに移してあったのだろう。本などが水に濡れなくてよかった――なんてことは今はどうでもいい。アリアを客間に連れて行かなければ。


「アリア、立てるか?」


僕は先に立ち上がって手を差し出した。アリアはその手を取り、ゆっくりと立ちあがろうとした。が、ふっと崩れ落ちるように力が抜けた。


「アリア⁈」


咄嗟に抱き止めた。そして僕の腕の中でぐったりとした彼女を慌てて確かめると、静かに呼吸する音が聞こえた。


「はぁぁぁ……」


アリアは体力的にも精神的にも限界を迎え、気を失ったようだった。僕はほっとして彼女を抱きしめたまま、その場に座り込んだ。背後(うしろ)でギルバートもため息を吐いた。



しばらくして落ち着くと、僕はアリアを抱えて立ち上がった。先程までは風雨の勢いに圧倒されて、アリアの存在を大きく感じたが、今、腕の中にいる彼女は小柄で今にも壊れてしまいそうだった。


「客間は、下の階か?」


「ああ、そうだ。アリアは俺が運ぼう」


「いや、大丈夫だ。僕が運ぶよ」


ギルバートの申し出をなぜか断り、階下へと歩き出した。階段上のホールに立ち、ふと正面の窓の外を見て「えっ⁈」と声が漏れた。


吹き抜けのエントランスホールの玄関扉の上はガラス張りになっていて、階段の上からは外の景色が綺麗に見える。


よく手入れされた庭の向こうには、この屋敷が建つ丘の麓に広がる野原が――見えるはずだったのに、そこには陽の光をキラキラと反射する水面が見えた。


「……えっ⁈」


もう一度、間の抜けた声が僕の口から漏れた。そしてギルバートも目の前の光景が信じられないという顔をしていた。


「……これは…、水……?…湖………か?」


「ああ…、湖だな」


この短時間で、丘の上に建つ屋敷が、湖の中に建つ屋敷になっていた。アリアが引き起こした嵐の計り知れない規模に、その本人を抱きかかえながら呆然と立ち尽くした。

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